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集中経営×書籍シリーズ ⑱『心理的安全性のつくりかた』石井遼介

「言いやすい職場」と「ぬるい職場」は、まったく違う——心理的安全性の最大の誤解を解く

「うちは心理的安全性が高いんです。社員が好き勝手に意見を言えるので」

コンサルタントとしてこの言葉を聞いたとき、その職場を見ると、だいたい二つのパターンに分かれる。一つは本当に率直な意見が飛び交い、難しい議論も前向きに行われているチーム。もう一つは、何を言っても深追いされないからこそ、誰も本気で向き合わず、「まあいいか」が横行している職場だ。

前者が心理的安全性の高い職場で、後者は「ぬるい職場」だ。この二つは、まったく違う。

本書『心理的安全性のつくりかた』は、著者・石井遼介が「心理的安全性とは何か」を理論と実践の両面から掘り下げた一冊だ。Googleのプロジェクト・アリストテレスで注目を集めたこの概念を、日本の組織の現場に根付かせるために書かれた、実践書として読める。

「ぬるい職場」ではない——最大の誤解を解く

まず、本書が繰り返し訂正する誤解から始めたい。

心理的安全性とは、「チームの中で対人関係のリスクをとっても大丈夫だというチームメンバーに共有される信念」(ハーバード大学・エドモンドソン教授)だ。つまり、「チームの成果のために必要なことを発言したり、試したり、指摘したりしても、罰を受けない」という状態のことだ。

ここで重要なのが、本書が提示する「心理的安全性×仕事の基準」の4象限マトリクスだ。

ぬるい職場:心理的安全性は高いが、仕事の基準が低い。言いたいことは言えるが、締め切りを守らなくても、目標未達でも、誰も本気で向き合わない。楽しいけれど成長がない。

サムい職場:心理的安全性が低く、仕事の基準も低い。お互いに無関心で、余計なことをしないのが正解という空気。動機は「怒られないこと」だけになる。

キツい職場:心理的安全性は低いが、仕事の基準は高い。ノルマは厳しく、反対意見や疑問は歓迎されない。「余計なことを考えず、結果を出せ」という環境だ。短期的には成果が出ることもあるが、必要な議論が起きず、学習が止まる。

学習する職場:心理的安全性も高く、仕事の基準も高い。これが本書の目指すゴールだ。率直に意見を言える環境の中で、高い基準を持って互いに切磋琢磨する。

「心理的安全性 = ぬるい職場」という誤解は、「安全」という言葉を「楽」と同義に捉えてしまうところから来る。本書が言う安全とは、「チームの成果のために行動したとき、罰を受けないという安心感」だ。それは怠慢を許す空気ではない。

日本の職場に働く「4つの因子」

本書は、日本の組織を調査した結果として、心理的安全性を生み出す4つの因子を示している。

①話しやすさ——報告が上がる。違和感を口にできる。知らないことを素直に聞ける。「問題に気づいた瞬間に声が上げられるか」がこの因子の核だ。

②助け合い——困ったとき相談できる。トラブルを人のせいにせず、一緒に解決しようとする。チームが「個人の集まり(グループ)」ではなく、相互に機能する「チーム」になれるかどうかを決める因子だ。

③挑戦——新しいことを試せる。失敗しても責められない。模索と試行錯誤が歓迎される。変化の時代に適応するための、組織の推進力になる。

④新奇歓迎——個性が発揮できる。常識に縛られず、多様な観点が持ち込まれる。人を「歯車」として扱うのではなく、一人ひとりの才能の掛け算を目指す。

この4因子は抽象論ではない。本書が一貫して強調するのは、「行動の集積として捉えること」だ。「②助け合い」とは「相談する、相談に乗る、トラブルに協力する」といった具体的な行動の積み重ねだ。「心理的安全性を高めよう」という掛け声ではなく、「この4つの行動カテゴリを増やし、逆の行動を減らす」という実践に変換できる。

「問題は相手にある」という思い込みを崩す

本書で最も印象的な指摘の一つが、「自分を問題の中に入れる」という視点だ。

「あの上司がいなければ、うちのチームはうまくいく」「あの部下が変われば、職場が変わる」——組織の中で問題が起きたとき、人は本能的に「自分を問題の外」に置こうとする。しかし本書は言う。同じ職場・チームにいる以上、自分も問題の一部だ、と。

自分が問題の一部であると認めたとき、初めて「自分の行動を変えることで、相手や場の雰囲気が変わるかもしれない」という可能性が開く。そして、変えられるのは他人の心ではなく、自分自身の行動だ。本書はこの「行動へのフォーカス」を繰り返し強調する。

「やる気を出せ」「自信を持て」——こうした言葉は心の中のことに働きかけようとするが、心は直接変えられない。しかし行動は変えられる。大きな声で話す、相手の目を見る、意見を最後まで聞く——こうした行動を積み重ねることで、「自信がある」「やる気がある」という状態が結果として生まれる。本書ではこれを「行動分析」の枠組みで体系化している。

「健全な衝突」がチームを育てる

本書が挙げるもう一つの重要な概念が「ヘルシー・コンフリクト(健全な衝突)」だ。

組織論では、コンフリクト(衝突)には3種類ある。人間関係の衝突、タスク(意見の相違)の衝突、プロセスの衝突だ。研究によれば、一般にこれらはパフォーマンスに悪影響を与えるが、例外が一つある。「心理的安全性が担保されている状況下では、タスクのコンフリクトだけはプラスの影響をもたらす」というデータだ。

心理的安全性のない場では、意見の対立がすぐに人間関係の対立になる。だから人は意見を言わなくなる。学習が止まり、改善が起きない。しかし心理的安全性がある場では、意見がぶつかっても「この人は私を攻撃しているのではなく、チームの課題について真剣に話している」と受け取れる。だからこそ、難しいテーマほど率直に話せる。

これが本書のいう「学習する職場」の姿だ。ぬるい職場は衝突を避けるが、学習する職場は衝突を前向きに機能させる。

集中経営との接続——❹組織連動・仕組みと❺実践と振り返り

『集中経営』が問う❹組織連動・仕組みの本質は、「人の行動を変える仕組みをどう設計するか」だ。本書の4因子と行動分析のアプローチは、その問いへの最も実践的な答えの一つだ。「話しやすさの行動を増やす」「挑戦を歓迎する行動を増やす」という形で、仕組みとして組み込める。

また❺実践と振り返りの観点から言えば、心理的安全性はチームの学習能力の前提条件だ。失敗しても責められない場があってこそ、「やってみて、ふりかえり、改善する」サイクルが回る。心理的安全性は「単に居心地のよい場」ではなく、「学習が起きる場の条件」だという本書の主張は、❺の実践と深く共鳴する。

中小企業の経営者から「社員が提案をしてこない」「問題を隠す」という相談を受けることがある。その多くは「責められるリスク」が行動のブレーキになっている。報告が上がってくる職場を作ることは、経営者の意思一つで変えられる最初の一手だ。

「チームが動かないのは、チームの問題だけではない」——本書はそう言う。リーダー自身が問題の一部として、自分の行動を変えるところから始まる。

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