「ゲーム脳」騒動を振り返る ~ オールドメディアとネットが戦った、おそらく最初の事例
「ネットvsオールドメディア」という対立構造が、世界各地のさまざまな事象に関連して、何かと話題になっています。
ネットが“オールドメディア”と戦った最初の事例は、2002年(平成14年)から始まった、【「ゲーム脳」騒動】ではないでしょうか。
新聞、雑誌、テレビの報道が、怪しい学説やオカルトさえも無批判に取り上げて事実として伝えたり、あらぬ恐怖を煽ったりすることは、それ以前にもありました。
一方、インターネット自体はかなり普及していたものの、ツイッターはもちろん、Facebookすらまだ存在せず、情報の伝達力でマスメディアにはまだ遠く及ばなかった時代。しかし、多くのマスメディアがこぞって流したフェイクニュースに、マスメディアのような発信力を持たない普通の人々は、インターネットの力を使って対抗しました。
いったい、どうやって?
【「ゲーム脳」騒動】は、「ネットがオールドメディアに立ち向かうことができたおそらく最初の事例」であるとともに、「オールドメディアが信用されなくなったきっかけの一つ」であるともいえるでしょう。
いまや立場は逆転し、ネットでデマが拡散されても、オールドメディアがそれを訂正するのは困難になってしまいました。
以下の記事は、『2006 CESAゲーム白書』『テレビゲームのちょっといいおはなし・3』に私が寄稿したものです。
『テレビゲームのちょっといいおはなし・3』はCESAのサイトにも掲載されているのですが、PDFファイルで、検索エンジンに引っかかりにくく、またCESAのトップページからたどり着くのも容易ではありません。
内容が古くなっていることもあり、一部加筆・修正してここに掲載します。「ネットvsオールドメディア」の図式が話題・問題となっている今だからこそ、あらためて【「ゲーム脳」騒動】の顛末を振り返ってみる必要があると思います。
「ゲーム脳」とは何か? ~「日本人として非常に恥ずかしい」
※社団法人コンピュータエンターテインメント協会(CESA)が2006年に発行した、『2006 CESAゲーム白書』『テレビゲームのちょっといいおはなし・3』に掲載された記事「『ゲーム脳』とは何か? ~ 『日本人として非常に恥ずかしい』」に、一部加筆・修正したものです。
2002年7月8日、毎日新聞夕刊の1面トップにこんな記事が掲載された。
「『キレやすい』『集中できない』『つきあい苦手』ゲーム脳ご注意」
「毎日2時間以上で前頭前野が働かず」
「人間らしい感情や創造性をつかさどる大脳の前頭前野の活動が、テレビゲームをする時に目立って低下することを、日本大学文理学部の森昭雄教授(脳神経科学)が脳波測定実験で突き止めた。今秋、米オークランドで開かれる米神経科学会で発表する。ゲーム時間が長い人ほど低下の程度が大きく、ゲームをしない時も活動レベルが回復しないことも分かった。森教授は『ゲーム脳』と名づけ、『情操がはぐくまれる児童期にはゲームの質や時間に気を配ってほしい』と警告している。」
(執筆・元村有希子記者)

その2日後、日本放送出版協会(NHK出版)から、森教授の書いた『ゲーム脳の恐怖』が出版された。
この本は「生活人新書」というシリーズの一冊として出版されたもので、「ゲーム脳」について、さらに詳しく書かれている。
帯紙の「テレビゲームが子どもたちの脳を壊す!」という、センセーショナルな見出しも話題を呼んだ。

さらに、『週刊文春』で9月26日号~10月10日号の3週にわたって、「テレビゲームのやりすぎで子どもが若年性痴呆になる!」というタイトルで大々的に取り上げられたことで(執筆・草薙厚子氏)、他のマスメディアも「ゲーム脳」を問題視。テレビ各局のニュースやワイドショーに森教授が出演し、「ゲーム脳」の恐怖について訴えた。

