noteを書けない理由は文章力じゃない
こんにちは。じゅんちゃんです。
最近少し思うことがあります。それは、
noteを書いてみたい。でも、何を書けばいいのか分からない。
長い記事なんて、初心者の自分が書いても読んでもらえるのか分からない。
そもそも、Xで短く言いたいことを書けばいいんじゃないか。
こういう不安を感じている人が多いんじゃないかな?ということです。
けど、こういう不安を軽く言語化してみたら、根底にあるのは「評価されるのが怖い」ということなんじゃないかなと思ってます。
でも、僕はそれでもnoteをおすすめしたいです。
僕がこの記事で伝えたいことは、あんまり心配しすぎなくていいよっ!!!これだけ。だってnote楽しいんだもん、、、!!

この記事では、その不安を1個ずつ言語化していきます。もし不安が解消されたなと思ったら、下書きに今日の夜ご飯のことでもいいので、とりあえず書いてみてください。案外楽しいですよ笑
noteを書く前に怖いのは、文章力じゃない
初心者や、まだnoteを書いたことがない人は、おそらく文章力がないから書けないわけではないはずです。
本当に怖いのは、人に見られて「なんだこの記事?」と思われることなんじゃないかと。
何者でもない自分が語ることに抵抗がある。
ちゃんとしたことを書かないといけない気がする。
誰かに読まれるなら、意味のある文章じゃないといけない気がする。
こういう感覚、かなりあると思います。
僕自身、noteで2回挫折しています。
読まれないことももちろんしんどかったです。
でもそれ以上に、読まれない文章を出している自分を見るのがしんどかった、、、、
「これ、誰に向けて書いてるんだろう」
「自分の記事って、本当に意味あるのかな」
「こんな文章を出していて大丈夫なのかな」
そんなことを何度も考えました。
だから、noteを書く前に手が止まる気持ちはかなり分かります。
文章力の問題というより、自分の言葉を外に出して、それが評価される環境が怖い。だから手が止まってしまう。
けど僕は、そういう人こそnoteに向いているんじゃないかなって思うんです。
ここを少し言語化してみると、「自分の言葉を外に出して、それが評価される環境が怖い」
そう思えている人は、他の環境に対しても敏感な人が多いと思うんですよね。俗に言うHSP(Highly Sensitive Person)ってやつです。
そういう人は、自分の悩みや自分を取り巻く環境を言語化する能力が本当に高い。note書きたいけど書けない、、、。こう言ってる僕の友達もそういう能力が高いので、書けば本当に役に立つ記事が書けると思うんですよ。
だって、それだけ人の悩みとかにも敏感なんですから。
そういう僕自身も外の影響をもろに受けやすいので、HSPなんじゃないかなとずっと思ってます笑

「Xでよくない?」は半分正しい
正直、「Xでよくない?」という考えは半分正しいです。
Xは、自分が考えたことをポッと出せる。言い換えると、情報の速さっていうのが売りなんです。
反応も早いですし、短い言葉が刺されば一気に広がることもあります。すんごい人は1回で200万PVとかですよ!?(日本の人口/500)
思いつきを投げる場所としては、かなり向いていると思います。
実際僕なんかも、思いつきを投げてみてインスピレーションが得られることが多くあります。
フォローなんかも特化して行えば、タイムラインには有益性のバーゲンセール。
だから、「Xでよくない?」という気持ちは分かります。
ただ、Xはどうしても流れていく。
その場では反応されても、考えを深く掘り下げにくい。
なぜそう思ったのか。
どこで迷ったのか。
どういう順番で考えたのか。
こういう思考の流れまでは、なかなか残しにくい。実際自分がつぶやいた投稿なんて、2日後にはもう完璧に忘れてます笑
イメージとしては、Xは火花で、noteは焚き火って感じですね。

