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【遠距離恋愛、連載】第30話「答えのない未来と、確かな今」

前回の続き

彼女を失い、愛を失い、それでも結婚した10年の軌跡、第30話

7月。

初夏の札幌は、東京より少しだけ涼しかった。
新千歳空港を出た瞬間、肺に入ってくる空気が違う。
湿気が少なくて、風が軽い。

東京では息をするだけで疲れてしまう日もあるのに、この街の空気には、どこか余白があった。

札幌駅へ向かう快速エアポートの窓から、流れていく景色をぼんやり眺める。

三ヶ月ぶりの北海道。

でも、本当に会いたかったのは、この街じゃない。

景子だった。

札幌駅の構内を歩きながら、前に来た時のことを思い出す。
並んで笑っていた時間。
隣にいることが、当たり前みたいに感じられていた頃。

あの時は、次に会えることを疑っていなかった。
でも今は違う。
同じ場所に立っているのに、どこか少しだけ遠い。

そんな感覚が、胸の奥に残っていた。
景子の試験は、会う少し前に終わっていた。
合格発表は来月。

ようやく張り詰めていた時間から解放されて、こうしてまた会えることになった。

夕方。

狸小路へ向かう交差点。
観光客と仕事帰りの人たちが行き交う中で、見慣れた姿を見つけた瞬間、胸が強く鳴った。

――会いたかった。

その気持ちは、たぶん、俺の方がずっと大きい。
3ヶ月ぶりの景子は、少しだけ痩せたように見えた。
でも、笑った顔は変わっていなかった。

「待った?」

「そんな事ないよ。久しぶり」

「……久しぶり」

たったそれだけの言葉なのに、声が少し震える。
景子は髪を耳にかけながら、小さく笑った。

「景子、変わらないね」

「そう?」

「会いたかった」

思っていたより、まっすぐ言葉が出た。
景子は一瞬だけ目を見開いて、それから困ったように笑う。

「やめてよ。こんなところで」

そう言いながら視線を逸らした頬が、少し赤かった。
――たぶん、同じなんだ。

会いたかった気持ちは。
ただ、景子はそれを素直に受け止めるのが、少し苦手なだけで。

初夏の札幌を並んで歩く。

夜風は少し冷たくて、その分だけ隣の距離が近く感じた。
狸小路を抜け、落ち着いた居酒屋へ入る。
乾杯をして、少しだけ沈黙が落ちた。

何かを話すより先に、同じ時間を過ごしていることを確かめていた。

「やっと試験終わったって感じ」

景子が小さく息を吐く。

「お疲れさま」

それ以上の言葉が、うまく出てこなかった。
本当は。

ずっと寂しかったことも。
何度も会いたいと思っていたことも。

全部伝えたかった。

でも、言葉にしてしまえば、景子を追い詰めてしまう気がした。
料理をつまみながら、ゆっくり会話が続く。

仕事のこと。

東京のこと。

札幌のこと。

景子はいつも通り笑っている。
でもその笑顔の奥で、どこか距離を測っている気もした。

「ねえ」

「ん?」

「こうやって亮平と会えるのって、あとどれくらい続くんだろうね」

不意に落ちた言葉に、胸が静かに揺れる。

「どういう意味?」

景子はグラスを見つめたまま、小さく笑った。

「遠距離ってさ、終わりが見えないと不安になる」

少し間を置いてから、続ける。

「東京に行きたいって思うこともある」

その一言だけで、心臓が強く鳴った。

「亮平と一緒にいたいし……普通に、同じ場所で生活してみたいって」

でも。

景子はすぐに目を逸らした。

「でも、なんか……素直にそう思っていいのか、わかんなくて」

自分でも困ったみたいに笑う。

「自分の気持ちなのにね」

その迷いが、痛いほど伝わってきた。
景子はずっと、“幸せになっていい理由”を探している。

「会いたいよ、すごく」

ぽつり、と零れる声。

「でも、会うと余計しんどくなる」

「帰りたくなくなるから?」

そう聞くと、景子は少し驚いた顔をして、それから静かに頷いた。

「うん」

短い沈黙。
店の奥で、誰かの笑い声が聞こえる。
その音だけが、妙に遠かった。

「でもね」

景子がゆっくり顔を上げる。
まっすぐ、俺を見る。

「今日は、ちゃんと受け入れたいって思ってる」

「……何を?」

「会いたかったって気持ちも、全部」

その瞬間。
胸の奥で、何かが静かにほどけた気がした。
――やっと、同じ場所に立てた。

店を出ると、夜風が少し冷たかった。

「このあと、どうする?」

そう聞くと、景子は少し迷ってから、小さく言う。

「……もう少し、一緒にいたい」

さっきより、ずっと素直な声だった。
2人で並んで歩く。
夜が深くなるにつれて、人通りは少しずつ減っていく。

街灯に伸びた影が、自然に重なっていた。

しばらく歩いたあと、人気の少ない場所で、景子が立ち止まる。

「ねえ」

「ん?」

「今日、会えてよかった」

「俺も」

そのあと、少しだけ沈黙が落ちる。

景子が、一歩近づいてきた。

「……会いたかった」

今度は、はっきり聞こえた。

俺はそのまま、景子を抱きしめた。
細い身体が、静かに寄り添ってくる。
景子も、そっと抱きしめ返してくれた。

遠距離の寂しさも。

不安も。

言えなかった気持ちも。

全部、この距離で埋めるみたいに。

「もう少し、このままでいい?」

胸の中で、景子が小さく呟く。

「もちろん」

そう答えて、抱きしめる腕に少しだけ力を込めた。
未来は、まだ曖昧なまま。
何も解決していない。

それでも。

この瞬間だけは、確かだった。
札幌の夜風の中で。
俺たちは、しばらく離れられなかった。

第31 話に続く

※次回以降、毎週水曜日、土曜日の週2回、連載を投稿予定しています。

引き続きご期待ください。

【マガジンを作りました、過去の話はこちらから】

「遠距離恋愛、10年の軌跡、秋の章」

「四季を越えて愛、総集編」

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