犯罪は「割に合わない」時代になった――それでも刑務所から犯罪者が消えない理由

1.犯罪は本当に「割に合わないビジネス」になった

現代日本では、犯罪を取り巻く環境が大きく変わった。

街中には防犯カメラがあり、スマートフォンには位置情報や通信履歴が残る。キャッシュレス決済や金融取引には記録が残り、DNAや指紋などの科学捜査も進歩している。

昔なら隠せた痕跡が、今では簡単には消せない。

犯罪によって得られる利益に対して、逮捕された場合に失うものが大きすぎる。

合理的に損得を計算できる人間なら、

「これなら普通に働いたほうがいい」

と考える。

つまり現代社会では、犯罪そのものが一種の「割に合わないビジネス」になりつつある。

もちろん、特殊詐欺やサイバー犯罪、金融犯罪など、高度化した犯罪は存在する。しかし、少なくとも昔ながらの犯罪の多くは、技術の進歩によってリスクが格段に高くなった。

ここで、一つの興味深い現象が起こる。

2.合理的な犯罪者ほど、犯罪から退出する

犯罪にも、ある意味では市場原理が働く。

犯罪によって得られる利益と、逮捕された場合の損失を計算する。

そして、犯罪の期待利益が低下すれば、合理的な人間ほど撤退する。

これは皮肉な話だ。

犯罪を合理的に選択できる人間ほど、犯罪をやめる。

そして、それでも犯罪を続ける人間が残る。

そこには、衝動性が強い人間、依存症を抱える人間、暴力によって問題を解決する習慣が身についている人間、社会への適応能力が低い人間、将来の損失を現実的に考えられない人間などが相対的に多くなる可能性がある。

