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自転車の二人乗りと不倫

街を歩いていたら、大人のカップルが自転車の二人乗りをしているのを見た。

バレずに、特に事故も起きなければ、本人たちにも、周りの人にも、特に迷惑をかけていないように見える。

でも、その行為をしている間は、本人や他人に危害を加えるリスクを孕んでいる。

そして、自転車の二人乗りは、道路交通法上、原則として禁止されていて、違反には罰則もある。

それを見ていて、ふと「不倫と少し似ているな」と思った。
不倫も、バレない間は、基本的には周りには迷惑をかけていないように見える。

でも、パートナーを傷つけたり、家庭や周囲の人間関係に影響を与えたりするリスクがある。
そして、不貞行為は犯罪ではないものの、民法上の問題になる。

民法では、配偶者に不貞な行為があったことが、裁判上の離婚原因の一つとして定められている。
また、不貞行為によって配偶者の権利や利益を侵害した場合には、民法に基づき、慰謝料などの損害賠償責任が生じることもある。

もちろん、両者は同じものではない。
自転車の二人乗りは、事故によって身体的な危害につながる可能性がある。

一方で、不倫は、人の気持ちや信頼を傷つける。
物理的・身体的なものと、精神的なもの。
性質が違うものなので、単純に比べられるものではない。

それでも、
「誰にも見られていない」
「バレていない」
「今のところ何も起きていない」
という状態でも、その行為そのものが持っているリスクは消えない。

そこに、どこか共通するものを感じた。
見られていなくても、バレていなくても、そういったことはしないと決めて生きるのもいい。

一方で、リスクをとってでも、自分はこうすると決めて生きるのも、その人自身の選択なのだと思う。

人生をまっとうしたとき、自分は何を思うのだろう。
「法律を守った。きよく生きた」
と思うのか。
それとも、
「ああすればよかった」
「あんなことをしなければよかった」
と思うのか。

最後に自分がどう思うのかは、今の自分には分からない。
ただ、どんな生き方をしても、後から解釈することはできるのだと思う。

「あれでよかった」と思うこともできるし、
「ああすればよかった」と後悔することもできる。
だから、「後悔のないように生きよう」とよく言うけれど、それは実は、とても難しいことを言っているのかもしれない。

未来の自分が、今の自分をどう評価するのかなんて、今の自分には分からないのだから。

だから少なくとも、自分で考えて、自分で決めたことなら、
「あのとき、別の選択をしていればよかった」
と、後出しジャンケンのように何度も考えるのではなく、
「自分はあのとき、そう決めたんだ」
と受け入れる。

それくらいは、自分の人生に対してしてあげてもいいのではないかと思う。

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