各週刊誌でも毎週のように、
「テレビゲーム漬けの生活を送っているとやがて恐ろしい『ゲーム脳』にむしばまれる!」
「TVゲームは子どもの脳をダメにする 毎日2時間以上で痴呆状態」
「警告! 携帯、パソコン、TV漬け ITが子供の脳を壊す あなたの家庭は大丈夫か」
といった見出しが躍るようになった。
『ゲーム脳の恐怖』は増刷を重ね、10万部を超えるベストセラーになった。
年が明けて以降、こうした報道は徐々に少なくなっていたが、2005年2月に大阪府寝屋川市で発生した小学校教員殺傷事件において、犯人の少年が小学校時代の卒業文集に「将来はゲームデザイナーか、ゲーム専門誌の編集者になりたい」と書いていたことが報じられると、再び「ゲーム脳」がクローズアップされる。
「寝屋川の17歳刃物少年、典型的な『ゲーム脳』」
「17歳少年を『教師刺殺』に走らせたゲーム脳 あなたの子供も危ない」
本稿では、日本で今なお問題視されている「ゲーム脳」について、その正しい知識と、報道のもたらした影響について記述する。
「ゲーム脳」とは?
「ゲーム脳」とは、日本大学文理学部教授で医学博士の、森昭雄氏が定義した脳の状態である。
ちなみに日本大学は、120年近い歴史を持ち、現在では日本一学生数の多い大学である。
森教授は、高齢者が認知症(当時は「痴呆」と呼ばれていた)になっているかどうかを脳波から判定するために、独自の脳波計を製作。チェックのため、その脳波計を開発した、コンピューター・ソフトウエア開発者8人の脳波を測定してみた。
すると8人とも、測定結果は認知症の人と同じタイプだった。脳の前頭前野の機能が低下していたのである。
そのため森教授は、「認知症の症状は出ていないが、認知症の人と同じ脳の状態」が存在すると考えた。そして、ソフトウエア開発者は勤務時間中ずっと画面を見ていて、ものを考える時間がわずかしかないために、脳がこのような状態になると推測した。
そこで森教授は、開発した脳波計を用いて、テレビゲームを長期間行っている人の脳波を測定してみた。すると、重い認知症の人の脳波にたいへんよく似ていた。
森教授は、この「認知症の人と同じ脳の状態」を「ゲーム脳」と名づけた。
前頭前野は人間らしさをつかさどるとされ、理性や思考、意欲などを行動に結びつけたり、また人間らしさや道徳といった高次の内容を処理する。人間はほかの動物より、この部分が発達している。
前頭前野の機能が低下すると、判断力がなくなり、周囲に配慮しない行動をとるようになる。また、無気力にもなる。つまり「ゲーム脳」になった人間は、このような状態に陥ってしまうのだ。森教授はそう結論づけた。
さらに森教授は、前頭前野のベータ波の活動状態から、脳のタイプを4種類に分類した。
「ノーマル脳」……ゲームをやったことのない人。ゲームをやっても脳波に変化はない。礼儀正しく、学業成績は普通より上位。
「ビジュアル脳」……ゲームはほとんどやらないが、毎日1~2時間テレビやビデオを見ている人。ゲームをやると一時的に「ベータ波/アルファ波」(「ベータ波の割合」÷「アルファ波の割合」の数値)が落ちるが、ゲームをやめると元に戻る。成績は普通より上の人が多く、大学で4年間成績がトップの人もいた。
「半ゲーム脳」……テレビゲームを行う前も後もベータ波がアルファ波のレベルまで減少しており、「ベータ波/アルファ波」がゼロになることもある。少しキレたり、“自己ペース”といった印象の人が多い。集中性があまりよくなく、物忘れも多い。
「ゲーム脳」……ベータ波の割合がアルファ波の割合より下になっている。キレる人が多い。ボーッとしていることが多く、集中力が低下している。成績は普通以下の人が多い。物忘れが非常に多く、時間の感覚がなく、学校も休みがち。
森教授は、「ゲーム脳」状態の生じる原因として、モニターから得られる画像情報は、目から入った後、脳の前頭前野を通らずに、脳の視覚野、運動野のみを経由して、脊髄から筋肉に伝わるからだとする。
森教授の著書『ゲーム脳の恐怖』によると、「ゲーム脳」を治すには、お手玉が有効とのこと。テレビゲーム歴10年以上の大学生に、毎日5分間ずつお手玉をさせてみたところ、2週間ほどで、前頭前野のベータ波の状態が回復したということだ。
お手玉は、目と手をフル回転させる必要があり、かなりの集中力が要求される。時系列的な作業を考え、位置関係を考え、皮膚も刺激されるため、脳に良い影響を与えると、森教授は考えている。
また、読書も良いとされる。読書も視覚からの情報なので、本を読んでいる間はやはりベータ波が低下する。しかしそこに思考が入ってくることで、テレビゲームとは脳の働きが違ってくるという。
歩くことで脳に刺激を与えることも良い。森教授は、伊能忠敬や二宮尊徳の例を挙げ、普段からよく歩く人は脳がさえ、年をとっても衰えないとしている。
手や足をよく使うことで、指先だけを使うテレビゲームに比べ、脳の中の、より広い範囲が刺激される。これが脳の活性化につながってくるということだ。
一方、『ゲーム脳の恐怖』で森教授は、脳のベータ波が増大するゲームが存在することも認めている。ひとつは、足元の矢印を、決められた順番とタイミングで踏んでいくダンスゲームで、運動的要素を取り入れたことで脳の活性化をうながしているとする。
もうひとつは、ホラー映画のような世界を舞台とし、敵に見つかって殺されないよう敵陣に進入し、相手を威嚇し、あるいは殺しながら突き進んでいくタイプのゲームだという(森教授はこれを「RPG」と称する)。
ただしこうしたゲームは、たとえベータ波が増大しても、好ましいものではないと森教授は考えている。この場合のベータ波の増大は、プレイヤーが絶えず緊張し続けているために引き起こされるもので、長時間にわたってリラックスできない状態が続くことで、極度のストレスが発生し、自律神経のバランスが崩れてしまう。
森教授は『ゲーム脳の恐怖』の中で、長時間のストレスは狭心症や糖尿病などを引き起こし、はなはだしい場合は脳の海馬(記憶をつかさどる器官)を収縮させると警告している。
森教授がさまざまな媒体で語るところによると、「ゲーム脳」はゲーム以外に、携帯電話のメール、テレビやビデオの視聴、また将棋でも長期間続けると発生するという。
メールは一見、脳を使って文章を作っているように見えるが、実際は短い簡略化された文章を入力したり、一覧表から言葉を選んで文章を作っていたりするだけで、ほとんど前頭前野ははたらいていない、とのこと。
テレビやビデオも、画面を見るだけで体の動きがないから同様。森教授は著書『ITに殺される子どもたち』(講談社)の中で、子供にテレビを見せるべきではないと警告している。
『ゲーム脳の恐怖』が発売されて4年近く経った2006年時点でも、一般のマスメディアはもとより、ゲーム専門誌ですら、森教授の説に対するまとまった反論はほとんどみられない。
「ゲーム脳」問題を3週にわたって取り上げた『週刊文春』では、その3週め(2002年10月10日号)において、森教授やゲーム脳に対する批判が10通ほどあったことを明かすが、
「そのほとんどが、小誌記事や著書『ゲーム脳の恐怖』を誤読したうえに独断や憶測を重ねた内容だった。一部、精神科医からの学術的な批判もあったが、それさえも、森教授の研究結果を否定する内容とは考えられなかった」としている。
ゲーム専門誌の『週刊ファミ通』では、浜村弘一前編集長が、自らの連載記事で「ゲーム脳」について疑問を示し、森教授に取材をおこなっている。
ただし、森教授に対する批判というよりは、マスメディアの取り上げ方が森教授の意図を正確に伝えてないのではないか、という論旨であった。
一方、インターネット上では当初から、森教授のこうした研究に対し、批判的な意見も散発的に見受けられた。いくつかのホームページでは、「これはトンデモ本だ」という声も上がっている。
また、ゲーム専門誌の『ゲーム批評』2002年11月号では、「ぼくたちはゲーム脳に侵されているのか?」というタイトルで特集が組まれていた。これは雑誌で森教授に対して批判的な記事が組まれた、ほとんど唯一の例といっていい。
私は当時、AllAbout Japanという情報サイトで記事を書いていたが、『ゲーム批評』も含めたこれらの意見を目にして、果たして「ゲーム脳」の信憑性はどの程度のものなのか、有識者のかたがたに見解をうかがって、記事にしようと考えた。
幸いにして、「トンデモ本」という言葉を広めた『トンデモ本の世界』の著者の一人・山本弘氏や、「ひきこもり」研究の第一人者、精神科医の斎藤環氏にお話をうかがうことができた。お二人は「ゲーム脳」理論の問題点を数々指摘されたのだが、紙面の都合もあるので、主だったものだけを短くまとめてみた。
「ゲーム脳」仮説の問題点
山本弘氏・斎藤環氏へのインタビューでうかがった見解に加えて、財団法人イメージ情報科学研究所が発行した『ゲームソフトが人間に与える影響に関する調査報告書』、パオロ・マッツァリーノ氏の著書『反社会学講座』等を参考にしている。
1.測定機器の問題……脳波を測定する機械が標準的なものではなく、しかも脳波そのものが公開されていない
森教授は一貫して、独自に開発した簡易脳波計を使っている。だが脳波の実物を公開していないため、これがどの程度信頼性のおける機械かがわからない。
この脳波計ではアルファ波とベータ波しか測定できず、本当の異常脳波であるシータ波やデルタ波が測れない。
また、脳波の測りかたも正しくない。特定部位の脳波を測るのに「双極誘導」を使うのはおかしいし、双極誘導なのに「不関電極」があるのも意味不明。
さらに、電位変動がない部分(通常は耳たぶ)につけるはずの不関電極を、前頭部の活動を拾うおでこにつけているのも間違いである。

