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ものづくりは機械じゃダメなの?

ものづくりの機械化の前

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前書き

おお、ちょっと恨み節から始まったよ。なんでお弁当は手作りがいいのだろうか? ご飯も外注すると楽なのにね。
そうしてみると、もしかして、わたしたちの中に、これは機械化が当たり前、これはダメとかの線引きがある気がしたの。ちょっとチャッピーとのブレスト.そして自分で書いて、チャッピーの校正の後アップ。
文字打ちブートキャンプ中です。
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朝のお弁当

 朝の弁当作りは大変だった過去形、
 それでも今もわたしは朝、弁当を作っている。
 自分の分だけだ。

 昔は、まだ真ん中の子が高校生の時は夫、息子、わたしと三人分を作っていた。しかし、彼らは、わたしが冷凍品を使うことを『手抜き』と言うのだ。

 冷凍品は栄養バランスや隙間を埋めるためにはすごく便利だし、衛生管理もできている。冷凍庫に入れとけばいいだけなので、本当に朝忙しいので便利だった。

 そんな事言われたので、じゃあ自分たちで作りなさいと言ってわたしは弁当作りから手を引いた。
 それから彼らはお昼は買っているらしい。

母は手作り

 ここで、思うのは、なぜ母は、全部手作りをしないと、手抜きとなってしまう考え方だ。
 なぜお弁当を自分たちは買っているのは、手抜きではなく、母が冷凍品を作使う方が手抜きになるのか? そういう話なのだ。
 手作りは尊いと言うのはわたしもわかる。しかしだ。毎日毎日手作りに対して感謝しないで冷凍品1つで手抜きと言われる。こんな母親、手作り神話はわたしも嫌だ。

 こういうことは、他でも仕事でも見える。
 仕事はコスパやタイパを重視している。
 なのに、汗をかいてとか、得意先を一軒一軒回ってとかいう熱血が蔓延る。
 さらに、いまだにものづくりや農業には、手作り信仰のような人を主体にするのは何故なのだろうか?

機械化するモノ、しないモノ

 わたしは、独身の時、版下の仕事をしていた。ミリ単位の仕事。職人技だった。もちろん習得までに時間がかかる。
 しかし、ハイテク化の波に呑まれて時代は、コンピューターがやってくれてるようになっている(DTPとなったのよね)。
 人間が職人芸のようにミニ単位の仕事をする事はもうなくなっているんだ。
 
 なのにものづくり、特に食べ物や農業は、工場生産を嫌う。これはなんでなんだろう。
 『手作りが尊い』には、反論はしない。ただ衛生安全基準から考えると、やはり食品工場には、人が入らない方が安全なんだ。そして、農業。これも機械化が遅れている。しかも高齢化だ。
ここに人の狡さがあるのだと思う。

ソフトはハイテク化、ハードは手作り

 日本人はソフトの導入には早いが、ハードの導入は遅いのだ。
 一つ例をみると、ドローン。
 得体の知れないものと言っていることがある。
 そういえば、昔は鉄道もだね。煙を出して困るから、街から外にみたいな感じで鉄道を敷いた。
 なのに、今になって、都市の発達が遅れたとか騒いでいる自治体がある。

 これからも、日本人はハードの導入に抵抗があると、わたしは思えるのだ。
そしてそのハードの最たるモノが食品工場では?と思う。

 食べ物は、食事という必要不可欠なことだけど、そこに人の温もりとかの手作り信仰を持ってくるのはちょっと違うと。わたしは思う。
人の手を介する工程を減らし、自動化・衛生管理された環境で生産することで、人的なばらつきや汚染リスクを減らせる
 そして、工場はただ漠然と商品を作っているだけではないんだ。特に食品は消費・賞味期限が厳しい。ちゃんと期限までに売れる量の調整が必要となる。
 そうやって、ちゃんとした個数を出荷している。店舗からのどんな注文にも対応できるから、欠品ということがないのだ。
そんな、生産計画や出庫管理などは、人より機械、コンピュータの方がキチンとできる。曖昧さがないからだ。それは、品質管理にも現れる。人が『もったいない』、『このくらいなら』という目分量をバッサリと数値で切れるからだ。

 そんな事、当たり前にやっているのに、見えないのは、多分ユーザー側に抵抗がある為、アナウンスしていないかと思える。
 ガイヤの夜明けとかクローズアップ現代に取り上げても、ドラマがないからね

 現に、メニュー開発とかはコンピュータを使っている。大量に作るレシピだと、人の計算より早いし、正確だからだ。なので多分、もうAIも導入されていると思える。
 そして、最後の味。それだけは、人がちゃんとやっている。ここにお金をかけていると言っても過言でないほど。

 そう。見えないところだとソフトをAIを使うのだ。しかし、ハードというと抵抗を受ける。不思議だ。

深圳で見るトライ&エラーの先

 そんな、ハードの閾値の低いのが深圳だ。
 この間はロボットカフェがオープンして、ロボットがコーヒーを淹れるのを人がサポートしていた。まあ一種の笑いかもしれない。

 深圳はいろんな実験をする。昔は、ソフトクリームとか作る自動販売機があった。 もちろん人間がやったほうが早い。それはわたしも認める。ただこのロボットによるトライ&エラーを積み重ねる事で、どうすればという事を考えられるのだ。
 色んな実験をすること、それはハードを使う上では必要なことなのだ。

 人がやったほうが早いと言うことで、日本は、マンパワー依存に、なっていないか?
 人に理想を押し付けて、人がやらなくていいことまで人がやり、消耗していく現場を多く見てきた。

 今、ここで、もう一度、人は何をやり何をやらなくていいのか考えることは、これからの未来のためになると思える。
 日本の人口は少なくなっている。ここでやはり一度マンパワーからの脱却を考えたほうがいいと思う。

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gatyan 毎月海外に出たい。特に深センで暮らしたいと思ってます。食べること作ることが好きなので、材料を買ったり、現地で料理したりしています。もちろん食べ歩きも