つまり、問題は単純な「犯罪者の減少」ではない。

犯罪をやめられる人間が犯罪から退出した結果、犯罪をやめることそのものが難しい人間が、犯罪者集団の中で相対的に濃くなる。

私はここに、現代の刑務所が抱える大きな問題があると思う。

3.刑務所は「犯罪者の濃縮装置」になっていないか

もちろん、刑務所にいる人間すべてを「更生不能」と考えるのは間違っている。

過失犯もいる。

一時的な環境要因によって犯罪に至った人間もいる。

若年期に犯罪に手を染め、その後人生を立て直す人間もいる。

しかし一方で、何度も犯罪を繰り返し、刑務所に入り、出所し、また犯罪を犯す人間もいる。

そういう人間にとっては、犯罪が「一度の失敗」ではない。

犯罪そのものが生活様式になっている。

刑務所に入ったから犯罪者になったのではない。

むしろ、犯罪から抜け出せない人間が刑務所に集まってくる。

そう考えると、刑務所は社会全体の犯罪者をそのまま映している場所ではない。

犯罪から離脱できなかった人間が濃縮された場所

と見ることもできる。

これは、刑務所について考える上で非常に重要な視点ではないだろうか。

4.「頭のいい犯罪者」はどこへ行ったのか

ここで誤解してはいけないのは、「頭のいい犯罪者がいなくなった」ということではない。

高度な知能を持った犯罪者は、むしろ別の場所へ移動している可能性がある。

特殊詐欺、サイバー犯罪、金融犯罪、企業犯罪など、現代には高度な知識を必要とする犯罪も存在する。

ただし、こうした犯罪者と、一般的な刑務所の受刑者を同じ「犯罪者」という言葉だけで括るのには無理がある。

前者には、犯罪を一種のビジネスとして合理的に設計する人間がいる。

後者には、犯罪から抜け出す能力そのものを失っている人間がいる。

だから、「犯罪者」という一つのカテゴリーで刑事政策を考えること自体に限界がある。

5.薬物犯罪は「意思の問題」だけではない

特に難しいのが薬物犯罪だ。

薬物依存に陥った人間に、

「もう二度とやるな」

と言うだけでは問題は解決しない。

本人の意思だけではコントロールできない依存が存在するからだ。

これは犯罪というより、治療の問題に近い部分がある。

もちろん、薬物犯罪そのものについては法的責任を負わなければならない。

しかし、刑罰だけで依存症を治療することはできない。

刑務所に入れて、出所させて、また薬物に手を出して、再び刑務所に入れる。

これでは何も解決していない。

必要なのは、

刑罰+治療+社会復帰

である。

6.性犯罪も「反省」だけでは解決しない

性犯罪も同じように難しい。

もちろん性犯罪は被害者の人生を大きく破壊する重大な犯罪であり、加害者の「反省しています」という言葉だけで済む問題ではない。

しかし、だからこそ再犯防止を真剣に考えなければならない。

性的衝動のコントロール、認知の歪み、対人関係、支配欲、暴力性など、犯罪につながっている要因を分析し、それに応じた介入をしなければならない。

「反省させる」だけでは足りない。

重要なのは、

次の被害者を生まないこと

だからだ。

刑罰の目的をそこに置くなら、必要なのは感情的な処罰だけではなく、再犯を減らすための具体的な仕組みである。

7.「更生」という言葉を疑ってみる

私は、「更生」という言葉そのものを少し疑ってみる必要があると思う。

更生という言葉には、

「悪い人間が反省し、立派な人間になって社会に戻る」

というイメージがある。

しかし、人間はそんなに簡単には変わらない。

まして、長年犯罪を繰り返してきた人間を、刑務所に入れて数年間教育しただけで「善良な市民」に変えることなど、現実には難しい。

だから目標を変えるべきだ。

「善人にする」のではなく、「犯罪をしない人間にする」。

これでいい。

人格を完全に変える必要はない。

犯罪をしない。

暴力を振るわない。

薬物を使わない。

被害者を生まない。

社会生活を維持する。

それだけでも十分に社会的価値がある。

8.更生できない人間をどうするのか

ここからが、刑事政策にとって最も難しい問題になる。

もし本当に更生の可能性が極めて低く、再犯の危険性が非常に高い人間がいるとする。

では、その人間をどうするのか。

「社会に戻せばいい」と簡単には言えない。

次の被害者が生まれる可能性があるからだ。

しかし反対に、

「危険だから一生閉じ込めておけ」

とするのも危険である。

国家が、

「あなたは更生できない人間だ」

と永久に判定する社会になれば、人権保障そのものが揺らぐ。

しかも、人間の将来を完全に予測することなどできない。

若い頃にはどうしようもなかった人間が、年齢を重ねることで落ち着くこともある。

逆に、刑務所では模範囚だった人間が出所後に再犯することもある。

だから「更生できる/できない」という二択で人間を分類すること自体に無理がある。

9.刑務所は「罰」だけの場所ではなくなるべきだ

これからの刑務所に必要なのは、単純な厳罰化ではないと思う。

犯罪者を一括りにするのではなく、

「なぜ、この人間は犯罪をやめられないのか」

を見る必要がある。

依存症なら治療する。

社会生活の能力が低いなら訓練する。

仕事を続けられないなら就労支援をする。

暴力性が高いなら、そのコントロール方法を学ばせる。

そして、それでも社会にとって極めて危険な人間については、社会防衛の観点から慎重に隔離を考える。

つまり、

治療する人、教育する人、訓練する人、管理する人、隔離する人を分ける。

これが必要なのではないか。

10.刑罰の目的は「復讐」ではない

被害者の感情を軽視してはいけない。

犯罪によって人生を壊された人間が、

「犯人を許せない」

と思うのは当然だ。

しかし、国家による刑罰は復讐とは違う。

国家が刑罰を行う最大の理由は、社会を守ることにある。

だからこそ、

どれだけ長く刑務所に入れたか

だけを成果にしてはいけない。

本当に見るべきなのは、

出所した後に、再び誰かを傷つけなかったか。

ここではないだろうか。

11.「更生させる」から「犯罪をさせない」へ

現代の刑事政策は、「犯罪者を更生させる」という理想から少し距離を取ってもいい。

人間を完全に作り変えることなどできない。

しかし、犯罪を繰り返す確率を下げることはできる。

そして、それこそが現実的な更生なのではないか。

犯罪者を善人にする必要はない。

社会にとって安全な人間にする。

それでいい。

犯罪者に「立派な人間になれ」と要求するより、

「二度と被害者を生まない人間になれ」

と要求するほうが、はるかに現実的だ。

12.最後に

現代日本では、犯罪は昔よりも「割に合わない」ものになった。

だからこそ、合理的に犯罪を選択する人間は犯罪から離れていく。

そして、その一方で、依存や衝動性、社会適応の困難さなどによって、犯罪から離脱できない人間が残る。

もしこの傾向が本当に存在するのなら、刑務所の役割も変わらなければならない。

刑務所を、

「悪い人間を罰する場所」

だけとして考えるのではなく、

「犯罪から離脱できない人間を、どうすれば犯罪から切り離せるのかを考える場所」

として捉え直す。

そして、それでも社会にとって危険性が高い人間については、社会を守るための隔離という選択肢も考えなければならない。

ただし、その判断を国家に無制限に委ねてはいけない。

人間を「更生可能」「更生不能」と簡単に分類できるほど、人間は単純ではないからだ。

結局、刑事政策に必要なのは、

罰することでも、許すことでもない。

犯罪を減らし、被害者を減らし、社会を守ること。

そのために、誰を治療し、誰を教育し、誰を支援し、誰を管理し、誰を隔離するのか。

そこまで踏み込んで初めて、現代の刑務所という制度を本当に考えたことになるのではないだろうか。

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