「双極誘導」は2ヶ所の電位差を比べるもの。『ゲーム脳の恐怖』では前頭前野の脳波を調べるのに使っているが、ある1地点の脳波を調べるときに、双極誘導は適していない。
『ゲーム脳の恐怖』の脳波計には「不関電極」があるが、これは脳波を測るときの基準点となるもので、不関電極自体が脳波を検知してはならない。普通は脳波を検知しない耳たぶにつけるもので、『ゲーム脳の恐怖』のように額につけるのは、ふさわしくない。
そもそも、双極誘導で不関電極は必要ない。
さらに、頭皮の筋肉が出す電気信号が、ベータ波に似た波形を示すのだが、森教授の脳波計ではそれを区別できない。「お手玉をするとベータ波が上がる」と森教授は主張しているが、これは筋肉の電気信号を拾っている可能性がある。
そもそも森教授は、この脳波計の開発者たちの脳波が「ゲーム脳」だったと称している。
もし教授が言うように、彼らの脳波が異常なものだとしたら、彼らが開発した脳波計そのものが信頼できないのではないか。

2.脳波に対する研究者の知識の問題……「脳波が認知症患者に似ているから異常」とされるが、単にアルファ波が強く出ているだけで、異常ではない
「『ゲーム脳』の脳波は痴呆(認知症)の脳波に似ている」というのが「ゲーム脳」理論の根幹だが、これはテレビゲームに限らず、リラックスしている状態全般に起こる。
なぜならそれは“アルファ波が強く出ている状態”に過ぎないからである。
アルファ波は異常な脳波ではない。
アルファ波とベータ波の比率は、目を開けたり閉じたりするだけで変わる。
森教授はアルファ波を「高振幅徐波」と解説しているが、これは誤り。「徐波」というのは異常な脳波のことで、アルファ波はこれに当たらない。
(森教授は講演で、「ゲーム脳はアルファ波が増えた状態ではなく、ベータ波が減った状態」と説明していたようだが、それを裏づけるデータはないし、だいいちベータ波が減った状態も異常ではない)
認知症の患者と同じ脳波パターンが出た人が、認知症の症状を示していないということは、その人が認知症に近いわけではなくて、その脳波パターンが認知症患者特有のものではないと考えるほうが常識的だろう。
3.テレビゲームと運動などとの比較の問題……テレビゲームをしている時の脳波と、運動時の脳波がまったく一緒なのに、運動することだけを勧めている
森教授の著書『ゲーム脳の恐怖』で示されたデータによると、テレビゲームをやっているときの脳波パターンと、運動をしているときの脳波パターンはまったく同じ。
にもかかわらず教授は、ゲームのほうはベータ波が減るから良くないと言い、運動のほうは同じようにベータ波が減っているにもかかわらず、あとからベータ波が増えるから良いと言っている。
さらに森教授は、ベータ波が上昇するゲームが存在することも認めているが、それはストレスになるからやはり健康に良くないとしている。
データがどうであろうとも、「テレビゲームは駄目」という結論を変えようとしないのだ。

同じような形状のグラフでありながら、ゲームをやっているときは、作業を始めた時点で数値が下がることを強調して「脳が働いていない」とし、10円玉立てのときは、作業を終えた時点で数値が上がることを強調して「脳が働いている」としている。
4.データ提示の問題……脳の状態が4タイプに分けて示されているが、主観だけで分けられており、「被験者がゲームをやった時間の長さ」など具体的な数値は公開されていない
脳の状態を4タイプに分けて示しているが、それぞれの特徴を述べる際、数値的なデータは一切書かれておらず、ただ「もの忘れが多い」「成績は普通以下」「集中力が低下している」などと主観のみが書かれている。
記憶力や集中力、学業成績といった項目は簡単に数値化できるはずで、それをあえて行なっておらず、あまつさえ被験者の人数すら公開されていないということは、数値化すると自論に不都合なことが起こるからではないかと勘ぐられても仕方がないだろう。
仮にテレビゲーム歴と脳波パターンに関連性があるとしても、森教授の調査からは、テレビゲームが脳波パターンに影響を及ぼすのか、それとももともと「ゲーム脳」的な脳波パターンを示す人がテレビゲームを好むようになるのか、因果関係を判断することもできない。
5.習熟度と脳波パターンの問題……「脳に良い」とされた作業も、繰り返して行なうと「ゲーム脳」と同じになる
『ゲーム脳の恐怖』では、「ゲーム脳の被験者が、新しいRPGを始めた場合には、ノーマル脳タイプの脳波を示した」と書かれている。
テレビゲームでも、始めたばかりのときは前頭前野が活発に使われているということで、つまり森教授の分類した脳波パターンは、正常か異常かというよりも、単にゲームへの習熟度を示していると考えられる。
その証拠に、森教授が「ベータ波が上がる」としていた10円玉を立てる作業においても、繰り返して行なうと「ゲーム脳」と同じ脳波パターンを示すようになり、しかも森教授はこの現象について「慣れてしまったのかもしれません」と明記している。
6.テレビゲームに対する研究者の知識の問題……研究者に、テレビゲームについての知識がなく、被験者がどのような作業を行なっていたか把握できていない
森教授はテレビゲームに関する知識が皆無に等しい。
基本用語である「ロールプレイングゲーム」の定義を知らなかった。
また教授は、日本でシリーズ累計3,100万本も売れている、『ファイナルファンタジー』の名前や内容を一切知らなかった。
したがって森教授がテレビゲームのことを語るのは、中日ドラゴンズという球団の存在自体を知らない人が、日本のプロ野球について語るに等しく、鹿島アントラーズというクラブチームの存在自体を知らない人がJリーグについて語るに等しい。
ニューヨーク・メッツを知らない人がメジャーリーグについて語るに等しく、ACミランを知らない人がヨーロッパのサッカーについて語るに等しい。
テレビゲームには多様な種類があり、またひとつのゲームでも場面ごとに行なうことは変わる(コンピュータ・プログラミングにも同じことがいえる)。
しかし森教授は被験者がどのような作業を行なっていたかを明示していない。
森教授が著書や講演、テレビ番組などで、脳の動きを表すとされる映像を示すことがあるが、それらはせいぜい数秒程度のもので、都合のいい部分だけを抜き出して公開している可能性を否定できない。
7.テレビゲーム以外の行動が「ゲーム脳」を起こす問題……そろばんや将棋、朗読など、「脳に良い」とされる作業でも、「ゲーム脳」と同じような状態になる
森教授自身が、テレビゲームのみならず、コンピューター操作や携帯電話のメール作成、さらに将棋やそろばんなどでも、「ゲーム脳」になることを認めている。こうなると「ゲーム脳」というネーミング自体が不適当と言わざるを得ない。
さらにその後、他の研究者によるさまざまな研究により、朗読・カードゲーム・テレビの視聴・大学生による英語学習・音楽を聴く・肩たたきをしてもらう・座禅や精神集中などの行為でも、「ゲーム脳」に近い状態になることがわかっている。
8.「少年犯罪の増加」に関する問題……そもそも、少年による犯罪は増加していない。少年による凶悪犯罪のピークは昭和35~40年
少年による犯罪が急激に増えているといったデータはない。
『反社会学講座』(パオロ・マッツァリーノ著/イースト・プレス)によると、少年による凶悪犯罪は平成2年から平成9年にかけて約2倍に増え、その後は横ばい状態が続いているが、昭和35年から40年には、さらにその3倍以上の件数があった。少年自体の人口も当時のほうが多かったが、それでも現在の1.25倍程度に過ぎない。
ちなみに人口あたりの殺人加害者の数は、2006年時点でも10代男性や20代男性より、50代男性のほうが多い。
一方、問題とされ槍玉に挙がったゲームソフトの販売本数は、いずれも100万本を超える。
仮にこれらのゲームをプレイした人の1%が凶悪化するとしても、全国で1万人以上の凶悪犯が生まれなければ計算が合わない。
9.「ゲーム脳」の改善法の問題……「ゲーム脳」は、「毎日5分ずつお手玉をすれば、2週間で改善する」とされている。恐怖でも何でもない
森教授は、テレビゲーム歴10年以上の大学生に、毎日5分間ずつお手玉をさせてみたところ、2週間ほどで、前頭前野のベータ波の状態が回復したとしている。
「ゲーム脳」になっても、この程度の方法で改善できるのであれば、“恐怖”でも何でもない。
『ゲーム脳の恐怖』には、「けれども、もしも子どもが『1時間お手玉をするから、1時間テレビゲームをやってもいい?』と聞いてきても、いいとはいえません」と書かれているが、例によって根拠はない。
習熟度の問題から考えれば、お手玉も慣れてしまえば「ゲーム脳」と同じ脳波パターンになることが予測される。
『ゲーム脳の恐怖』で示されているのは、お手玉に慣れていない人がお手玉をやったときの脳波パターンのみであり、熟練者がお手玉をやっているときのデータは示されていない。
『ゲームソフトが人間に与える影響に関する調査報告書』では、以下のようにまとめられている。
今の段階では、研究の蓄積とハードとその解釈への信憑性という基本的な問題に加え、提示されていないデータなども多く、その結果についての結論は出せない段階である。
(2003年3月)
「ゲーム脳」仮説の広がり
「ゲーム脳」仮説が一般に信じられるようになったきっかけは、『週刊文春』で2002年9月26日号から10月10日号まで、3週にわたって掲載された「短期集中連載 テレビゲームのやりすぎで子どもが若年性痴呆になる!」だった。(執筆・草薙厚子氏)

