世界でいちばん怖い生きものは、「蚊」?──マラリアと、樹皮の特効薬|自然療法シリーズ・歴史⑮ #0036
前回は、ケシから“効きめ”を取り出した、
世界初の単離(モルヒネ)のお話でした。
今日は、もう一つの単離——
海をこえてきた、一枚の樹皮から生まれた、
こわい病気の、特効薬のお話です。
マラリアって、どんな病気?
まずは、その“こわい病気”から。
マラリアは、蚊が運ぶ、感染症です。
「ハマダラカ」という蚊に刺されると、
その針から、マラリア原虫という、
とても小さな生きものが、体に入りこみます。
原虫は、血のなか——
赤血球にもぐりこんで、どんどん増え、
やがて、赤血球を、こわしてしまう。
そのたびに、体は、
周期的な、はげしい高熱と、悪寒(さむけ)と、震えに、
襲われます。
くり返すうちに、体は弱り、
命を落とす人も、たくさんいました。
じつはマラリアは、人類をもっとも多く苦しめてきた病の一つ。
いまも、世界では、たくさんの命が、失われています。
じつは——ライオンでも、サメでも、ヘビでもなく、
いちばん多くの人の命を奪ってきた生きものは、「蚊」だ、といわれます。
(もちろん蚊そのものではなく、蚊が運ぶ、さまざまな病によって、
なのですが)
あんなに小さな一匹が、と思うと、ぞっとしますね。
名前の由来は、「悪い空気」
おもしろいのは、その名前。
マラリア(malaria)は、
イタリア語の「mal aria=悪い空気」から。
昔の人は、じめじめした沼地の“悪い空気”を吸うと、
この病になる、と思っていたのです。
ほんとうの犯人は、空気ではなく、
沼地でわく、蚊だったのですが——
その正体がわかるのは、ずっと後の事。
長い間、人は、原因も知らずに、
この熱病に、おびえていました。
特効薬は、南米の樹皮に
その、こわい熱に、たった一つ効くものが、ありました。
南米アンデスに育つ、キナの木。
その樹皮です。
アンデスの人々が、熱や震えに使っていた、とも伝えられ(諸説あり)、
17世紀、南米にわたった宣教師たちが、
「熱に、よく効く樹皮がある」と、ヨーロッパへ持ち帰ります。
のちに、「イエズス会の樹皮」と呼ばれ、
熱病の、貴重な薬になりました。
そして、樹皮から取り出された
そして1820年——モルヒネの次に、また“単離”が起こります。
フランスの薬剤師、ペルティエとカヴェントゥが、
キナの樹皮から、効きめの正体を取り出したのです。
その名は、キニーネ。
あいまいだった樹皮の効きめが、
これで、量って使える、確かな薬になりました。
——マラリアに、はっきり効く、特効薬の誕生です。
世界を動かした、苦い薬
キニーネは、歴史そのものを、動かしました。
マラリアを恐れて近づけなかった、暑い土地へ、
人々が、進んでいけるようになったのです。
こんな小話も。
インドのイギリス人たちは、苦いキニーネを飲むために、
炭酸水に溶かして「トニックウォーター」を作り、
お酒とあわせて楽しみました。
——ジントニックの、ルーツですね🍸
ひとくちメモ|植物は、いまも人を救う
実は、マラリアの薬の物語は、現代にも続きます。
近年、一番、活躍している薬アルテミシニンは、
青蒿(せいこう)という、ヨモギの仲間から生まれました。
古い中国の薬草書のヒントを辿った研究者は、
2015年、ノーベル賞を受賞しています。
樹皮から、そして薬草から——。
植物は、はるかな時をこえて、
今も、たくさんの命を救っているのですね🌿
――
次回は、舞台を日本へ。
明治の日本が、なぜ“ドイツ医学”を選んだのか——
たった一人の男の、熱い物語です。
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参考・出典
※実在の人物・史実にもとづきます。正確な記述・最新の解釈はご確認のうえ記載してください。
マラリア=マラリア原虫(Plasmodium)による感染症。媒介はハマダラカ(Anopheles)の雌。周期的な発熱・悪寒などを起こし、現在も世界的に大きな死因の一つ
「人をもっとも多く死なせている動物は蚊」とされる説=蚊が媒介する感染症(マラリア・デング熱等)による死者数が、動物のなかで最多とされることから(媒介による間接的なもの。数値には諸説あり)
語源:イタリア語 mal aria(悪い空気)。かつては沼地の瘴気が原因と考えられた(実際は蚊が媒介)
キナ(Cinchona)樹皮=南米原産。17世紀にヨーロッパへ伝わり「イエズス会の樹皮」と呼ばれた。先住民の使用については諸説あり
キニーネ(Quinine)は1820年、P.-J.ペルティエとJ.-B.カヴェントゥがキナ樹皮から単離。抗マラリア薬として用いられた
トニックウォーター(キニーネ入り)とジントニックの由来(諸説あり)
アルテミシニン=青蒿(クソニンジン/Artemisia annua)由来。屠呦呦(Tu Youyou)らの研究、2015年ノーベル生理学・医学賞
