[掌編]OVER
久しぶりのデートは、急遽彼の実家へ行くことになった。
とにかく会えただけでテンション高めの私。
その隣りにいる彼は、迎えに来た時からずっと
ニコリともしないし、話しかけても無視してる。
何かおかしいなとは思いながら、わたしも実は
落ち着かなかった。
彼の実家は居心地が良くない。
たまにお邪魔すると必ずリビングで過ごす時間があるのだが、彼の母親がいつもいる。
息子との時間を過ごしたいため。しきりに息子にだけ話しかけていた。
私はいないものとされていた。
ある時は私の目前で息子にお見合いの話を勧めていた。本気だったのか、私を排除したかったのか。どっちもか。
そんな居心地の悪さも感じつつ、でも半年後には式を挙げる予定だし、ヤダヤダ言っても始まらない。式や新生活の話もなかなか具体的に進んでない焦りもあり、今日はリビングを素通りしたいと思っていた。
彼の実家に到着するといつも通りリビングに通された。
足を踏み入れて驚いた。怯んだ。
テーブルに隙間なく並んだ、様々なおもてなしの料理。一目で手作りとわかる。何かを祝う気だろうと思われる華やかな食卓。今日は何の日だろうかと慌てて思いを巡らす。わからない。私が歓迎される予定はない。祝宴にお邪魔する準備もしてきていない。
それにいつもとは違う様子の彼と
目の前のご馳走はどう考えてもイコールではない。
何も思いつかないまま、そっと席についた。
そしてはじまったのは、宴ではなかった。
「結婚式はバリ島でやるって言ったわよね」
なんの前置きもなく、彼の母親が言葉を叩きつけてきた。
‥‥あぁ。バリ島で結婚式とかいいですよね、と
何かを決める訳ではなく世間話をしたことがある。珍しく、私に前のめりで話しかけていたな。憧れの海外挙式の記事をネタにお茶を飲んだな、くらいの記憶。バリ島で式挙げます、とは誰も一言も言ってない。実際、彼と私で都内のホテルに決めた。
しかし、これはまずい。
母親は私しか見ていない。
息子である彼は俯いたまま、どこの何をみるでもなく微動だにしない。
私が口を開く間もなく母親はこの結婚について
ぐちぐちと述べ始めた。
今日だけは、話し相手は私らしい。
タイマンだ。
時々、喋りの息継ぎをするように
「せっかく作ったんだから食べてー!
アンタ(息子)が作れって言うから!」
と私たちにご馳走を食べろと促す。
このご馳走は彼が母親に注文したのか?
なんのために?
最後の晩餐?
相変わらず俯いて黙ったまま、料理たち同様に
固まっている彼。
料理に手をつけないと新たな火種が撒かれかねないので、私は仕方なく
「ありがとうございます。いただきます」
と喉を通るわけがないちらし寿司を皿にとり口に運ぶ。
すかさず、ぐちぐちが再開する。私は箸を置く。
絶対に食べられない流れだが、かえってよかった。
どれくらい時間が経ったか。
ぐちぐちのラストを飾ったのは、
彼の通帳だった。
母親は息子の通帳の最新のページを開いて
私の目の前に突き出した。
「これはどういうこと?」
初めて見る彼の通帳。
残高は、新車の最低標準装備ランクのママチャリが買えるくらい。電動じゃないやつ。
コッチが聞きたい。
半年後には式を挙げるパートナーの通帳を
その母親から見せられて「どういうこと?」って、
どういうことよ?
息子が貯金できていないことも、
バリ島挙式じゃないことも、
目の前の食事が全く減らないことも、
全て私のせいだ・と・で・も?
キッ!と彼を見た。
感心するほど、初めから変わりなくジッと俯いたまま動かない。
これが「だるまさんがころんだ」だったら、
つまんないヤツだとクレームが湧くか、
一発逆転を託されるか。
残念だ。彼はわかっていた。
ここへ私をつれてきた理由、
ここで今日何が起きるのか、
わかっていたけど話せなかった。
成り行きを想像したら、
デートに浮かれたわたしに構う余裕などなかった。
自分のダメージを心配することでいっぱいだった。
それに、この日を迎えるまでにすでに親子間で
なにかしらのやりとりは起きていたんだ。
彼は母親にもうぐうの音も出ないほど搾り取られ、カス状態になっていたのだろう。
わたしには、もう通帳の話しは耳に入らない。
母親の愚痴。
しかも彼の至らぬ点について私が詰められて。
ほぼ空の通帳を逮捕状の勢いで晒され、
でもそれを突きつけられた私には
身に覚えのない冤罪で。
何の解決にもならない、
言っても仕方がない愚かなこと、
表明的な不平不満を洩らして
それを私に拾わせている時間。
なんなら母親は、こんな息子でいいの?と
鼻を啜るくらいあってもいいはずだ。
大好きな息子のために、未来の嫁と一緒に考えられることもできたはずだ。
彼の沈黙。
黙ることですべての行いに対する非難を甘んじて受ける覚悟を示しているというなら、
そんなに自分のことでいっぱいだったのなら、
私には自分の口から何も話せないくらいなら、
いっそ私をそっと手放してくれたなら、
そんなふうに辛い思いをしなかっただろうに。
最後まで、彼は母親へも私へも、
一言もなかった。
目も合わせなかった。
私は守られなかった。
これからもきっと。
「すみませんでした。
これからはそれぞれのことはそれぞれできちんと対応していきます」
無の境地で謝罪にも毒にもなっていない、
無味無臭の、それっぽいことを言って
わたしはひとりぼっちで頭を下げた。
そもそも
わたしが頭を下げてこの場を締める意味が
わからない。
ただ
ここの全てを今すぐ終わらせるスイッチは
私が握っている。