これ以降、「ゲーム脳」がマスメディアに取り上げられる機会が格段に増えた。
『ゲーム脳の恐怖』発売から『週刊文春』の連載までに、「ゲーム脳」を取り上げた雑誌は3ヶ月で3誌だけだったが、2002年11月はいきなり6誌に増えた。翌2003年1月にかけてさらに2誌。その間、テレビ各局のニュース番組でも頻繁に取り上げられている。
「ゲーム脳」は、短期間に繰り返し別々のマスメディアで取り上げられたことによって、人々の間に定着したのである。
しかし、『週刊文春』で集中連載が行なわれたのとちょうど同じ頃、マイクロマガジン社の『ゲーム批評』2002年11月号で、「ゲーム脳」特集が掲載されていた。
この中で、精神科医・風野春樹氏が、「ゲーム脳」仮説に疑問を投げかけている。
「痴呆者のβ/α値が小さくて、『ゲーム脳』のβ/α値も小さいからといって、『ゲーム脳』は痴呆に類似した状態だといえるか」
「私が問題だと思うのは、データ自体はなんとでも解釈できるのに、その上に飛躍に満ちた類推を並べ、さらにそこからあまりにも牽強付会な結論を導き出している(というより、はじめから決まった結論にもとづいてデータを解釈している)ところなのである」
また、ライターの新清士氏による、森教授へのインタビューが掲載されている。これを読んで私は森教授の態度に強い憤りを感じた。
(アメリカの科学雑誌『ニューサイエンティスト』誌が、森教授の研究を批判したことに対して)「それは脳のことを知らない人が言ってることでしょう」
「実際にね、ゲームのやりすぎでおかしくなったのがいるわけですよ」
(脳波計のソフトウエアを開発した人々について)「朝5時や6時までPCを前に仕事をやってるわけですよ。その間、まったく会話といったコミュニケーションもないわけですよ。(中略)しかし、作業の中で、ひらめいたりしていろいろ考えるというのはその中でわずかの時間でしかないでしょう」
「コンピュータ関係を仕事としてやってる人はやっぱりβ波が低いんですよ」
この記事および、森教授の著書『ゲーム脳の恐怖』を読んで、「ゲーム脳」仮説を怪しいと感じた私は、インターネットの情報サイト「AllAbout Japan」で、「ゲーム脳」について取り上げてみた。
もっとも、私が思ったことをただ書いても説得力がないので、複数の専門家の方に取材して、「ゲーム脳」の真偽について語っていただくことにした。
結果、日本大学医学部の泰羅雅登教授と、作家・山本弘氏、精神科医・斎藤環氏に取材することができた。
(現在これらの記事は、私の個人サイト内で公開している)
一連の記事への反響はすさまじかった。サイトのアクセス数(閲覧数)が急増。感想も多数いただいた。
しかしその頃からゲーム業界では、「『ゲーム脳』は終わったもの」という認識が広まりつつあったようだ。毎日新聞で取り上げられてから約半年、週刊文春で取り上げられてから3ヶ月近く。「ゲーム脳」という言葉は、そろそろ自然消滅するだろうと思われていた。
だが実際にはむしろ、『週刊文春』の記事以降、週刊誌やテレビ番組で繰り返し「ゲーム脳」が無批判で紹介されている。『ゲーム脳の恐怖』が書店で平積みになっている光景もよく見かけられた。実はその年のうちに、第8刷まで増刷が重ねられていたのだ。




