エッセイ「京の鮎に思いを馳せる
梅雨の時期というのは、どうにも気が滅入るものだけれど、悪いことばかりじゃない。この鬱陶しい季節だからこそ、出会える楽しみというのがあるんだよ。それが、鮎だ。初夏のこの時期に出回る「走り鮎」はね、まだ身が小さくて小ぶりなんだけど、やはり季節の先取りとして、どうしても手が伸びてしまうわけ。
昔、夢枕獏の小説を読んだときね、ひどく印象に残っているシーンがあってね。安倍晴明の、あえて手入れをせず荒れたままにしている屋敷の庭。そこには季節の花々がどこかひっそりと美しく咲いていてね、そこを訪れた源博雅が、晴明と二人で鴨川で獲れた鮎の塩焼きを肴に杯を交わすんです。そんな侘び寂びを感じさせる、静かでどこか浮世離れした風景に、若いころの私は随分と憧れたね。
流石に鴨川の天然物とはいかないけど、スーパーの鮮魚コーナーで見つけてくれば、自宅の台所でその風情を少しばかり真似ることはできる。鮎を美味しく焼くにはね、ちょっとした手際が要るんだ。まずは尾や背のヒレに、白く残るくらいしっかりと塩を塗り込んでおく。いわゆる「化粧塩」だね。こうしておかないと、焼き上がる前に繊細なヒレだけが真っ黒に焦げ落ちてしまうから。そして焼き網はね、あらかじめコンロの上でチンチンに熱しておくのが鉄則だ。網が冷たいままだと、鮎の皮が容赦なく張り付いて、ひっくり返すときに無惨に破れてしまうんで。家の網の上の火加減とじっくり向き合って、はじめて綺麗に焼き上がるんだよ。
香ばしい匂いとともに焼き上がった鮎を皿に盛り、用意しておいた日本酒と一緒に、そっと縁側へ運ぶ。外はしとしとと雨の糸が垂れていて、庭の木々がしっとりと濡れている。その静かな景色を眺めながら、まずは鮎の背に箸を入れ、一口いただく。走り鮎の身は淡白だけれど、特有の青草のような爽やかな香りが鼻に抜けてね、食べるとするなら骨も柔らかくて実に旨い。これに合わせるのは、京都の銘酒「玉乃光」の純米吟醸。わざわざ専門店に並ばなくても、近所の酒屋やスーパーで普通に買える定番の酒だ。伏見の酒らしい、すっきりとした上品な酸味と米の旨味が、走り鮎の繊細な風味を邪魔することなく、すっと寄り添ってくれるんです。
そしてね、ここからがもう一つの愉しみだ。身を綺麗にせせり取った後、残った頭と骨をね、再び焼き網の上で焦げ目がつくまでじっくりと炙り直すんだ。それをあらかじめ温めておいた湯呑みに放り込み、熱々に沸かした酒を注ぎ入れる。即席の「骨酒」の完成だ。少しばかり待てば炙った骨の香ばしさと魚の旨味が琥珀色の酒にじんわりと溶け出してくる。七月だというのに、梅雨の雨のせいで少し肌寒くなっていた身体に、この熱い骨酒をゆっくりと流し込む。喉を通るたびに、お腹の底からじんわりと温かさが広がっていくのが何とも心地いい。そうして、遠くの雨音を聴きながら、こっそりと去りゆく梅雨を噛み締めるんです。
了
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