なぜ私は、服より先に人の話を聞くのか
クローゼット診断をしていると、
私は服より先に、その人の言葉を聞いていることがあります。
「これは高かったから捨てられなくて。」
「昔はよく着ていたんです。」
「色が綺麗で買ったんだけど、結局着なくて・・・。」
何気ない一言です。
でも私は、そういう言葉が気になります。
服を見ているようで、
実は人を見ているのかもしれません。
なぜ私は、こんなにも「話を聞くこと」を大切にしているのだろう。
その原点を辿ると、
10年ほど前に夫婦で始めた「聞き屋」に行き着きます。
毎週金曜日の夜。
駅前に椅子を置き、
画用紙に
「あなたのお話聞きます。無料」
と書いて座る。
ただ、それだけでした。
教えない。
裁かない。
ただ話を聞く。
暑い日もありました。
寒い日もありました。
雨の日もありました。
雪の日もありました。
誰も来ない日もありました。
それでも私たちは、毎週そこへ向かいました。
「今日は誰か来てくれるかな。」
そんな話をしながら。
気づけば5年間で500人以上の方とお話ししていました。
でも私が覚えているのは、人数ではありません。
話し終えた後の表情です。
最初は硬かった顔が柔らかくなる。
曇っていた目が少し輝く。
そして帰る頃には、
少し前を向いている。
私はその姿を何度も見ました。
ある時、一人の大学生の女性が座ってくれました。
話をするうちに、彼女はこんなことを打ち明けてくれたのです。
「実は何度もここを通って見ていました。」
「ただのパフォーマンスだと思っていました。」
「いつ辞めるんだろうって見ていました。」
私は少し驚きました。
でも正直、そう思う人がいても不思議ではありません。
駅前で無料で話を聞く。
怪しく見えたかもしれません。
偽善に見えたかもしれません。
でも彼女は続けました。
「でも違いました。」
「話してみてわかりました。」
そして後日、
大学のサークル活動として、
私たちのドキュメンタリーを撮らせてほしいと言ってくれたのです。
今でもそのDVDは私たちの宝物です。
聞き屋を続けていると、
冷やかしの方も来ました。
酔っ払いの方も来ました。
からかうつもりで座った方もいました。
でも私たちは誰に対しても同じでした。
相手によって態度を変えない。
誠実でいる。
それだけは大切にしていました。
すると不思議なことに、
最初は斜に構えていた人の表情が変わることがありました。
態度が変わることがありました。
私はその光景を何度も見ました。
そして、あの5年間で私は何度も教えられました。
人は、自分で思っている以上の力を持っていることを。
人は、自分で思っている以上の魅力を持っていることを。
そして、その人らしさが表れた時、
表情も、言葉も、纏う空気も変わることを。
私はその瞬間を、
駅前の小さな椅子の上で何度も見届けてきました。
今思えば、
あの場所で教えられたことが、
今の私の源になっている気がします。
