【遠距離恋愛、連載】第26話「同じ景色の中で、君を選び直した」
前回の続き
彼女を失い、愛を失い、それでも結婚した10年の軌跡、第26話

4月の週末。
約束していた日が、ついにやってきた。
景子が、東京に来る日。
彼女にとって東京は、昔、友達とディズニーランドに来て以来だという。
それ以来、ほとんど来ることはなかったらしい。
午前中の飛行機で東京に到着した景子は、そのまま都内に住んでいる友人に会いに行っていた。
昼過ぎ。
スマホに一通のメッセージが届く。
[今、友達と別れたから横浜に向かうね]
その一文を見た瞬間、自然と頬が緩んだ。
[了解、俺も向かう]
そう返して、家を出る。
電車に揺られながら、少しずつ近づいていく距離を感じる。
——東京で、景子に会う。
それが、なんだか少し不思議で、でもすごく嬉しかった。
横浜駅に着き、改札口で待つ。
人の多さに少し圧倒されながらも、目線は自然と一方向を探していた。
そして——
人混みの中から、見慣れた姿が現れる。
景子だった。
「待った?」
少し息を切らしながら、笑っている。
「大丈夫だよ」
そう答えると、自然と笑みがこぼれる。
「ようこそ、横浜へ」
「人が多いね。最初、電車乗り間違えそうになったよ」
「それも東京っぽいでしょ」
「うん、ちょっとだけね」
2人で笑い合う。
——同じ場所なのに。胸の奥で、小さく何かが揺れた。
「じゃあ、行こうか」
電車に乗り、桜木町へ。
駅を出ると、景色が一気に開けた。
「すごい……」
景子が小さく呟く。
みなとみらいの街並みを、2人でゆっくり歩く。
——ここは、理恵と何度も来た場所だ。
初めて手を繋いだのも。
初めてキスをしたのも。
全部、ここだった。
同じ風。
同じ景色。
なのに——
隣にいる人だけが、違う。
「暖かいね」
「うん、札幌と全然違うでしょ」
初夏の風が、やわらかく吹き抜ける。
あの頃は、この景色が“当たり前”だった。
でも今は——
この時間が、当たり前じゃないと知っている。
「観覧車、乗ろうか?」
少しだけいたずらっぽく言うと、景子は笑って頷いた。
「いいね」
ゴンドラに乗り込み、ゆっくりと空へ上がっていく。
街が少しずつ小さくなり、視界が広がる。
やがて——
夕焼けが、街をオレンジ色に染め始めた。
「……綺麗」
景子が窓の外を見つめながら、ぽつりと呟く。
ネオンが一つ、また一つと灯り始める。
昼と夜の境目の、ほんの短い時間。
その中で——
ふと、過去の景色が重なった。
同じ観覧車。
同じ高さ。
違うのは——
隣にいる人だけ。
——それでも。
「来てくれてありがとう」
自然と、言葉がこぼれる。
景子は少しだけこちらを見て、微笑んだ。
「こちらこそ、ありがとう」
その横顔を見た瞬間、はっきりとわかった。
過去は消えない。
でも——
今、隣にいる人は、この人だ。
「……ねえ」
小さく名前を呼びかける。
景子が振り向く。
その距離が、ほんの少しだけ近づく。
気づけば——
唇を重ねていた。
はじめてじゃない。
だけど——
どこか違った。
確かめるようなキスだった。
離れると、景子が少しだけ笑う。
「……見られるよ」
少し恥ずかしそうに言う。
「ごめんね」
そう言いながらも、どこか嬉しそうだった。
観覧車は、ゆっくりと頂上を越えていく。
その景色の中で——
俺は、静かに決めていた。
この場所で始まった過去じゃなくて。この場所で、もう一度始める未来を。
「また、来ようか」
何気なく言う。
景子は少し驚いたように目を丸くして、それから、ゆっくりと頷いた。
「うん」
その一言で、十分だった。
——同じ景色の中で、俺は、もう迷わなかった。
第27話に続く
※次回以降、毎週水曜日、土曜日の週2回、連載を投稿予定しています。
引き続きご期待ください。
【マガジンを作りました、過去の話はこちらから】
「遠距離恋愛、10年の軌跡、秋の章」
「四季を越えて愛、総集編」
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