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(書評) スタインベックと愛犬の見たアメリカ---『チャーリーとの旅』

※旧作を中心に、好きな本や興味深い本を紹介しています。
追記:noteからのお知らせ。この記事が#海外文学のススメで最もスキを集めたそうです。ありがとうございます。

★「チャーリーとの旅」 ジョン・スタインベック (岩波文庫)


スタインベックといえばノーベル文学賞受賞者で、映画『エデンの東』の原作者。ヘミングウェイと並ぶアメリカ文学の巨匠だ。


代表作『怒りの葡萄』は若い頃に読んだ。優れた作品だとは思うけど…という感想で、その後は彼の作品と無縁だった(アメリカ文学では『冷血』以前のカポーティ、カーソン・マッカラーズ、ユダヤ系のアイザック・バシェビス・シンガー等が好み)。

少し前に誰だったか海外の有名作家が愛読書を訊かれて『怒りの葡萄』を挙げて、「改めて読んで凄さを感じた」と言っていた。
愛読するジェフリー・アーチャーの短編集にもスタインベックと女子大生の面白い逸話があり、何だかスタインベックに呼ばれている気がしていた。

…というわけで、手にしたのは『チャーリーとの旅』。彼と愛犬のアメリカ旅行記。感想から言うと面白かったし、流石だとも思った。
60年以上前の作品なのに、古く感じさせない筆力。(見出し画像右は洋書)


1960年、スタインベックが58歳の時にアメリカ国内を巡る旅に出る。
きっかけは「自分の国を知らないと気づいた」こと。「この国を肌身で感じとってこなかった」と、「ロシナンテ」と名付けたキャンピングカーでアメリカ各地を回ることにする。

旅の相棒はチャーリーという老プードル。プードルは小柄な印象があるが、チャーリーは上の写真のように大柄だ。フランス生まれで英語よりフランス語のコマンドに反応が早い。

「ロシナンテ」はダブルベッド、ガスバーナー、ヒーター、冷蔵庫、トイレ、クローゼット、収納庫等を完備した、当時としては豪華な作り。行く先々で注目と羨望を集める。
ただし、常に車で寝て自炊するのではなく、入浴のためにホテルに泊まったり飲食店でも食事をする。作家には経済的余裕があり、老犬には持病があるので臨機応変にやっていく。

作家と愛犬は、アメリカの東から西、北から南へと走り、様々な人と出会い、色々な経験をする。

左:スタインベックとチャーリー(出典)右:キャンピングカー「ロシナンテ」男性は別人(出典)


一口にアメリカといっても、州によって景色も人の気質も違う。オープンで旅行者に親切な町もあれば、排他的で警戒心の強い町もある。裕福な人もいれば貧困層も、教養のある人も粗野な人も。

ノマド生活を送る季節労働者たち、家を持たずトレイラーで生活する人たち、売れない旅役者、何もない田舎で都会を夢みる青年…黒人差別の激しい街では、人々が非人道的なショーに熱狂する。
様々なライフスタイルと価値観の人々に出会い、作家はリアルなアメリカの姿に憤慨したり混乱したり複雑な思いを抱く。

約66年前、彼が特に感じたのは都市化と画一化だ。

わたしの旅の目的のひとつは、耳を傾けることだった。ひとの話を聞き、アクセントを、話のリズムを、話に潜んでいるものを、話の語勢を聴きとることだった。…わたしはどこでも耳を傾けてきた。おもうに、地方独特の話しかたがどんどん消えている。消え去ってはいないが、消えつつある。…マスコミニュケーションが、地方性を、ゆっくりと、着々と、壊している。
(中略)
…言葉と言葉の無限の可能性を愛するわたしとしては、そんな避けがたい未来が悲しい。なぜなら、地方のアクセントとともに地方のテンポが消えるのだから。
訛(なま)りが、言葉の綾が言語を豊かにし、場所と時間の詩を芳醇なものにしていたのに、それは消えるにちがいない。そして代わりに、国の共通の話しかたというのが、きちんと包装されてパッケージに入った、標準的で無味乾燥なものがあらわれるだろう。
(中略)
わたしがその消失を惜しんでいるものは、おそらく、守る価値のないものなのかもしれないが、それでも、それがなくなるのは残念でたまらない。
(本書より)

