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キジ子のこと

まだ雪が残っていた頃、野生のキジにお米をあげていた。

家族と庭の世話で十分だと思っていたので、犬も猫も飼いたいと思ったことはなかったけれど、電子書籍のセールでハウツー本を買うのが好きで、
○○の飼い方とか、○○のしつけ方というたぐいの本は何十冊も持っていた。

寝室のタブレットで、いつも寝付くまで読んでいたから、動物の生態には詳しくなった気がしていた。

はじめて庭にキジが現れた時、なんとなくイメージができていて、
「えさあげるよー、えさあげるよー」と言いながらこちらの存在を知らせておいて、掃き出し窓の外のコンクリートの上に、古い玄米を置いてみた。
米を置いて掃き出し窓を閉めると、キジはその音におどろいて、走って逃げてしまった。

三日後くらいにまたやってきたので、前回と同じように「えさあげるよー……」を繰り返しながら米を置いて窓を閉めた。よっぽど空腹だったのか、今度はコンクリートの上にぴょんと飛び乗って米を食べ始めた。

くちばしがコツコツとコンクリートにぶつかる音が、家の中まで聞こえてきた。
真っ白な雪の中に火が灯ったようで、なんだかとても幸せだった。

食べ終わると首を伸ばして、こちらをのぞき込むようなしぐさを見せた。
私は急いで、例の「えさあげるよー」を言いながら、追加の米をあげようと窓を開けた。至近距離で急に窓が開いたことにおどろいたようで、走ってどこかに行ってしまった。

それでも次の日からは毎日のようにやってきて、一度目の米はかならず食べるようになった。食べ終わると、まんまるな目で家の中をのぞき込むので、おかわりをあげようとすると、窓を開けたとたんに必ず走って消えてしまう。

私はなんとなく、なかなか食べてくれなかった、30年も前の息子たちの離乳食を思い出してなつかしくなり、何日も根気強く同じことを続けた。

離乳食ごっこを続けていたある日。おかわりのために窓を開けると、3メートルくらい離れたところまでは走って逃げて、くるっと振り返り、2回目の米が出てくるのを待っているように見えた。
米を置いて窓を閉めるとすごいスピードで走ってきて、軽快なジャンプでコンクリートに上がり、おかわりを食べてくれた。
それからは毎日のようにやってきて、二食分を食べて帰るようになった。

雪が深くなっても、キジは雪面を器用に歩いてやって来た。

だいたいの食べる量は分かってきたから、一度にまとめて米を置けばいいようなものだけれど、少しずつ二回食べてもらうのが、大雪の年の、ささやかな楽しみになっていた。


このキジは、カラスがいてもケンカをせず、スズメが来ても追い払いもせず、こぼれた米を分け与えていた。キジはみんなそうなのかもしれないけれど、この子は特に穏やかでやさしい性格のように思えた。

毎日のように食べに来るとこちらも欲が出てきて、このキジが雄だったらなと思うようになった。キジの雄は色鮮やかで美しいはずだがこの子は地味な柄で、どう見ても雌にしか見えない。何となく体が小さいような気もする。もしかしたらこの子はまだ子供で、幼鳥のうちは雌雄の違いはあまりないのかもしれない。

調べてみると、キジはもちろん鳥だけど、飛ぶのはあまり得意ではないらしい。そういえば私はこの子の飛んでいるところを見たことがない。

走ると結構速くて、ダチョウに似た走り方がユーモラスだ。よく見ると立派な太ももをしている。
やはり小さいうちは区別がつきにくいらしいが、雄の踵にだけ蹴爪があるらしい。

気がつくと家族皆がキジの来訪を楽しみにしていた。
息子は帰りの遅い日も「ただいま」のかわりに「今日、あいつ来た?」と聞くようになった。在宅仕事の日には二階の息子の部屋が、キジを見下ろす特等席になる。「リモート会議の間もキジが気になって困ったよ」と笑っていた。

夫は、どこからか飛んできたキジが家の前に着地して、掃き出し窓のある裏の方にいそいで走っていくのを見たことがある、と自慢げだった。

吹雪だとその日はお休みで、小降りくらいだと出勤してくる。
前日の残った米に雪や雨がついてしまうと手をつけない。ふやけて食べやすいような気がするが、固めが好みらしい。白菜を食べやすいように細かく刻んだものも食べてくれなかったが、茶色くなった菜っ葉をそこら辺に捨てておいたら、宝物を見つけたような顔をして必死でちぎって食べていた。

キジのグルメの基準は今でもよくわからない。

どうしても出掛ける用事があった日は、明け方から雪がちらついていた。
キジの食事が気がかりだったが、米を準備しておいても水分がつくと食べないし、カラスが好物を見つけたと喜ぶだけだろう。
私は後ろ髪をひかれるような思いで車を走らせていた。

急いで用事を済ませて家に帰り、気がつくと玄関から掃き出し窓まで走っていた。
新しく降った雪の上に、小さな足跡がいくつも残っていて、ぐるぐる動き回る寂しそうなキジの姿が目に見えるようだった。

次の日、キジは朝早くやって来た。お腹がすいているのだろう。
そう思って私も少し早く起きたのだが、掃き出し窓のカーテンを開けると、もうそこにあの子がいた。
間に窓があれば安全と学習したのだろう、クリクリした目で小首をかしげてこちらを見つめている。

キジの目が「急がなくていいからね」……と言ってくれているように見えた。

水もあげようと思ったのだが、コンクリートの上には野菜くずなどを入れておく大きな籠があって、米を置く場所以外スペースが取れそうにない。

雪の中からテーブルを一つ掘り出し、コンクリートにピッタリくっつけて水を張った器を一つ置いてみた。常連客の為の立派な水飲み場が出来上がった。

頭を何度も上下に動かしながらおいしそうに水を飲む姿は本当にいじらしく、たまらなく愛おしい。

この子が雄でも雌でも、もうどちらでもよかった


キジとの日々は春を迎える頃まで続いていた。


ある日、今まで見たことのないキジの姿を見た。

その日はまだ米が残っているのに、急に顔をあげて、時々頭の向きを変えながら周囲の様子をうかがっているようだった。いつもは何となく子供っぽくて、常に目がきょろきょろと動いてあどけない表情だったのに、その時の目は一点を凝視しながら、毛羽だった頭の位置を小刻みに変化させ、張り詰めた様子で辺りを警戒していた。

ただならぬ緊張が伝わってきて、私も息を殺して、キジの動きだけをジッと目で追っていた。

急に、ドタッ、バタバタバタッとすごい音がして、キジが飛び立った。

羽の大きさのわりに重そうな体を、必死に持ち上げて、力の限り翼を動かして白い空に向かって飛んでいく。
春の雪を不器用に切り裂きながら、キジは庭からどんどん離れていった。

キジが見えなくなると、ギラギラした金色の目が、仄暗い中で静かに発光しているのに気がついた。
私がキジの為に準備したテーブルの下に、黒い猫がひそんでいたのだ。

野生の生き物に踏み込みすぎるなという、警告だったのかもしれない。

猫の匂いなのか、気配なのか、きっと野生の鋭い勘が働いたのだろう。
襲われないうちに逃げてくれて、本当によかった。

あどけない瞳の奥には、野生がしっかりと充填されていたのだ。

あれから一度も姿を見せないけれど、
賢い子だから、力を振り絞って、きっと安全なところまで逃げてくれただろう。

最後に会えた日、踵に蹴爪がないのを確認できた。

気立てのいいあの子の名前は、キジ子にしよう。

次の雪が降って、餌が見つからなかったらまたおいで、元気でね、キジ子。


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