ゲームファンの個人サイトをいくつか見ると、このような偏見に満ちたゲームバッシングに対して、ゲーム業界……メーカーや業界誌……から何らメッセージが発せられないことに、憤懣やるかたない思いをしていた人の多かったことがわかる。
CESA(コンピュータエンターテインメント協会)は、多くのマスメディアからの問い合わせに対して、冷静に対処していたらしく、それで報道を取りやめたメディアもいくつかあったようだ。だがそうした活動は外部から見えないために、一見何もしていないように映ってしまっていた。
翌2003年の春頃になると、さすがにマスメディアで「ゲーム脳」が取り上げられる機会は減ってきた。とはいえ、健康情報雑誌や、教育関係の雑誌・新聞などは例外だった。
さらに、森教授自身も精力的に各地の小中学校などを回り、講演を行なっていた。この過程で、主に教育関係者の間に、「ゲーム脳」仮説を信奉する人々が増えていったものと思われる。




また、表立った反論が出てこないまま影を潜めたことで、むしろ人々が「ゲーム脳」を信じ込んだままの状態になっていた。2年後の寝屋川市小学校教師殺傷事件におけるマスコミの報道で、はからずもそれが証明されることとなる。


Googleランクを上げよう運動(“オールドメディア”とネットが戦った、おそらく最初の事例)
一方、「ゲーム脳」仮説の怪しさを世間に広めるのに、大きな役割を果たしたのが、「『斎藤環氏に聞く ゲーム脳の恐怖』のGoogleランクを上げよう運動」である。
これは林隆一郎氏という方が、自らのサイトで呼びかけて、斎藤氏も私も知らない間に広まったものだ。
運動といっても大した労力は要しない。斎藤環氏へのインタビュー記事(当時既にAllAbout Japanから、私の個人サイトへ転載していた)に、各個人の持っているサイトから、リンクを貼るというものである。
「『斎藤環氏に聞く ゲーム脳の恐怖』に、自分の持っているWebページ(home page)、web日記、blogなどでリンクしてください。多数の人がリンクすることで、このページの重要度が上がって、Googleで検索したときに前の目立つ場所にこの文章が出るようになります」
Googleなどの検索エンジンで、検索結果として表示される順番を決める基準の一つに、「どれだけ多くのサイトからリンクされているか」がある。これは学問の分野で、「ほかの論文に数多く参照される論文は価値が高い」とされているのと同じ理屈である。「Googleランクを上げよう運動」は、これを利用したものだ。
その効果は間もなく現れた。7月末頃から始まったらしいこの運動には、瞬く間に参加者が急増。私がこの運動のことを知ったときには既に、数多くの個人サイトに、記事へのリンクと、「『Googleランクを上げよう運動』に参加します」というメッセージが書かれているのが見つけられた。
「ゲーム脳」仮説のいい加減さに対して怒りを感じる人々が、それだけ多かった証だろう。
そしてわずか2ヶ月後。Googleで「ゲーム脳」を検索すると、「斎藤環氏に聞く ゲーム脳の恐怖」が、NHK出版(日本放送出版協会)のサイトを抜いて、トップに表示されるようになっていた。
Googleだけではなく、当時Googleの検索システムを採用していたYahooを始め、gooやinfoseekなど他の検索エンジンでも、トップもしくは2番目に表示された。
この運動のおかげで、インターネット利用者間における「斎藤環氏に聞く ゲーム脳の恐怖」の認知度が飛躍的に高まった。そして「ゲーム脳」仮説がどれだけお粗末なものかを、世の人々に知らしめることになったのである。
※「Googleランクを上げよう運動」のサイトは現在リンク切れ。また私が書いた記事のほうも、このときとはURLが異なっています。
事件や事故に乗じて復活する「ゲーム脳」
2005年2月14日 寝屋川市小学校教員殺傷事件
こうして、「ゲーム脳」という言葉が忘れ去られるかに思えた2005年2月14日。
大阪府寝屋川市で発生した小学校教員殺傷事件において、犯人の少年が小学校時代の卒業文集に「将来はゲームデザイナーか、ゲーム専門誌の編集者になりたい」と書いていたことが報じられると、再び「ゲーム脳」がクローズアップされる。
雑誌やテレビの報道番組がこぞって取り上げ、森教授は各局のワイドショーに引っ張りだことなった。
ただ1誌、『週刊朝日』(朝日新聞社)だけが、3月4日増大号において「17歳少年がおかしくなったのはゲームのせいじゃない!」というタイトルの記事を掲載。少年が、かつて通っていた塾の講師に語った言葉を載せている。
最近はあまりゲームはやってないんです。それより本が好きになって、芥川賞作家の本を読んでます。海外のロック音楽も好きで、自分でもギターを買って弾き始めました。
また、前年の夏から、若者向けのファッション誌を毎月買っていたという証言もあった。
だいいちこの少年は、15歳で大検に合格するほど成績優秀だった。「脳の働きが衰え、痴呆(認知症)に近くなる」という「ゲーム脳」仮説と矛盾する。
ちなみに成績が優秀というのは、2003年に長崎市で起こった幼児誘拐殺人事件や、2000年の西鉄バスジャック事件の犯人とも共通する特徴だ。しかし「勉強が犯罪を助長する」と報道されることはあまりない。
2005年4月25日 JR福知山線脱線転覆事故
同年4月25日、兵庫県尼崎市のJR福知山線で、脱線転覆事故が発生する。死者107名、負傷者562名を出す痛ましい事故となったが、翌26日、『夕刊フジ』の1面トップで、「運転士ゲーム脳か」という見出しが躍った。
記事の中では、運転士が手前の駅でオーバーランを起こし、その距離を短く報告するよう車掌に依頼していたことや、訓告などの処分を過去3回受けていたことを取り上げ、「『ゲーム脳』とも思える異常行動を繰り返す運転手」と書いている。
また森教授もこの運転士について、
「重大なミスを犯しながら、自身で再発防止ができておらず、注意力が散漫な印象を受ける」
「大事な場面で倫理的な行動がとれず、キレやすいというのはゲーム脳の特徴とよく似ているともいえる」とコメントしている。
ちなみにこの時点では、まだ事故原因が、運転士本人にあったのか、車両の故障か、線路の異常か、それとも何らかの妨害があったのか、それすらわかっていない。
だいいち原因調査どころか、まだ救出活動が行なわれている真っ最中であった。
もちろん運転士がテレビゲームを愛好していたかどうかなど知る由もない。
ゲーム脳がよくわかる書籍
2004年の後半以降、ようやく有識者が、著書の中で「ゲーム脳」について言及するようになってきた。
