好きなことが誰の役に立つかは、完成物ではなく過程から探す
「好きなことを続けているけれど、これが誰の役に立つのか分からない」
副業にしようとすると、こんな疑問が出てくることがあります。
完成したものを見せて、「これを欲しい人はいるかな」と考える。でも、思ったように相手が浮かばない。
そんなときは、完成物だけを見て相手を探さなくても大丈夫です。
好きなことをやってきた途中には、調べたこと、試したこと、失敗しないために考えたことがあります。
その「過程」に、誰かの困りごととの接続点が隠れていることがあります。
自分の好きなことが、誰の役に立つのか分からない
好きなことが誰かの役に立つか考えると、最初に思い浮かびやすいのは「完成したもの」です。
完成したものを見て、「これを欲しい人は誰だろう」と考える。
でも、ここで相手が見つからないと、「そもそも需要がないのでは」と感じやすくなります。
このときに一度、問いを変えてみます。
「この完成物を欲しい人は誰か」ではなく、「自分が好きなことを続ける中で、何に困って、何を調べて、何を試してきたか」です。
同じものが好きな人だけを相手にする必要はありません。
好きなことをしてきた結果として身についた手順や判断が、別の人の困りごとを減らすこともあります。
だから、相手が見えないときは、完成物から逆算するだけでなく、過程まで戻って考えてみます。
役に立つ相手は、同じものが好きな人とは限らない
「好きなことを仕事にするなら、同じものが好きな人を相手にする」と考えがちです。
もちろん、それも一つの相手です。
ただ、それだけに限定すると、見える範囲が狭くなります。
相手の困りごとから見ると、接続点が見つかる
たとえば、あることを好きで続けているとします。
その過程で、自分では当たり前になっている手順があるかもしれません。
最初に何を確認するか。
どこで迷いやすいか。
うまくいかなかったとき、どこを見直すか。
何を試すと判断しやすいか。
こうしたものは、完成物そのものとは違います。
完成物を求めている人ではなく、「そこにたどり着くまでのことで困っている人」と接点ができる場合があります。
たとえば、相手が同じ趣味を深く好きでなくても、始め方が分からない、途中で迷う、選び方が分からない、といった困りごとを持っていることは考えられます。
ここで見るのは、「自分と同じくらい好きか」ではありません。
「自分が好きなことを続ける中で得た手順や判断が、その人の困りごとを少し減らせるか」です。
そう考えると、相手を探すときの視点が変わります。
好きなことをやる過程で身についた手順や判断が、別の人の困りごとを減らすことがある
好きなことをしている本人からすると、過程はあまり特別に見えないことがあります。
何度も調べたこと。
自分なりに試したこと。
失敗しないように確認するようになったこと。
続けているうちに自然にできるようになるので、「こんなことが役に立つのかな」と思いやすい部分です。
でも、まだそこを経験していない人からすると、その手順を知ること自体が困りごとを減らす場合があります。
自分が調べたこと・試したことも過程に含まれる
「過程」と聞くと、技術や作業手順だけを思い浮かべるかもしれません。
でも、もっと手前のことも含めて考えられます。
何を調べたのか。
何と何を比べたのか。
どんな順番で試したのか。
うまくいかなかったとき、何を変えたのか。
迷ったとき、何を基準に決めたのか。
こうした判断も、好きなことを続けてきた過程です。
そして、ここには「小さな需要」を見つける手がかりがあります。
大きな需要があるかどうかを最初から考えるのではなく、まず「このことで困っている人がいるか」と小さく見ていく。
完成物を欲しがる人が見つからなくても、途中の困りごとなら接点が見つかることがあります。
相手を探すときは、完成物ではなく過程のほうから探せる
相手を探すとき、完成物を中心に考えると、「誰がこれを欲しがるか」という問いになります。
それで見つからないなら、問いを一段手前に戻します。
「これを作るまでに、自分は何をしてきたか」
そこから、さらに「その中のどこで、誰かが困りそうか」と考えます。
たとえば、調べること、選ぶこと、試すこと、比べること、判断すること。
好きなことを続けていると、その一連の流れの中に自分なりのやり方ができます。
そのやり方そのものが、誰かの困りごととの接続点になることがあります。
ここで大切なのは、すぐに「これなら売れる」と決めないことです。
まずは相手がいるかを見る。
「このことで困っている人はいそうか」
「自分が経験した過程のどこに、その人との接点がありそうか」
このくらいの問いから始めます。
完成物を売る方法を考える前に、過程のどこで人の困りごととつながるのかを見る。
それだけでも、相手を探す場所が変わります。
相手が見つかると、需要があるかどうかの判定ができるようになる
「好きなことに需要があるか分からない」という状態では、考えても結論が出にくいことがあります。
なぜなら、誰のどんな困りごとを見るのかが決まっていないからです。
相手が見えてくると、少なくとも確認する対象ができます。
「この困りごとを持つ人にとって、自分の過程は役に立つだろうか」
「その人が困っている部分と、自分ができることはどこで重なるだろうか」
こうして接続点が見つかると、需要について考えることができます。
ここでの需要は、「大きな市場があるか」という話だけではありません。
まずは、具体的な相手の困りごとと、自分ができることがつながるかを見る。
つながる場所がなければ、別の過程を見てみる。
つながる場所があれば、その相手にとって本当に役立つのかを考えていく。
そうすると、「需要があるか分からない」という漠然とした状態から、「誰の、どんな困りごととの接点を見ればいいか分かる」という状態へ変わります。
好きなことが誰の役に立つのか分からないときは、完成したものだけを見なくて大丈夫です。
自分が好きなことを続ける中で、何を調べ、何を試し、どんな判断をしてきたのか。
そこには、同じものが好きな人だけではなく、別の困りごとを持つ人との接続点があるかもしれません。
最初から大きな需要を探すのではなく、小さな困りごととのつながりから見ていく。
それが、好きなことの「役に立ち方」を探す一つの方法です。
過程から探せると分かったら、受ける範囲のほうを決めます。
