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【ヤマハの歴史と技術】「イノベーションロード」へ。楽器が弾けないIT屋が感動した「別の理由」

皆さん、こんにちは!50代 IT屋の はでさん です。

先日、休日に娘から「どうしても行きたい場所がある!」とせがまれて、浜松にあるヤマハの企業ミュージアム「イノベーションロード」に行ってきました。

ヤマハ イノベーションロード(INNOVATION ROAD)

結論から言うと、素晴らしいの一言でした。ヤマハの圧倒的な技術と歴史の重みに触れられる、最高の空間です。

ただ・・・正直に告白すると、ボクは楽器の演奏が全くできません(笑)。

娘が最新の電子ピアノや美しいアコースティック楽器の数々に目を輝かせている横で、アラフィフIT屋であるボクの視線は、完全に「別のエリア」に釘付けになっていました。


楽器を演奏できる方からすると、すばらしい〜と思うのでしょうね


美しい景色ですね。 音色も技術を持った方が演奏すれば、とても美しい

楽器の横で鎮座する「あの頃」の戦友たち

ボクが心を奪われたのは、楽器ではなくヤマハの「音響機器」と「IT機器」の展示です。

90年代後半から2000年代初頭。

Windows 95の登場と共にインターネットが爆発的に普及し始めた、あの熱狂の時代。就職氷河期世代のボクらが、少しでも速い回線を求めて夜な夜なPCのセッティングと格闘していたあの頃。

展示ブースを歩きながら、思わず声が出そうになりました。
 「うわ・・・このルーター、昔高くて買えなかったヤツだ」
 「このCD-Rドライブ、自作PCで使ってたヤツの先祖だ!」

ISDN時代の覇者・ヤマハルーターと、恐怖のCD-R焼き

ボクら世代のIT屋(あるいは昔からのPCギーク)にとって、ヤマハといえば「異次元の耐久性:他が全滅してもヤマハだけは生き残るルーター」ですよね。

ISDNからADSL、そして光回線へと移り変わる日本のインターネット黎明期において、ヤマハのルーター(RTシリーズなど)の圧倒的な安定感は、インフラエンジニアの心の支えとなっていたイメージです。ボクは当時、学生〜新人の頃でヤマハの良いイメージを鮮明に覚えています。


これは!


RTA50i、あなたですよね!

展示されていたのはRTA50i です
GeminiにこのRTA50iについて聞いてみると・・・記憶が蘇ってきます。

1998年に発売されたヤマハ「RTA50i」は、日本のインターネット黎明期において「一家に一台欲しい、美しすぎる最強のISDNルーター」というイメージでした。

それまでの「パソコン通信マニアの無骨な機械」というネットワーク機器のイメージを完全に覆し、一般家庭やおしゃれなオフィスにインターネットを爆発的に普及させた歴史的名機です。当時の主なイメージは以下の通りです。

1. 業界を震撼させた「ピアノブラック」と「縦型デザイン」

当時、ルーターやモデムといえば「グレーかベージュのプラスチック製の横置きの箱」が当たり前でした。そんな中、RTA50iが放ったデザインは衝撃的でした。

  • 楽器メーカーのプライドが詰まった光沢
    筐体には、ヤマハのグランドピアノを思わせる美しい漆黒の鏡面仕上げ(ピアノブラック)が施されていました。

  • インテリアになるルーター
    美しい曲線を描くスタイリッシュな「縦置きデザイン」で、パソコンの横だけでなく、リビングの電話機の横に置いても違和感がないほど洗練されていました。「モノとしての所有欲」をこれほど満たしてくれるネットワーク機器は当時他にありませんでした。

2. 空前のISDN・「常時接続」ブームの主役

当時は、アナログ回線から「ISDN(INSネット64)」への移行ブームの真っ只中でした。

  • 「切断し忘れ」の恐怖からの解放
    従量課金(使った分だけ電話代がかかる)の時代、タイマー機能や自動切断・接続が完璧に動作するRTA50iは「無駄な電話代を発生させない安心の守り神」でした。

  • 128kbpsの快感
    ISDNの2回線を束ねて「128kbps」で通信する「MP(マルチリンクプロトコル)接続」が非常に安定しており、当時のギガファイル(当時は数メガバイトですが)のダウンロードなどで圧倒的な信頼感を誇りました。

3. 「電話機」をそのまま活かせる魔法の箱

RTA50iはルーターでありながら、優秀な「TA(ターミナルアダプター)」でもありました。

  • 家中の電話がそのまま使える
    アナログポートを2基搭載しており、これまで使っていた家庭用電話機やFAXをそのまま挿すだけで、ISDN回線でん通話ができるようになりました。

