アニメがくれるノスタルジー
さて、仕事が終わり、公休日になった。
最近は疲れからか休みの日は寝るに全振りが増え、かかりつけの病院に行くくらいしか外出しない体たらくである。みんな貧乏が悪いんや(泣)
しかし、ふと2007年によく観ていたアニメをじっくり見直してみようかなと思い立ち、棚から引っ張り出したのは、『ローゼンメイデン』と『らき☆すた』だった。
ちなみに、私の2007年は人生でも屈指のしんどい年で、当時の勤め先の主任とコンサルタントのパワハラに遭い、シフト大幅削減され、そんな中大学受験に挑むというかなりのハードモードだった。
『ローゼンメイデン』と『らき☆すた』はオキナワンロック以外では当時の私の縁だった。

ローゼンメイデンはブームよりも2年くらい遅れてマイブームとなり、ちょうど親しい親族がゴスロリやドルフィーにはまりだし、勧められたのをきっかけに観たら沼に浸かり、書店でなけなしのお金はたいて原作の単行本をまとめ買いしたのは懐かしい思い出だ。水銀燈の妖しさと寂しさ、金糸雀の愛らしさと空回り、翠星石の偏屈さと優しさ、蒼星石の折り目正しさと意固地さ、真紅のツンデレさと気高さ、雛苺の激しさと思いやりに時には切なく、時には苦笑い、時には心躍らせた。幻冬舎の原稿紛失による連載終了と、集英社に移行してからの『ローゼンメイデン』の展開はちょっと色々ともにょったし、原稿紛失がなかったらどんなストーリー展開で進んでいったのかなとたらればを未だに夢想してしまうし、個人的にはアニメ版はアニメオリジナル改変があれど。ノーマッド版で完結して欲しかったなと歯がゆさを抱いてしまうのである。
一方、『らき☆すた』はニコニコ動画での配信から知り、ほぼリアルタイムではまった。今じゃアンタッチャブルな存在になってしまった某監督担当の1話から4話のゆるゆる感も悪くないものの、5話から担当の故・武本康弘監督のパロディネタと原作準拠な緩さの匙加減の絶妙さが好きで、特に第6話『夏の定番』での、『頭文字D』パロやお風呂場でのこなたたちのゆるい会話はアマプラで『らき☆すた』が配信されたときはリピート見しまくった(笑)

他にもこなた、かがみ、つかさの冬コミ参戦を描いた第12話『お祭りへ行こう』のコミケ行きたいなあと思わせると同時に消耗しそうと躊躇する二律背反な気分にさせる描写や、こなたのお父さん、泉そうじろうの亡き妻・かなたへの揺るがぬ想いが泣ける(でもオタクでロリコンで色々やべえんだよな、この親父。作家として大成し、こなたを男手一つで育てた人ではあるんだけど)第22話『ここにある彼方』や、最終話の学園祭の賑わいと多幸感にほろりときたり。
2007年夏。本当にすり減りそうな毎日を『ローゼンメイデン』と『らき☆すた』に救われた。
さて、最近。あの頃と同じように焦燥感や何かを始めなきゃという使命感がやたら疼き出す。
だからなのかもしれない。
あの頃のことは極力思い出したくないけど、何かヒントを得られるかもと無意識に夢中になったアニメを観るのは。
(文責・コサイミキ)