(※肩書はいずれも当時のもの)
東北大学医学部の川島隆太教授は、『天才の創りかた』(講談社インターナショナル)の中で、「ゲームで、脳が壊れて痴呆のようになるということは100%ない」と書いている。
お茶の水女子大学の坂元章教授は、「ゲームの暴力表現には悪影響がある」とする立場だが、『テレビゲームと子どもの心~子どもたちは凶暴化していくのか?』(メタモル出版)では、「ゲーム脳」理論について、「脳活動が低下する」から「活動しない脳が育つ」へといきなり飛躍する点や、脳波と性格傾向が1対1で語られている点など、問題が多いと述べている。
また、ゲームの悪影響だけでなく、教育やリハビリテーション、心理臨床などに有効利用できる可能性にも目を向けるべきと主張する。
テレビのコメンテーターとしてもおなじみ、帝塚山学院大学の香山リカ教授に至っては、『ネット王子とケータイ姫~悲劇を防ぐための知恵』(中公新書ラクレ/森健氏との共著)の中で、科学的根拠のない「ゲーム脳」が、なぜこれほどまで幅を利かせているのかを考察している。
さらに、著者の無知や妄想などにより、おかしな内容になってしまった本を紹介する『トンデモ本の世界T』(と学会著/太田出版)では、山本弘氏が『ゲーム脳の恐怖』について、“「研究対象について無知」「科学的な手順を踏んでいない」「論旨がデタラメ」という、三拍子揃ったトンデモ本なのである”と評している。
評論家の宮崎哲弥氏は、朝日新聞の書評欄で『トンデモ本の世界T』を取り上げ、「『ゲーム脳』理論のように、一般に浸透してしまう疑似科学も急増中。(中略)この手は学者や専門家の著作ということもあって、大新聞の書評欄などでも無批判に賞揚されたりするから要注意だ」と書いている。
日本大学文理学部の小笠原喜康教授は、2005年に発売された『議論のウソ』(講談社現代新書)の中で、マスコミを通じて流される言説の「嘘の形」の一例として、『ゲーム脳の恐怖』を取り上げている。
『ゲーム脳の恐怖』には、「権威に訴える虚偽」「研究方法に関する虚偽」など、昔から知られる虚偽論法の典型をいくつも見いだせるとしている。
京都大学名誉教授で日本福祉大学教授の久保田競氏は、2006年4月に発売された『バカはなおせる 脳を鍛える習慣、悪くする習慣』(アスキー)の中で、「うまくつきあえば、ゲームやネットは脳を発達させるのに役立つ」と書いている。
また、ちまたに出回る「脳に関する本」について批判しているが、特に『ゲーム脳の恐怖』に対しては、「脳波を、特定の脳領域の働きと対応づけるのは難しい」「実験の組み方にも疑問が残る」など手厳しい。
※2006年以降に発売された本で、「ゲーム脳」を取り上げたものを、ごく一部だが以下に挙げておく。
「ゲーム脳」を批判している本はそれなりにあるのだが、そのほとんどは「ゲーム脳」に対する批判が載っていることが、本のタイトルからはわからない。最低限、目次に目を通さないと気づかないのだ。
そのため、実はさまざまな人が「ゲーム脳」を批判しているにもかかわらず、そのことがあまり知られていない。
昔はこの手の怪しげな本がベストセラーになったら、それに対する反論本が出ることがよくあったが、『ゲーム脳の恐怖』に対してはそういう本が出なかった。
大きな理由は2つほど考えられる。まず、危機を煽るような本は売れるけれど、それに対する反論の本はそこまで売れない。今でも、デマが広まりやすいのに対し、そのデマを否定する言説は広まりにくいものだが、それに近い。
とはいえ昭和から平成初期までだったら、反論本でも、ある程度の売り上げは見込めたので出版されることはあった。しかし『ゲーム脳の恐怖』が売れた頃には出版不況が既に長期化しており、本を出すことが難しくなってしまった。
もう1つ、「ゲーム脳」に対する批判というのは、先述の「『ゲーム脳』仮説の問題点」程度の文章で片付いてしまうためだ。本1冊分にならない。
自著の中で1つの章を割いて「ゲーム脳」に対する批判をしている方はいるが、先述の通りそこに「ゲーム脳」批判が書かれていることは、本の中身を見た人でなければわからない。
実は私も反論本を書こうとしていた。ありがたいことに出版社2社から出版の申し出があったのだが、いざ書いてみると反論部分は30ページ分くらいで終わってしまった。
それでもその後の経過などを書き足して1冊分の原稿にしようとしたが、だんだん本質から外れていって、伝えるべきところが伝わりづらくなることに気づき、結局書き上がらず、出版社に迷惑をかけてしまった。
この【「ゲーム脳」とは何か?~「日本人として非常に恥ずかしい」】は、その本の中から、書き終えた箇所をまとめたものである。
『ゲーム脳の恐怖』から4年、2006年時点での状況
最近は、わずかながらマスメディアの報道にも、変化が見られるようになってきた。
『サンデー毎日』(毎日新聞社)2月26日号(2月14日発売)では、「ゲームで脳が壊れる説に学会はブーイング」と題して、『ゲーム脳の恐怖』および、『脳内汚染』(岡田尊司著/文藝春秋)について検証している。
「森さんは僕の論文を引用して『ゲーム脳の恐怖』を書いているんですよ。でも適切に引用できていないんです」(京都大学・久保田競名誉教授)
「(森教授は)冊子に載せた論考のようなものまで自分の『論文』のように挙げていますが、こうしたものを論文リストに載せるというのは、研究者として全然だめということです」(京都大学・櫻井芳雄教授)
「最近『脳』をタイトルに入れた『似非脳科学』『とんでも脳科学』的な書籍が本屋の店頭に並んでいます。(中略)基礎的な神経科学研究の重要性の理解を減弱させ、また神経科学に対する信頼性を損なう」(日本神経科学学会会長・大阪大学・津本忠治名誉教授)
また、「ゲーム脳」に対する直接の言及はなかったものの、フジテレビ『ニュースJAPAN』では、少年による犯罪が決して増加していないことや、10代・20代による殺人事件より、むしろ50代による殺人事件のほうが多いことなどを伝えている。
より端的なのが『現代用語の基礎知識』(自由国民社)による「ゲーム脳」の解説だ。「ゲーム脳」が見出し語として初登場した2003年版では、森教授の主張するところをほぼそのまま掲載した。
しかし2004年版では、末尾に「しかし、まだ仮説の段階であり、科学的な検証が求められている」という一文が追加されている。
さらに2006年版では、新たに「ゲーム脳脳」という見出し語が追加された。
ゲーム脳脳……『ゲーム脳の恐怖』で定義された『ゲーム脳』という状態を、ことあるごとに事件の当事者に対して適用しようとするような人の脳を揶揄する言葉