この旅にホッとする癒やしを添えているのがチャーリーの存在。
物に動じない落ち着いた性格の犬で、人の言葉を理解し、本性を見抜く賢さを持っている。チャーリーの平穏さとマイペースさは、作家にとって救いでもある。落ち込む主人を慰めたり、気分転換させたり…。

チャーリーは、知らない人間に赤ん坊言葉で挨拶されると、無視する。だって、チャーリーは人間ではないのだ。犬であり、かれはそうであることを気に入っている。自分を一級の犬だとおもっていて、二級の人間になりたいなどという望みはまったくもっていない。(本書より)

老犬に旅は結構ハードで、何度か体調を崩す。その度に作家は心配して奔走する。

チャーリーがまだもどってきていなかった。ドアを開けて口笛で呼んだが
返事がない。おののいて跳び出した。… 駆け寄ると、かれは立って虚空をのぞいている。さっきまでのわたしとまったくおなじだ。
「どうした、チャーリー、だいじょうぶか?」
尻尾をゆっくり振って返事した。「うん、まあ、だいじょうぶだとおもう」
「こっちの口笛でなんですぐに帰ってこなかった?」
「聞こえなかった」
「なにをのぞいていたんだ?」
「わからない。なにをでもないとおもう」 
(本書より)

解説によるとスタインベックは大の愛犬家で、判明しているだけで十数頭の犬を飼い、人生に犬のいない時期はなかったとか。私も犬好きなので、感心するような羨ましいような…チャーリーは、この旅の3年後に病死したそうだ U´ᴥ`U

ところで、スタインベックの当時の妻はテキサス出身で、この本もテキサスについてページが割かれている。
私のアメリカの友人は、昔から偶然テキサス人ばかりなんだけど…。本書にあるように、彼らは総じて気が良くフレンドリーで熱い(と思う)が、「テキサスあるある」の特異性の部分は何となく分かるし、頷けた。

テキサスという問題を前にすると、物書きたちは一般論が言えなくて難渋するもので、わたしも例外ではない。テキサスとは心の状態なのである。テキサスとは妄念なのである。テキサスは、なによりもまず、言葉のあらゆる意味で、国家なのだ。(※実際に合衆国に加入する前は別の国だった)


…州内での紛争や論争や抗争も絶え間ないにもかかわらず、テキサスはアメリカのほかのどの地域よりもおそらく強い緊密な結集力がある。…すべてのテキサス人が熱烈なまでに魅了されている…ひとりでもテキサス人をこきおろすと、テキサス人全員から猛火を浴びせられることになるのだ。
(本書より)


この本はベストセラーになり、今も人気が高い。解説によると、この旅の検証をした新聞記者に「内容の多くはフィクション」と言われたり、身内からも「彼はとてもシャイで他人と交流できない」と言われたとか。


元々は取材記事を書いていた人だし、アーチャーの『嘘ばっかり』に収められたスタインベックの話は事実を基にしているので、シャイで他人と交流できないというのは違う気がする。

森瑤子が言ったように、小説家は「根も葉もある嘘」を書く仕事だ。
どこまでが事実でどこからがフィクションかは誰にも分からないけれど、純粋なルポルタージュは別として、読者にとっては面白く読めればそれでいいんじゃないのかな。

私は文芸書以外は結構幅広く読むが、文芸書は好きな作家の本を繰り返し読む「狭く深く」のタイプ。逆に言うと、好みと違うものは、いわゆる名作でも結構スルーしてきた。それらに割く時間がもったいない気がして。


けれど、名作と言われる作品、長い命を保っている作品には、それなりの理由があるなあと、この頃思う。読書の充実感が違うというか。
若い頃には見えなかったものが見えてくる、ということかもしれない。
未読の名作もなるべく読みたいけど、多すぎて無理かも…(;´ω`)ウウ


彼の傑作短編の数々の新訳。「こういうのも書くんだ!」の発見があります。


稀代のストーリー・テラーの傑作短編集。スタインベックをリスペクトして書かれた逸話も収録。私はアーチャーの短編の愛読者。


愛読するアメリカの文学者の話(有料記事)

(´ω`)♥


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