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エッセイ「パエリア・シエスタ」

 初めてパエリアというものを食べたのがいつだったかなんて、もうはっきり覚えていないけどね、世の中にまだこの料理があまり知られていない自分だったことだけは確かだね。

​ 大鍋にドカンと盛られた色鮮やかなシーフードパエリアを初めて目にしたとき、私は直感的に「こいつは美味いに違いない」と思ったんだよ。鮮やかな黄色いご飯の上に、海老や貝が華やかに並ぶその姿に、すっかり心を射抜かれてしまったわけなんです。

​ まあそれで、当時はネットがあったかどうかも怪しい時代だったからね、本で調べてみた。結局のところ、パエリアというのはスペインにおいて、日曜日や祝いの席、家族や親戚が集まったときに大きな鍋を囲んで食べる郷土料理なんだそうだ。みんなでワイワイ言いながら作るそのスタイルはね、日本でいう手巻き寿司やバーベキューのそれに近い感覚なんでしょうよ。

​ 本場のバレンシア地方なんかだとね、もともと鶏肉やウサギ肉、インゲン豆なんかを使ったものが主流だったんだよ。それが、海沿いの沿岸部に行けば新鮮な魚介類が安く手に入るでしょう。そうやってできたのが、日本でもおなじみのシーフードパエリアだったというわけなんです。

    パエリアのシンボルみたいに鎮座しているあのムール貝だってね、あちらでは繁殖力が高くて手に入りやすい。仰々しい見た目だけどアサリよりも安いんだよ。そんな至極庶民的な貝なんだからね、パエリアというものが、いかに気取らない存在というのも推して知るべしだろう。

​ このシーフードパエリア、郷土料理と言うだけあって、意外と作り方は難しくはない。もちろん、プロは炊きあげるときに火加減を見極めて、スープを吸った米がベチャっとならないようにとか、鍋底のおこげに気を配るとかね、そんなことをするから素人は太刀打ちできないんだけど。

​ パエリア鍋や深めのフライパンで、ニンニクと玉ねぎ、海老やイカをオリーブオイルでサッと炒めて取り出しておく。そこにトマトやパプリカ、サフラン(あるいはターメリック)を溶かした出汁を注ぎ、洗わないままのお米を入れて具材を乗せて、炊き上げるだけ。文章にしてしまえばこれだけなんです。

​ ただしね、お米は重要だよ。パエリアに使われるあちらさんのお米はね、日本の米と同じ「ジャポニカ米」の仲間なんだよ。最初から水分をたくわえているからね、粘り気があってふっくらしている。こいつじゃないと、スープを吸わせたあとで余分な水分だけを飛ばすなんて芸当は出来ませんよ。

    だからね、漁港から届いたような魚介の濃厚な旨味スープを、お米がこれでもかと吸い込んでくれるわけなんです。

​ 日本のバルなんかで運ばれてくるパエリアは、本場のように大きな鉄鍋で作るわけじゃないから、そこは日本らしいなとは思うんだけどね、本場のものを口にしたことなんてないから見栄えまで贅沢を言うなんてバチが当たるというもんだ。

    サフランのエキゾチックな香りと海鮮の香ばしい風味が立ち上って、もうそれだけで生唾が出る。味そのものはシンプルなものだから、匂いを嗅いだだけで瞬時に記憶が反応してしまうんだ。お出汁を吸ってふっくら炊き上がったお米を口に運ぶと、口いっぱいに海の旨味が広がり、海老、イカ、貝などが舌を楽しませてくれる。

    もちろん、それだけじゃないよ。私に言わせればね、パエリアというものは「おこげ」があってこそのものでしょう。本場じゃ「ソカラ」なんて呼ぶらしいけれどね、鍋底にカリカリに焼きついた香ばしいおこげをスプーンでこそぎ落として食べる瞬間こそが、パエリアの一番の醍醐味なんですよ。全面がパリパリじゃあ、嬉しさの価値が半減してしまうからね、幸運にもおこげの面積が多いな、と喜べるくらいがちょうどいい。米の焼けた香りの良さたるや洋の東西など関係ないね。焼きおにぎりのおこげを思い出してしまう。

​ そうやって熱々を頬張りながら考えてみるとね、日本には昔から「炊き込みご飯」の文化があるでしょう。アサリの旨味を米に吸わせた「深川めし」なんていうのは、まさにその代表だね。それに、昔ながらの釜で炊いたご飯のおこげなんてものは、家族で取り合いになるほど皆が大好きなものじゃないか。

​ 味付けやハーブこそ違えどね、出汁と魚介で米を炊き、最後のおこげまで愛おしく平らげる。そういう根底にある食の嗜好が似ているからこそ、パエリアはこんなにも日本人にすんなりと受け入れられたのかもしれない。

​ そう考えるとだ。

​ 米と魚介とおこげを愛する心において、もはや「日本人=スペイン人」と言っても差し支えないんじゃないのではないか。

​ ならばだね、日本人が平日のランチに堂々とパエリアを食べた日には、午後にそのままシエスタ(昼寝)を決め込んだところで、誰にも文句なんざ言わせるものかいと思うわけですよ。


​了


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山下静希 自分の記事の価値を知りたいと思っています。 いただいたチップで一杯の美味しいコーヒーを飲ませていただきますので、応援よろしくお願いします。