一方で森教授は、マスメディアに出ることこそ少なくなったものの、講演活動は依然積極的にこなしているようだ。
2006年3月6日に東京都世田谷区で行なわれた講演では、『サンデー毎日』誌上での批判に対して、こう反論している。
「久保田名誉教授はお年を召されたのかもしれません。ゲーム会社と何らかの関係があるのだと思います」
「京都大学はゲーム会社から70億円もらっています。ゲーム業界からお金をもらってしまうと、まともな研究者もまともなことを言わない。私は科学者なので、言わなければならないことは言う」
(注:京都大学は2月21日、任天堂の山内溥相談役から70億円の寄付を受け、医学部附属病院の新病棟を建設すると発表した。このことを指していると思われる)
これ以外に、「ゲーム脳」仮説そのものへの批判に対する科学的な反論は一切なかった。
さらに、会場の質問者(作家・川端裕人氏)から、少年による殺人事件が増えておらず、むしろ昔に比べて減っていることを指摘されたときには、こう反論した。
「私は日本人です。日本のこどもたちが壊れていくのを黙って見過ごせますか? そういうことを問題にするあなたの方が、日本人として非常に恥ずかしい」
会場全体から、割れんばかりの拍手がわき起こった。
ニセ科学が政治に影響を与え始めた
神奈川県は2005年、『Grand Theft Auto 3』を有害図書に指定したが、松沢成文知事はこれに関連して、自身のブログで「これまでも、ゲームソフトによるプレイを長時間行うことが、子どもの脳などに少なからぬ影響を与えることについて、いくつかの調査結果がある」と書いている。
埼玉県は2006年、八都県市首脳会議(首都圏サミット)において、テレビゲームなどの映像が、こどもの脳へ与える悪影響について、八都県市(東京都、神奈川県、埼玉県、千葉県、横浜市、川崎市、さいたま市、千葉市)で共同研究することを提案した。
上田清司知事はこれに関連して、「テレビゲームやビデオの映像を見ていると、脳の前頭前野の機能が低下し、脳内が汚染されるというデータもある」と発言した。(※東京新聞サイト5月10日掲載分より)
なお、そのようなデータや調査結果を提示したことのある科学者は、(森教授を科学者の数に含めたとしても)世界中に誰一人存在しない。
追記

この2年後の2008年、森昭雄教授は、『世界日報』の読者向けに講演会などを企画する「世日クラブ」に招かれて、講演を行なっている。
世界日報との関係は長く続いているようで、2020年、香川県でテレビゲームやスマートフォンの使用を規制する条例が制定された際、森氏が世界日報にコメントを出している。

週刊文春で「ゲーム脳」を無批判に称賛し、テレビゲームを攻撃する記事を書いた草薙厚子氏は、2007年に『僕はパパを殺すことに決めた 奈良エリート少年自宅放火事件の真実』を書くにあたり、前年に放火殺人事件を起こした少年の、精神鑑定を担当した医師を取材。
医師は、直接引用しないことを条件に、草薙氏に供述調書などを閲覧させた。だが草薙氏は無断でこれらの資料を撮影し、供述調書と精神鑑定調書からの引用を中心としたこの本を、やはり医師に無断で出版した。
医師は秘密漏示罪で有罪(執行猶予つき)。草薙氏の方は嫌疑不十分で不起訴となった。
実はこの草薙氏、週刊文春などでテレビゲームを攻撃する記事を書いていた頃から、2007年の事件を経て以降も、ごく最近まで芸能事務所に所属していた。
ソニー・ミュージックアーティスツ(SMA)。
プレイステーションの開発・製造・販売を行なうソニー・インタラクティブエンタテインメント(SIE)と同じ、ソニーグループの芸能事務所だ。SMAもSIEも、ソニー・ミュージックエンタテインメント(旧CBSソニー)から分社化されている。
SMAには、プレイステーションに限らずゲーム関連の仕事が多い、タレント・声優・芸人も多数在籍する。
そんな中で同社は、(きちんとしたエビデンスに基づいて、ゲームとのつきあい方を指南するような学者やジャーナリストならまだしも、)根拠薄弱なゲームバッシングの急先鋒を務める人物を、長年にわたって匿い続けてきたわけだ。
しかも、話はこれで終わらない。
2005年に草薙厚子氏が文藝春秋から出した、『子どもが壊れる家』という著書がある。
少年犯罪の原因を「テレビゲームによる悪影響」と決めつけた、ゲームバッシングの最たる本だ。20年近く前に発売されたこともあって、さすがに文春ももう増刷はしていない。
ところが、ソニー・ミュージックアーティスツが出版元となって、この本を電子書籍化してしまったのだ。
草薙氏がSMAの所属タレントリストから消えた現在でも、ゲームに対する古い偏見に満ちたその言説が、簡単に入手できてしまう。もちろん、草薙氏に印税が入る形で。
なお、この本以外にも、SMAは草薙氏の著書を多数、電子書籍化している。
草薙氏は2003年にも週刊文春でゲームバッシング記事を書いているが、その中で、1999年にアメリカで起こった、コロンバイン高校銃乱射事件に触れている箇所がある。
このとき草薙氏はこの事件のことを、マイケル・ムーア監督の『ボウリング・フォー・コロンバイン』で有名な事件、と説明していた。
『ボウリング・フォー・コロンバイン』はまさに、草薙氏が垂れ流してきたような言説を、真っ向から批判する内容の映画である。この映画のタイトルがなぜ『ボウリング・フォー・コロンバイン』というのか、もし草薙氏が記事を書く前にそのことだけでも調べていたら、記事の内容も少しは変化していただろうか?
「香川県ゲーム条例」にも影響を与えた「ゲーム脳」
「ゲーム脳」は決して過去のものではなく、侮ってはいけない。それを証明したのが、2020年に香川県で成立した「香川県ネット・ゲーム依存症対策条例」だろう。
この条例に関しては成立前から、内容も、成立までの過程も、大きく問題視されていた。多くの方々がサイトに書いておられるので、ここでは詳しく述べない。
瀬戸内海放送の山下洋平記者が、それらの問題を詳細にまとめた書籍もある。
この条例が作られた理由として、「WHO(世界保健機関)が『ゲーム依存症』を病気として認めたから」ということが挙げられる。
(このことについては、WHOの対応にも問題があるし、WHOの発表に対する香川県の解釈にも大きな誤りがある。後述する)
しかしそれだけではない。「ニセ科学」であることはもう疑いようがなく、世間ではすっかり忘れられていたはずの、あの「ゲーム脳」仮説が、香川県議会で力を持つ議員に影響を与え、条例を制定する一因になったのだという。
当の本人が、自ら新聞でそう述べている。

