チェンマイでスーパーカブに乗る〜そして風になった
2000年11月。
チェンライ空港を離陸した飛行機は、わずか20分ほどでチェンマイ空港に到着した。まあ、180キロぐらいしか離れていないのだから当然といえば当然だ。上空から眺めると、チェンマイは思っていた以上に大きな町だった。さすがタイ第二の都会である。

100バーツでエアポートタクシーに乗り、インペリアル・メーピンホテルへ向かう。
後になって知ったのだが、このホテルはアジアの歌姫テレサ・テンが生前、定宿としていたホテルだった。彼女は1995年、このホテルで急逝している。

ホテルに着いたのは9時半。幸い、すぐにチェックインできた。
昨晩は訳あってほとんど眠っていない。そこで12時半にWake-up callを頼み、朝寝をすることにした。
ところが、これがまた眠れない。結局、12時ごろには諦めてベッドから起き上がり、身支度をして外へ出た。

「チェンマイ観光には自転車が便利」と聞いていたので、レンタサイクルの店を探す。それはホテルのすぐ近くにあった。自転車の隣にはバイクも並んでいたので、受付の可愛いお姉さんに聞いてみる。
「バイクを借りるには、国際免許って必要なん?」
意外にも答えは、
「パスポートがあれば要らないわよ。ただし、事故を起こしても保険は出ないからね」
今の私なら、ここで「なるほど」と言って自転車にするだろう。でも、このときの私は違った。
チェンマイでバイクに乗ってみたい。
その気持ちが、もう抑えられなくなっていた。
「じゃあ、50ccをお願いします」と頼んだら、「そんなものはないわよ」とお姉さんに笑われてしまった。あるのは110ccのギア付きバイク。ただしクラッチはないタイプで、つまりデカいスーパーカブだ。
「110ccか……。日本やったら小型免許要るヤツやな」とちょっとビビった。でも、昔スーパーカブに乗ったことがある。「まあ、同じようなもんやろ」と腹を括る。そして、100バーツを払って借りてしまった。今思えば、なかなか無謀な話である。

チェンマイの町には、レンタサイクルに乗っている欧米人ツーリストはたくさんいる。でも、バイクに乗っているツーリストはほとんど見かけない。
「ということは……これはひょっとして、ヤバいことなんちゃう?」
「チェンマイみたいな、ごちゃごちゃした町で110ccのバイクに乗るのは、ちょっと怖いなぁ」
そんなことを考えながら、しばらくバイクを眺めていた。でも、もう借りてしまったのだ。
「エイヤー!」
現地の人になったつもりで、ヘルメットもかぶらず道路へ出てみた。
すると――。
「あれ? 何? 全然大丈夫やん!」
ギア付きバイクの運転は、体が覚えていた。クラッチがないので操作も簡単。走り出してしまえば、なんということはない。
そして何より、風が最高に気持ちいい。
トゥクトゥクやタクシーに乗らなくても、自分の好きな場所へ自由に行ける。右へ行こうが、左へ行こうが、気になる店があれば止まればいい。
この自由。これはすごい。初めてソムタムを食べたときと同じぐらいの感動だった。
すっかり気をよくした私は、堀の中にあるワット・プラシンを目指してバイクを走らせた。そして、お寺の手前で、ちょっと変わったソムタム屋を発見。なんと店の中にビリヤード台がある。
「なんでソムタム屋にビリヤード台があるんやろ?」と思いながらも、バイクを店先に乗りつける。もう気分はすっかり地元民だ。

(イメージ)
ソムタムとカオニャオ(もち米)を注文した。調子に乗って、唐辛子を二つも入れてもらう。そして、ここで初めて「カニ入り」のソムタムを知った。砕いたカニが入っている。なるほど。これが独特の風味と、なんともいえない旨味を生み出しているのか。
一口食べる。
「あ~、やっぱり美味しい。タイ料理で一番好きかも」
今回タイに入ってから、これで3回目のソムタム。唐辛子が効いていて、かなり辛い。でも、酸味・甘味・旨味などとのハーモニーが素晴らしい。タイの人が「辛くないと美味しくない」と言うのが、なんとなく分かるような気がした。

食べ終わると、再びバイクにまたがる。今度はガソリンスタンドへ。
さっそうとバイクを乗りつけ、ガソリンを入れてもらう。我ながら、まるで地元の人間みたいだ。
私は普通のツーリストちゃうで。
そんな妙な優越感に浸りながらワット・プラシンに入る。どうやら、お坊さんのフェスティバルが開催されていたらしい。

その後は、堀の北側にあるワット・チェンマンへ移動。写真を撮ったりしながらお寺を見て回った。

しかし……やっぱり私は、どれも同じに見えてしまうタイのお寺巡りがそれほど好きではないらしい。
「せっかく自由に動けるバイクがあるんやから、もっと興味の持てる場所へ行こう」と思った私は日本と同じ狭軌の鉄道が走るチェンマイ駅へ向かうことにした。

走っていると、排気ガスで目が痛い。それでも、周りを見れば女の子たちも平気な顔でバイクにまたがっている。二人乗りも当たり前だ。「この国、バイクがなかったら大変なことになるやろな」そんなことを考えながら、私はチェンマイの町を走り続けた。
ついさっきまで「110ccなんて怖い」とビビっていたのに、今ではすっかり調子に乗っている。
そして私は、この日、初めて知った。
バイクという乗り物が、旅人に「自由」を与えてくれることを。
風になった私のチェンマイバイク観光は、まだ始まったばかりだった。
訳ありの前話はこちら↓
