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そしてバトンは渡された——マイケルから私達へ|MJの魔法が解けない夜に#53


​みなさん、こんちくは!

今回の記事は少し長めですが、キング牧師たちが戦った歴史的瞬間と、マイケルの人生(年齢)を照らし合わせながら書いてみました。
歴史を知ると、マイケルがかけてくれた「魔法」の凄さが、もっと深く心に響くはずです。
ぜひお茶でも飲みながらじっくりお付き合いください!

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​昨夜も、MJおばさんJr.とともに2夜連続映画鑑賞会を開催しました。
『リンカーン』に続いて観たのは、キング牧師の歴史的デモ行進を描いた映画『グローリー/明日への行進』です

​前回の観賞会。1865年、道半ばでリンカーン暗殺。
「もしリンカーンが暗殺されていなかったら、もう少し世界は…」
なんて想像をしてとりかえしのつかない気持ちになっていましたが。

一夜明けてスクリーンに映し出された“100年後の現実”に、言葉を失ってしまいました。


​憲法にあるはずの当然の「権利」が、命がけだった時代

​リンカーンが1863年に奴隷解放宣言を出し、1865年に憲法修正第13条で奴隷制が廃止されてから約100年。

​1960年代に入ってもなお、黒人には実質的な「選挙権」が与えられていなかったのです。

​マイケル・ジャクソンが誕生したのが1958年(0歳)ですから、まさに彼が産声をあげたのは、そんな差別と格闘する真っ只中のアメリカでした。

​憲法上は認められているのに、有権者登録に行けば不当なテストで拒否される。奇跡的に登録できても、名前と住所が新聞に公表され、襲撃対象になって命を落とすこともある——そんな理不尽すぎる現実。

​それに命がけで立ち向かったのが、キング牧師でした。

​観終わったあと、気になって彼の足跡を改めて調べてみました。

​【キング牧師の活動期間と偉業】

​闘いの期間: 1955年〜1968年(約13年間)

​始まり(1955年): アラバマ州モントゴメリーで起きた「モントゴメリー・バス・ボイコット事件」の指導者として公民権運動の表舞台へ。

​ノーベル平和賞(1964年): 人種差別撤廃に向けた非暴力での抗議運動(1963年のワシントン大行進など)が国際的に高く評価され、当時としては**史上最年少(35歳)**で受賞。

​終わり(1968年): 労働者のストライキ支援で訪れていたテネシー州メンフィスにて、39歳の若さで暗殺されるまで非暴力による闘いを続けた。

Geminiより


​「ちょっと待って、ノーベル賞が35歳で、暗殺されたのが39歳!?」

​この若さで、全米の凄まじい重圧と命の危険を背負って戦っていたなんて……。
この若さで、暗殺されたなんて…。

​ちなみに彼が暗殺された1968年、マイケルはまだ9歳。ゲイリーの小さな家で、父親の厳しい指導のもと、兄弟たちと汗だくになって歌とダンスの練習に明け暮れていた頃です。

ジャクソン5の誕生と、ジョー・ジャクソンの焦燥

​1965年に投票権法が成立するという公民権運動の歴史的勝利。

その熱気が冷めやらぬ1960年代半ばに結成され、1969年にモータウンからメジャーデビュー(マイケル11歳!)を果たしたのが「ジャクソン5」でした。

​映画を観ながら、ふと気づいたことがありました。

​幼いマイケルたちに対する父親ジョー・ジャクソンの、厳しすぎた指導。今までずっと疑問に思っていたけれど、あの1960年代という時代背景を知ると、少し見え方が変わってきます。

​「黒人が人間として認められたばかりのこの国で、這い上がるには圧倒的な実力を持つしかない」

「生半可な努力では、この差別の波に飲み込まれて潰される」

​マイケルの心に深い傷跡を残した、ジョーのやり方を肯定することはできない。

でも、彼の中にあったであろう猛烈な危機感と、時代に対する焦燥感みたいなものが、痛いほど伝わってくるのです。

​白斑症という病と、「黒人である誇り」

​その後、マイケルは1980年代——
24歳で「Billie Jean」のPV(1983年)によりMTVの黒人アーティスト排斥の壁を打ち破り、25歳でグラミー賞8部門受賞(1984年)という偉業を達成。

アーティストとして前人未到の頂点へ駆け上がりました。どれほどの葛藤と血のにじむような努力、そして喜びがあったことでしょう。

​だからこそ、その後の彼の人生を思うと心が震えるのです。

​20代半ばから白斑症(皮膚の色素が抜けていく病気)を発症し、肌が白くなっていったマイケルに対し、世間が浴びせた「白人になりたがっているから脱色している」という冷酷な嘲笑とデマ。

​黒人の音楽界を切り開き、誰よりもそのルーツを愛していた彼が、どれほど傷ついたか。

​34歳の時、1993年のオプラ・ウィンフィーによるインタビューで語った「僕は黒人であることに誇りを持っている」という言葉。

​歴史を知った今、このマイケルの言葉の「重み」が、まったく違う響きとなって心に刺さります。

社会の嘲笑がいかに無知で差別的で残酷なものだったか。

そしてマイケルがどれほど強い誇りを持ってマイクを握り続けていたか。

ここで、この映画『グローリー/明日への行進』の主題歌を紹介します。素晴らしいです。

バトンは、いま私たちの中に

​1860年代(リンカーン)が灯した自由の炎。

​1960年代(キング牧師)が血を流して勝ち取った権利。

​そして1980年代以降(マイケル)がエンターテインメントで世界中の心をつなぎ、証明してみせた黒人の偉大さ。

​100年以上の時を超えて手渡されてきたバトン。マイケルが歌とダンスで世界にかけた魔法」は、ただのポップミュージックではなく、血の通った歴史そのものだったんだと気づかされた夜でした。

​観終わった後、感極まったMJおばさん「ちょっと! 今すぐ『Man in the Mirror』大音量で流して!」と叫び出す。いつもの夜が戻ります。

​歴史を知ると、マイケルの曲がもっと大切で愛おしくなるのです。


『Man In The Mirror』
水彩画 by Hinako(正月MJおばさん)
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