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明日は取材、明後日はミーティング、仕事はちっとも進んでない

1日時間があったはずなのに、なぜかものすごいのんびりしちゃった昨日。
忙しければ忙しいほどギリギリになるまで動けないの、本当によくないなって思うけど、逆に言っちゃえばギリギリになったらびっくりするほどがんばれるってことだから、やらなきゃの極みになるまで待っちゃおうかなって思ってます。
まあ、今日はその「やらなきゃの極み」なんですけど。
久しぶりに仕事で忙殺されかけてて、パンク寸前ではありつつも、なぜか「ええやん、やったろうやんか」って1周まわってワクワクすらしてます。
いやいや、普通にここまでギリギリになる前からやっててくれ、私。
ただ、それでも事前に連絡せずに納期から遅れることとかはないから許してほしいところ。

先延ばし癖、なんで起こるんですかね?
目の前のことからひとつずつやっていったとき、そこから漏れたものたちがどんどん溜まっていくわけだけど、手元で見えてる仕事が全部終わるまではそれらを全く進められなくて。
どんどん溜まっていく細々した仕事もさすがに無視はできないからずっと気がかりで、手元にある仕事の効率まで落ちるし、かといって同時にやる気にはなれなくて。
結局どっちも緩やかにギリギリになっていって、最終的にまずは手元の仕事が「ほんまに明日朝一までにやらなあかん!」ってところまでいってしまいます。
その頃には溜まってる仕事はめちゃくちゃな量になってるし、しかもそっちもかなりギリギリで。
そうなると、やってもやっても仕事ばっかりになっちゃうんですよね。

ちょっと調べてみたところ、やる気とかの問題ではないらしいけど。
そうは言っても、自分のだめさを強制的に感じさせられるから自己肯定感は下がるし、全部一段落したときのモチベの下がり方がエグいし、もはやなんもしたくなくなるし。
発達障害の特性のひとつとも言われてるけど、如何せんグレーゾーンだから、あんまり深刻じゃなくて納得感はないんですよね。
私の生きづらさを障害で括るのは本当にしんどい人への甘えだと思うから。
発達のデコボコってなんだかんだ誰でも多少はあるけど、最近はなんでもかんでも「発達障害だから」って免罪符みたいにする人も出てきて、本当にしんどい人がもっとしんどい世の中になっている気がします。

生きづらさを感じるときって、まるで自分だけがしんどい気がしてしまうけど。
今の時代生きづらくない人なんて、きっといないはずですよね。
私もあなたも、子どもたちだって、どこか生きづらさを感じながら生きているんだと思います。
だから、私は私で、今日も変わらず生きづらい世界の中を、ただがむしゃらに。
やることやって、もし出来なくても死ななきゃOKくらいの気持ちで、なんとかぼちぼちがんばって行きたいです。
毎日はなまる。


【昨日やったこと】

  • 読書(暇と退屈の倫理学)

  • Duolingo

  • 案件記事の作成

  • おでかけレポの作成(半分)

  • noteを書く

  • 編み物ちょっと

  • 15分間の運動

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