Xは一瞬光る。だけどnoteは、考えを少し長く温める場所ってだけ。
どちらが上かなんていう話じゃなくて、どっちにもいい役割があるよっていうことです。
noteは、バズる場所というより考えを置く場所
noteというと、何者かになった人だけが書く場所のように感じるかもしれません。
文章がうまい人。
実績がある人。
すでに読者がいる人。
自分の言葉で人を動かせる人。
そういう人たちだけが書く場所に見えることがあります。
でも、僕はむしろ逆だと思っています。
noteは、まだ何者でもない人が考えを置いていく場所でもある。
日記ほど閉じていなくて、Xほど流れが急な場所でもない。
この中間の場所として、noteがあるんじゃないかと思っています。
初心者にとってnoteが怖いのは、「ちゃんとした記事を書かないといけない」と思ってしまうからです。
でも、今あなたが「この文章でいいのかな」と思っていること自体、かなり自然な不安です。たぶん、最初から自信満々で出せる人の方が少ない。
noteでよく読まれている人も、最初から完璧だったわけではない。
書いて、出して、反応を見て、少しずつ自分の形を作っていったはずです。
だから最初は、不安を抱えながらでも出してみていいんですよ。この一歩を越えると、少しだけ景色が変わります。本来、文章を紡ぐというのは、それだけで気持ちのいいものなんですから。
「誰が読むの?」への答え
それでも、こう思う人はいるはずです。
「でも、自分の記事なんて誰が読むの?」
これはかなり自然な疑問です。僕も何度も思いました。
その答えの一つは、未来の自分です。
書いたものは、あとから自分の考えを見直す場所、タイムカプセルみたいな。そのときの悩み、違和感、熱が残ります。
未来の自分が読み返したときに、
「あのとき自分はこんなことを考えていたんだ」
と分かるだけでも、けっこう意味があります。
だって「3ヶ月前の自分はこう思ってたんだな、、、」とか会話できると思うと、めっちゃ面白くないですか?僕はこういう部分に、魅力感じちゃう人です笑
そしてもう一つは、同じ悩みを持っている誰かです。
今は誰にも読まれなくても、あとから同じことで悩んでいる人が来ることがあります。特にnoteは、検索やタグから後で読まれることもあります。
今の note というのは、皆さんが思っている以上に強いです。
最初から大勢に読まれなくていいんです。
未来の自分。
同じ悩みを持つ誰か。
まずはそれくらいでいいんじゃないですか?
伸びなくても、3ヶ月前の自分と会話できると思えば楽しい。このモチベーションだけでも継続する意味があると思いますよ!!

最初のnoteは、誰にも読まれなくていい
note初心者は、最初から「読まれる記事を書こう」としなくてもいいんです
もちろん、読まれる文章を考えることは大事です。
でも、最初からそれを意識しすぎると、手が止まります。以前の誰かさんみたいに笑笑
最初は、自分の考えをちょっと外に吐き出すくらいでいいはずです。
100点の記事なんか目指さなくていい。最初は60点ぐらいがちょうどいいんですよ。
今日食べたご飯が美味しかったなとか、最近悩んでいることがあるなとか、こういうことをやってみたいなあ。とか
最初は下書きに100文字でもいい。公開するのが怖ければ、下書きのままでもいいんです。
むしろ、最初から読まれすぎる方が怖いです笑
自分の感覚としては部屋着なのに、急に博多駅に繰り出されるようなものです。さすがに心の準備ができていません笑
だから、最初のnoteは誰にも読まれなくていい。
まずは、自分の頭の中にあったものを少しだけ外に出す。これだけです。
それでも公開すると、少しだけ世界が変わる
ここまで、「最初は下書きでもいい」と書いてきました。
これは本当にそう思っています。noteは公開しなくても、自分の頭の中を外に出す場所になります。下書きに100文字だけ書くだけでも、「自分は今こういうことを考えていたんだなあ」と分かる。
それだけでも、かなり意味があります。
でも、それでも公開すると、少しだけ世界が変わります。
noteという広大な砂漠に、自分の言葉がそっと置かれて、誰かに届く可能性が生まれる。もし反応がなくても、「自分はこの時こう考えていたんだな」という素敵な記録が残る。
これって、すごいことじゃないですか??
もちろん、公開したからといって急に読まれるわけではありません。スキがたくさんつくわけでもないし、コメントが来るとも限りません。むしろ最初は、何も起きないことの方が多いと思います。
でも、何も起きていないように見えて、少なくとも一つだけ変わっていることがあります。
それは自分の言葉が、外に出ている。これです。
昨日まで頭の中にしかなかったものが、誰かに見つかる可能性のある場所に置かれている。これだけでも、けっこう大きいと思うんです。
最初のnoteは、誰にも読まれなくていい。
でも、もし未来の自分が読み返したら。
もし同じことで悩んでいる誰かが、たまたま見つけたら。
その文章は、ただの独り言ではなくなるかもしれない。
noteを書くことは、すごい文章を世に出すことではないです。むしろ今の自分が考えていることに、小さな旗を立てることなんじゃないかなと
その旗を、未来の自分が見つけるかもしれないし、同じことで悩んでいる誰かが、ふと見つけるかもしれない。
最初はそれくらいでいいんじゃないかなと思います。
まずは下書きに100文字。
書けそうなら、そっと公開してみる。
案外、それだけでも楽しいですよ。
もしかしたらただの砂漠にみんなが共感してくれて、村ができるかも?
不安だったらこの記事にコメントください笑笑
絶対僕が見に行きます( ̄^ ̄ゞ

