四十代女、一人でサファリパークへ行く
そうだ、サファリパークへ行こう。
四月のこと。実家に帰省していたわたしはふと思いついた。四十代女の、単独サファリである。
わたしは動物が好きだ。しかし、わが家は転勤族でマンション暮らしのため、動物を飼うことは難しい。現在のわたしは、圧倒的な動物供給不足である。
とはいえ、動物園は子連れや若いカップルが多い。一人で向かうには、少々敷居が高い場所だ。以前、休日に夫と牧場へ行ったとき、かなり浮いてしまった苦い経験もある。
けれど、平日ならどうだろう。平日のおばさんの単独サファリなら、案外浮かないのではないか。
「明日、一人でサファリパークへ行ってくる」
そう夫にLINEした。張り切って、自分用のお弁当までこしらえた。
「お一人様……で、お間違いないですか?」
入場口で係員さんが、わたしの返事を聞くより早く、後部座席を覗き込んでいる。誰もいない空っぽのシートが白日の下にさらされた。
(一人で悪かったなあ!見んといて!)
と心の中でひとり騒ぐ。サファリバスに乗ればよかったのだが、わたしは自家用車で入場することにしたのだ。
「あ、はい、一人です……」
わたしは、子猫より小さな声で答えた。
「し、失礼しました!お一人様ですね!!」
別に失礼ではない。いま、失礼しました!と言うほうが失礼やないか。それからお姉さん、なんでそんな大きな声で復唱したんや。
ひねくれ者は今日も健在である。
昔は、トランシーバーのような機械を車の窓に取り付け、そこから動物の解説が流れていた気がする。しかし今は令和だ。QRコードを読み込むと、音声ガイドにアクセスできるらしい。
便利な世の中だ。一人でなければ。
入り口前の隅っこに車を寄せ、音声ガイドを設定した。すると次の瞬間、Bluetoothに接続された車内に、爆音のアフリカンミュージックが響きわたる。慌ててボリュームを下げた。
いざ、サファリパーク!
平日のドライブサファリは空いていた。
貸し切り状態である。いや厳密に言えば、他のお客さんはみなサファリバスに乗っていて、自家用車はほぼいない。浮かないつもりで平日を選んだはずが、逆に目立っている気がする。
最初のエリアは、たしかライオンゲートだった。

(一時停止して撮りました。もちろんガラス越し)
圧倒的な百獣の王の威厳に感動していたのも束の間、わたしは見てしまった。
一台の小さなジープが、昼寝をしていたライオンたちをグイグイと追い回していたのだ。
「おい、寝るな。あっちに客が待ってるんだよ」
そんな圧力を感じるドライビングで、ライオンたちを巨大なサファリバスの方へと誘導していく。バスには、長い火箸のようなもので生肉を差し出す観光客たちがいる。追い込まれたライオンは、渋々バスに歩み寄っていた。
百獣の王といえど、ここではサファリパークという組織の一員なのか。あのジープはさしずめ、圧力で現場を回すパワハラ上司か。
大人になって気づく、接待サファリの現実。
草食動物エリアに進むと、彼らはライオンたちの様子など知らぬ顔で、のんびりと食事をしていた。肉食動物と隔離された暮らしは、彼らにとって幸せなのだろうか。……まあ、そんなことはわたしにわかるはずもない。

屁理屈をこねているうちに、ドライブサファリはすぐに終わってしまった。
次は、徒歩サファリだ。
自家用車という名のシェルターを降りる時、かなり勇気がいった。平日のサファリパークには、熱心なカメラ小僧くらいしかいないと思っていたのだ。
誤算だった。
サファリバスから降りてきた、彼ら。
右を見てもカップル。左を見てもカップル。
柔らかな春の日差しの中、彼らは世界に自分たち二人しかいないかのような密度で歩いている。もはや二人三脚である。
そんな中、自撮り棒にぶつからないように歩くのは、まさにサバイバルだ。動画を撮りながら踊っている人までいた。ここはサファリパークだ。もしや、アフリカンダンスでも創作しているのだろうか。
若者はなぜ踊るのか。……いや、わたしにもパラパラを踊っていた歴史がある。人はいつの時代も、どこかで踊るのだろう。
わたしも動物をたくさん撮りたかったが、ひとまず、わたしと同じ気持ちであろう鴨を一枚だけカメラに収めた。

なんか若者が踊ってるわねぇ
キリンには、かなりの量の人参を貢いだ。キリン全員が一斉に首を伸ばしてやってきたので、食べていない子が出ないよう、わたしは熱心に餌やりをしてしまった。ビーバーのしっぽも初めて見たが、想像以上に立派だった。
チンパンジーは、りんごを器用にシャリシャリッと食べたあと、ヘタだけをポイッと捨てていた。そして、カワウソ。あのかわいさは反則だ。
最後に、象さんを見ながら一人で弁当を食べた。なぜ象にだけ「さん」をつけてしまうのだろう。おばさんと、象さん。なんだか親近感。
のんびりしながら、人間込みの動物ウォッチング。これ以上ないほど濃密な時間を過ごせた。おかげで動物供給不足も、すっかり満たされた。
一人でも、十分すぎるほど楽しかった。
キリンに人参を配りすぎても、カワウソの前からなかなか離れられなくても、誰にも急かされない。
けれど、チンパンジーがりんごのヘタだけをポイッと捨てた瞬間、「なあ、見て!」と言いたくなってしまったのだ。
夫に「サファリ楽しかった!」とテンション高めのLINEを送った。「元気でなにより」といつものトーンで返事がきた。
次は、夫とサファリに来ようか。
それも悪くないかもしれない。