今日の北海道新聞が香川ゲーム規制条例の支持を打ち出した記事だそうですが、
— 新清士@AIコンテンツ開発者 (@kiyoshi_shin) January 28, 2020
それより、大山一郎香川県議のコメントに驚愕。10年以上前から取り組んだとのことですがよりにもよって「『ゲーム脳』を勉強し、問題を提起してきました」とある。
やっぱり亡霊復活してた。根拠がどうでもいいわけだ。 https://t.co/d06myHN8vI
罰則がなく実効性がないという理由で軽視されているからだろうか、条例制定から6年が経過した現在、まだ条例は存在しているにもかかわらず、成立前後にあれほど湧き上がった憤りの声は、すっかり影を潜めてしまった。
だが条例の影響は皆無ではない。香川県ではこの条例を盾に、県内の全小中学生向けに、県の予算でゲームバッシングのためのパンフが作られ、実際に配布されている。

【取材しました】
— 山下洋平 / TV報道記者 (@y0he1_yamash) August 7, 2024
香川県の #ゲーム条例 に基づき、県教委が児童・生徒に配布している「依存予防対策学習シート」。
日本行動嗜癖学会が去年、内容に「医学的、科学的な誤りがある」などと公開質問状を提出。
今年度配布された学習シートはどう変わったのか解説しました。https://t.co/BixKbrf0vr
それでも香川県に擦り寄るヤドン。これは「太陽政策」なのか? それともさしたる考えもなく動いているだけなのか?
条例制定前から、「うどん」と「ヤドン」が似ているという理由で香川県と提携し、ヤドンを香川県のご当地キャラクターとしている株式会社ポケモン。
条例制定前は別に問題はなかったのだが、ゲームに対して敵意むき出しの条例が制定された後も、ヤドンを通じての香川県との提携を解消しておらず、それについての声明も一切ない。
あまつさえ、条例施行後にヤドン公園を造り、無償で香川県にプレゼントした。
かつて韓国の金大中(キム・デジュン)大統領は、北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)に融和的に接することで、南北朝鮮における諸問題を解決しようとした。この政策は童話『北風と太陽』から「太陽政策」と名づけられた。
ポケモン社は香川県に対して、あえてこの「太陽政策」で臨んでいるのだろうか?
今のところ、香川県側が条例を撤廃しようとする動きは全くなく、この件に関してポケモン社と協議しているという話も聞かない。
ポケモン社も、そんな香川県の態度を見ないようにして、というより、そこまで深い考えもなく、ただただ一方的に、「盗人に追い銭」を与え続けている。
確かにヤドンは「まぬけポケモン」だが、株式会社ポケモン自体が「まぬけ」では困るのだ。
WHOはなぜゲーム障害(ゲーム依存症)を疾病のリスト(ICD-11)に加えたのか?※『脱出ゲーム 香川県からの脱出』より

最後は『脱出ゲーム 香川県からの脱出』より、「病気を治す専門家の蛇」にご登場いただき、果たしてこの蛇が、香川県ゲーム条例の土台ともなっている“ゲームの危険性の指摘”を行なったのかどうか、問いただしてみることにしよう。
「……僕、そんな大したことは言ってないんだけどな」
i
僕が分類している『人間がかかる病気のリスト』の中に、「ゲーム障害」という項目を最近加えたのは本当だよ。
でもあれは、日本の医者が、ゲーム依存症を“病気”だと認定しろ認定しろってしつこくてさあ。
あまりにもうるさいんで、もう、これっきりこれっきり、これっきりこれっきりにしてほしくて、仕方なくリストに入れたんだ。
そしたらその医者は、「ゲーム依存症が正式に病気だと認定されたのは俺の手柄だ!」って、大々的に吹聴してやがる。
彼の部下で、実際に臨床に携わっている医師たちは、ゲームのプレイ時間を制限しても、根本的な解決にならないと明言している。原因はゲームではなく、家庭や学校、または先天的な障碍など、ほかに問題があるから依存症を起こすわけで、これはどの依存症でも同じだ。
ちゃんと医師として活動している部下たちは、医師がやるべきことを理解している。
だが、そこの親分は、自分自身が名を売ることばかりに執着している。だから彼は、根本的な解決にならない条例作りに加担して、それが成立したら自分の手柄だとはしゃいでいる。
彼にとっては、患者を治療することや、正しい医療の知識を広めることなんか二の次なんだよ。
ii
実際、原文を見てもらえばわかるけど、僕はゲーム障害について、あまり具体的なことは書いてないはずだ。特に、「プレイ時間が長くなったら依存症を起こす」なんて全く書いてない。
そもそも『ゲーム障害』の定義については、『プレイ時間をコントロールできない症状が12ヶ月以上続く』など、かなり極端な状態に限定されている。
なのに自民党香川県政会などの条例賛成派は、このリストに『ゲーム障害』が存在することだけを金科玉条として、これにオカルティックな偽科学を紐づけて、ゲームをバッシングしている。
果たして彼らのうち何人が、元の文章を読んだことがあるんだろうね? もし読んでいたら、あの条例の正当性を主張するために、僕の名前を持ち出さないはずだ。
県の教育委員会が発行して、県内の全小中学生に配布したパンフレットでも、「ゲームをやりすぎると脳が萎縮する」なんていう非科学的な話を堂々と書いている。
しかも意地の悪いことに、そのすぐ真下に僕の名前を載せている。あの偽科学を、まるで僕が警告したかのような、ミスリードを誘っているんだ。

iii
それに僕だって、常に正しいことを言うとは限らないよ。過去になかった事態に直面して、ただちに的確なことを言えるとは限らない。
新型コロナウィルス・COVID-19について僕は最初、「ヒトからヒトへ感染する可能性は低い」と言っていた。「感染してない人がマスクをつけても意味がない」と言ったこともある。
「ゲーム障害」を病気としてリストに加えたことも、こうしたCOVID-19に関する初期の見解と同じような、判断ミスだったかもしれない。
つけ加えると、コロナウィルスが蔓延した際、いわゆる“コロナ鬱”を防ぐために僕は、「離れた所の人々と一緒にゲームをすることを勧める」と言って、ゲーム関連企業と共に「#PlayApartTogether」運動を推進したんだけど、条例賛成派はこれを全く無視しているよね。
それどころか一部のマスコミは、この“コロナ鬱”さえ、テレビゲームのやりすぎのせいにしている。
iv
今、僕も困ってるんだよ。「病気リストの中に“ゲーム障害”を加える根拠となった文献を提示してほしい」って、オックスフォードの教授に問い詰められててさ。
提示できるわけないじゃん、まともな文献の中にそんなのなんかないんだから。
だからって、「執拗なロビー活動と、政治的圧力に屈しました」なんて、本当のことを言えるわけがないじゃん。
もうごまかすしかないよね。「あなた専門家なんだから知ってるでしょ」って。もちろん、「調べたけど存在しなかったから聞いてるんだ」って返されたよ。
ただでさえこんな状況なのに、さらに香川県教育委員会にあんな形で僕の名前が使われて、言ってもいないことまで言ったことにされている。
もし、これ以上僕が信用を失ってしまったら、またアメリカからお金がもらえなくなってしまう。
