システムより「根回し」が鍵。社用車手配システムを定着させた、たった一つの殺し文句
1. 個人の効率化から「組織の効率化」への壁
前回は、手元のAIを活用して自分自身の定型業務を「80点」で効率化するお話をしました。しかし、個人の業務改善がうまく回り始めると、次に必ずぶつかる壁があります。 それは、「自分が作った便利な仕組みを、どうやって組織のルールに組み込み、同僚や他部署の人に使ってもらうか」という壁です。
私がこの「組織戦」に直面したのは、部署内で長年続いていた「社用車の配車連絡」に関する業務フローの見直しでした。
当時のルールは、発車時間の15分前になると、「総務担当が、乗車する人に内容を確認し、車庫の管理担当者へ電話で連絡を入れる」というものでした。これは確実な手配を行うための手厚い確認手順でしたが、行き先や人数の変更があるたびに「乗車する人 → 総務担当 → 車庫」という伝言ゲームが発生し、関係者全員にとって細かなタイムラグと負担が生じていました。
「乗車する本人が直接、車庫に情報を伝えられる仕組みがあれば、全員の業務がスムーズになるのではないか」 そう考えた私は、M365を利用して、スマートフォンやPCの「Forms」から乗車情報を入力すれば、車庫担当者が常駐する「Teams」のチャットへ自動で通知が届く、ごくシンプルな直通システムを構築しました。
2. 正面突破はしない。「一番恩恵を受けるキーマン」を探す
システム自体は、Power Automateでツール同士を繋いだだけの簡単なものです。問題は、これをどうやって「これまでの確実な電話連絡」に代わる公式ルールとして現場に受け入れてもらうかでした。
ここで私が意識したのは、「全社的な業務改善をしましょう!」と正面から正論を振りかざさないことです。 代わりに、私はこの配車ルールを取りまとめている管理部門の「筆頭担当者(私と同階級の役職者)」にターゲットを絞り、相談を持ちかけました。幸いにも、彼は頭ごなしに新しいものを否定するような保守的なタイプではありませんでした。
なぜ彼をキーマンに選んだのか。 それは、このアナログな電話連絡の伝言ゲームを日々やらされ、最も負担を抱えていたのが、他でもない「彼自身の部下たち」だったからです。
3. 「あなたの部下の負担を減らします」という殺し文句
私は彼にシステムの画面を見せながら、こう伝えました。 「この仕組みを使えば、〇〇さんのチームの皆さんが、もう毎回電話をかけるプレッシャーから解放されますよ」
見ず知らずの他部署の人間が作った怪しいツールではなく、「自分の部下たちを助けてくれる強力な武器」として提案したのです。 さらに、彼にとっては「Formsに入力した内容が、自動でTeamsのチャットに飛んでくる」という挙動自体が新鮮だったようで、「今ある社内のツールだけで、こんなことができるのか!」と驚いてくれました。
結果として、彼は私の提案を快く受け入れてくれました。 そして、彼自身の口から現場へ向けて「まずは試行(お試し)という形でやってみましょうか」とアナウンスしていただいたのです。私が直接お願いするよりも、ルールの所管部門である彼から発信されることで、現場の安心感は段違いに高まりました。
4. 9ヶ月で1000件。定着を生んだのは「技術」ではない
「まずは試行で」と小さく始まったこの仕組みですが、その後、現場の皆様のご協力もあり、当初の「15分前の確認電話」は完全にTeamsへの自動通知へと移行しました。運用開始から9ヶ月で、利用実績は1000件を突破しています。
この経験から学んだのは、組織に新しい仕組みを定着させるために必要なのは、高度なITスキルや完璧なシステム設計ではないということです。 最も重要なのは、「現場の誰が一番苦労しているのか(痛み)」を観察し、その痛みを解決できるキーマンを巻き込み、「お試し」の空気を作ってもらうという、泥臭い根回し(合意形成)なのです。
「あなたのチームが楽になりますよ」という実利の提示と、身近なツールで魔法のように課題を解決してみせる小さな驚き。これこそが、お堅い組織でシステムを生き延びさせるための最大のコツではないでしょうか。
さて、こうして組織内でシステムが稼働し始めると、次にやってくるのが大組織特有の最大の試練「異動」です。 次回は、自作ツールが直面する「属人化と引き継ぎの壁(防衛戦)」についてお話ししたいと思います。
