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たべる生活

色々ありまして、暫く耐乏生活を余儀なくされている私。
食い物には糸目つけつつも楽しみたいということで夜勤明けの食事はジャムサンドを持参。
しかし、スーパーの特売を狙ってアオハタのジャムやアマゾンのセールを虎視眈眈とチェックしてボンヌママンのジャムを買ったりとジャムについてのリサーチ力が上昇したのは私らしいというか(笑)
そんな中、通勤途中でブックオフに寄り、気になる本はないかと探していたらこんな本が。
群ようこさんの『たべる生活』という本である。最近の群さんは健康志向になり、大好きな和菓子も制限したり、暑い日も冷たい物をがぶ飲みせずに氷を口に含んで凌がれているというストイックさ。
そんな群さんの食生活についてはどうだろう、もっと知りたいなと気になり、幸いブックオフのポイントが断捨離でレコードや本を売却して貯まったからこれ幸いとポイント使って『たべる生活』を購入。
読んではみたものの、うーむ。経年や、お母様と弟さんとの軋轢と絶縁等から偏屈さや意固地さが増してきたのかな?
こういうことを書きたくないけれど、群さんが老害化しているよとぼやきたくなるエッセイになっていた。
群さんが料理をされることはあまり好きでないのは過去の料理チャレンジエッセイ『トラブルクッキング』や小説の料理描写のあまりの淡白さからひしひし感じていた。
とりわけ、飲食店をテーマにしているはずの『かもめ食堂』や『パンとスープとネコ日和』の、おにぎりやサンドイッチの淡々とした描写に落胆し、「これが吉本ばなな、柚木麻子、伊吹有喜あたりならさぞ美味しそうな料理描写になったろうなあ」とため息をついた。
閑話休題。
『たべる生活』は、食への淡白さに裏打ちされた健康志向な群さんの食生活や、近年の身近な人々や知人の話を通して知る現代日本の食生活の歪への苦言が主軸となっているのだが……。
全体的に感じる「言いたいことはわかるけれど、何様感強すぎなんですが」な群さんの思考とやや上から目線な視点にイライラし、かつて『別人「群ようこ」のできるまで』や『アメリカ居座り一人旅』での俯瞰の視点と的確な批評眼からくるシニカルさと笑いの匙加減のきいた群さんのエッセイや『無印』シリーズ等の短編小説が好きだったものとしては終始がっかりした。
特に、共稼ぎでカツカツながら工夫を凝らして家事や育児に勤しんでいるお母さん方が読んだら、群さんのよかれとは思ってるんだろうけど余計なお世話に限りなく近い苦言は暗澹たる気分に苛まれるのではとハラハラした程。
しかしながら、友達の家で御飯をいただき、それで腹と栄養を満たしている放置子状態の子どものエピソードや、彼氏の母の日にキャベツだけの焼きそば、白飯、バナナを入れたお重を持参した女性のエピソードや、クックパッド等のレシピサイトやアプリからか単品の料理を作るスキルは長けているものの、並行して副菜や汁物を作る段取りを全く知らない女性たちのエピソードを知ると「……あー。確かに一理あるよな」と頷きたくはなるなあと。
あと、離婚から父親と音信不通になり、調理師として職場や家庭でも料理に勤しんでいた母親を見ていたからなのか、主婦層への料理のハードルあげや目線の冷たさが鼻についた。と、同時に、そんな辛辣さを通し、群さんが作家になられてから色々と無心し、さらに金銭トラブルからの軋轢の際に弟側についてしまい、絶縁した亡き母親への群さんの複雑な感情がエッセイを通して感じたのがなんともやりきれない。
節約や節制のヒントになるかなと読んだものの、好きな作家の老害化をひしひし感じて遠い目になった。
が、数少ない良かった点はギンビスさんの『たべっ子どうぶつ』を気に入られ、おやつとして群さんが楽しまれているのがわかり、微笑ましくなったところだ。そこでもうっすら上から目線な文体が鼻につくのがかなりモヤるけど……。
そっかあ、群さんはたべっ子どうぶつ知らなかったのか。1969年にはたべっ子どうぶつのプロトタイプの『どうぶつ四十七士』が発売され、1979年には『たべっ子どうぶつ』が世に出てギンビスさんのロングセラーとなっているのになあとモニョモニョしつつも『たべっ子どうぶつ』が食べたくなり、スーパーで見つけて、スタンダードかつ馴染みの味なバター味を買ってしまったのである。

(文責・コサイミキ)

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