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海外で、私は出稼ぎをしていた。笑

日本代表でも、行き当たりばったりでも、全部本気だった。

昔の海外遠征って、
今思うと
だいぶ出稼ぎだった。笑

夢の舞台、
とか言うと
ちょっと綺麗すぎるんだけど。

いやもちろん
ちゃんと夢もあったんだけど、

現実は
「勝ったら海外行ける」
「海外で勝ったら賞金もらえる」
みたいな空気も
普通にあったのね。笑

で、私はそれを
かなり本気でやってた。

初めての海外の試合は
シカゴ。

レディースのポイント制のリーグで優勝して、
海外派遣の権利を取った。

今思うと
よく取ったなって思うけど、
あの頃は
海外行くぞーって気で取りに行ってた。

最初は
「シカゴ、行ってらっしゃい〜」
みたいな感じだったんだけど、

いや、無理無理。笑

ってなって、
当時のバレルメーカー「USAGI」の社長についてきてもらった。

今思うと
だいぶ心強かった〜。

でも中身は
全然きらびやかじゃない。笑

現地で
誰と組むかは
当日決まるし。

5日間、
ほぼホテルに缶詰状態。

飯食う暇も
あんまりない。

朝から晩まで
ずっと試合。

で、毎日
でかいビールだけ。笑

ほんと樽みたいなやつ。

あれ飲んで
また試合して、
またビール飲んで、
また投げる。

今だったら
体力どうなってたんだろって思う。笑

しかも初めて行く海外って、
普通に怖いじゃん。

右いったら撃たれるから
そっちは行くな、
とか言われるし。

え、なにそれ、
映画の世界?
って思ってた。笑

で、ホテルから
泣きながら
国際電話したこともある。

何で泣いてたのか、
不安なのか、
疲れてるのか、
悔しいのか、
自分でもよくわかんないんだけど。

とにかく
気持ちはずっと
忙しかった。笑

あとさ、
その時の私、
アメリカ用に
スパイラルパーマあててったのね。笑

顔がこんなんだから
せめて見た目だけでもアメリカに近づけようって笑

何がアメリカ用だよ
って今なら思うけど、

当時は当時で
本気だったわけ。笑

気合いの入れ方が
ちょっと雑なだけで。


で、結果。

プラスで帰ってきた。笑

もう完全に
出稼ぎ。

海外遠征っていうか
小さな商社マンみたいな気持ち。笑

でも、
あの空気の中で投げて、
勝って、
ちゃんとお金にして帰るって、

なんかすごく
生きてる感じしたのね。

シカゴでは
日本で結構名の知れた
女性プレイヤー(かずみさん)との出会いもあった。

その場で
ペア組むことになった。

海外って
そういうのあるのよね。

え、今?
ここで?
じゃあ組もうか、
みたいな。笑

でもそれが
逆によかったりもする。

変に考える暇ないから。

で、
そのペアで
決勝まで行った。

あれは嬉しかった。

ただね、
決勝でやらかした。笑

クローズ見落として、
3本
無駄投げしたのね。

今でも思い出すと
「うわあああ」ってなる。笑

あの3本、
重かった。

かずみさん、
号泣。

でもあれ、
私のミスに怒ったとかじゃなくて、

もっと一緒に
やれたはずだったのに、
っていう悔しさの涙だったと思う。

それでも準優勝。

悔しかったけど、
あの悔しさごと
ちゃんと残ってる。

海外の試合って
勝っても負けても
感情がでかいんだよね。


で、
別の日だったかな。

朝、社長から
急に電話かかってきて。

「今日、
アラシくんと組んであげてー 」

みたいな。笑

いや急すぎるわ。

今でも活躍している松本嵐プロ。

え……DVDで見たことある
レジェンドじゃん、
って。

それが急に
今日ペアです、
みたいな感じで始まる。

海外、雑。笑
でも最高。笑

実際組んだら
普通に感動した。

あ、この人と
今ほんとに一緒に
投げてるんだ、って。

しかも
ちゃんと入賞したのね。

あれも
うれしかったなあ。

感動しながら
投げてた。



海外行くと
いろんなこと起きるんだけど、
あるあるもすごくて。

数字ちょっと盛ったら、
相手に
ファックって言われたり。笑

いや怖いわ、
って思うじゃん。

でも試合終わったら
めちゃくちゃ褒めてくれるの。

さっきまで
あんな顔してたのに?
ってなる。笑

でもああいうの、
嫌いじゃなかった。

裏表ない感じ。

あと日本代表で
韓国と香港にも行った。

あれも
普通に濃かった。

韓国では優勝も勝ち取った。

対戦相手のフィリピン代表の人には
「あなた半分フィリピンの血が入ってるんだろ?ならフィリピン代表で出ろ」
って言われたこともあった笑笑

まー育ったのは日本だし
国籍も日本なんで……
日本代表でやらせていただきました笑

あと私、
変顔で
世界中に友達作ってた。笑

言葉ちゃんと通じなくても、
変顔って強いのよ。

なんか仲良くなれる。

ああいう一瞬で
距離縮まる感じ、
好きだったな。

ダーツって
試合なんだけど、

試合だけじゃないんだよね。

ちゃんと人と
つながっていく。



あの頃って
そういうのも全部込みで
勢いあったんだと思う。

綺麗に整ってたわけじゃない。

行き当たりばったりだし、
運もあるし、
人にも恵まれてたし、
自分も若かったし。

でも、
全部本気だった。

それだけは
ほんと。

海外で
勝ちたかったし、

日本代表っていう立場も
ちゃんと背負ってたし、

怖くても
疲れてても
前に出てた。

出稼ぎみたいだけど。笑

もし海外の舞台に
立てる機会があったら、

絶対行ってほしい。

怖くても、
不安でも、
行ったら見える景色が
全然違うから。

変顔で友達できるくらい、
世界は意外と優しいから。笑


頑張れ。



でもその出稼ぎで
世界に友達ができた。

ダーツがつないだ縁って、
今もちゃんと続いてる。

それって
すごいことだよね。

賞金とか
順位とか
成績ももちろん嬉しいんだけど、

結局いちばんの
お土産って、

そういう人たちだった気がする。

あの時
行ったから会えた人。

投げたから
つながった人。

変顔したから
仲良くなった人。笑

そういうのが
今でも残ってる。

だから今振り返ると、
海外で私は
出稼ぎしてたんだけど。笑

でも、
それ以上のもの
ちゃんと持って帰ってきてた。

そっちのほうが
たぶん大きかったんだと思う。


次回は結婚してもプロを続けた話。
家庭とダーツの両立、しんどかったこと、
それでも投げ続けた理由。


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