  • ネットしながら電話ができる感動
    「お母さんが長電話しているからネットに繋げない!」という当時の家庭内トラブルが、RTA50iを導入するだけで一発で解決したため、家族を説得して買わせる大義名分(言い訳)としても最高の一台でした。

4. ブラウザで設定できる「優しさ」

  • それまでのルーターは、黒い画面に英語のコマンド(ATコマンドなど)を打ち込んで設定する難解なものでした。

  • しかしRTA50iは、Webブラウザを開くだけでカラーの分かりやすい日本語画面で設定ができました。画面の指示に従うだけで、初心者でも簡単にISDNの接続設定や、プロバイダ設定が完了する「誰にでも優しいルーター」というイメージを確立しました。

一言で言えば、RTA50iは「インターネットをおしゃれで、身近で、絶対に失敗しないものに変えてくれた、誰もが憧れたスーパーガジェット」でした。この機種の大ヒットにより、ヤマハの「ネットボランチ(NetVolante)」ブランドの地位は不動のものとなりました。



あなたは! ひょっとして


CDR-100 ですよね!

そして、CD-Rドライブ。展示されていたのは、CDR-100です。

GeminiにこのCDR-100について聞いてみると・・・記憶が蘇ってきます。

1994年〜1995年頃に登場したヤマハ「CDR-100」は、一般のユーザーにとっては「まだ見ぬ未来のハイテク超高級機」、当時のクリエイターやプロにとっては「ついに個人でCDが作れるようになった歴史的革命機」というイメージでした。

「音質へのこだわり(AudioMASTERなど)」が定着するよりさらに前、「CD-Rの黎明期・原点」を作った伝説のドライブです。当時のリアルなイメージや特徴は、以下のようなものでした。

1. 「1台数十万円」の超高嶺の花一般人は手が出ない価格

『CDR-100』が発売された当初は、内蔵型でも20万〜30万円以上、外付けシステムにすると40万円近くする超高額機器でした。メディアも1枚数千円当時はCD-Rの生ディスク(メディア)自体も1枚2,000円〜5,000円ほどしており、現在の「1枚数十円」とは完全に別世界の、まさに「一発勝負の貴重品」でした。
そのため、主に音楽スタジオ、印刷業者、大手企業のデータバックアップ用として導入されていました。

2. ロマン溢れる「キャディ(Caddy)方式」

現在のドライブのようにトレイが直接出てきてディスクを載せるのではなく、「キャディ」と呼ばれるプラスチック製の専用ケースに1枚ずつCD-Rを入れ、ケースごとドライブに挿入する方式でした。「ガシャコン」と吸い込まれる独特のギミックはメカニカルで格好良く、当時の自作PCマニアの憧れのスタイルでした。
→ CDをキャディにいれて差し込む未来感がたまらなかった記憶です。

3. 当時としては異次元の「4倍速書き込み」

当時、他社がようやく「等速(1倍速)」や「2倍速」のドライブを出していた時代に、ヤマハのCDR-100は世界に先駆けて「4倍速書き込み」を実現していました。
74分のCDを焼くのに等速なら74分かかっていたところを、「わずか20分弱で焼き切る」という処理能力は、当時のテクノロジーとしては圧倒的で、他社を一歩リードするヤマハの技術力を世に見せつけました。
→これは本当に驚異的な技術力でした。

4. 焼き損じ(バッファアンダーラン)との戦い

当時はパソコンの性能(CPUやハードディスクの転送速度)が低かったため、書き込み中にデータの転送がほんの一瞬でも途切れると、その時点でディスクがゴミになる「バッファアンダーランエラー(通称:お皿を焼く、コースター量産)」が多発していました。そのため、「CDR-100で4倍速で焼くときは、PCの画面を絶対に触るな(マウスすら動かすな)」と言われるほど、ユーザーは固唾をのんで書き込み終了を祈るという、黎明期ならではの緊張感溢れるイメージもありました。
→ 値段がこなれて自作PCが流行り出した頃もバッファーアンダーランにはとの戦いだった記憶です。

あぁ、懐かしい。

おまけ

ヤマハの音響・IT機器たちです。ボクの知らない機器や「これ欲しかったやつ」がたくさんありました。


楽器はちょっとわからず。


この辺りは記憶もあたらしく、まだ現役で使っている方もいそうですね


はいこちら、VPNルーターは入社した頃に職場に山積みになっていた記憶です


左のMP3レコーダー、欲しかった気がする


こちらは知りませんでした。CD100枚分をPCM録音できたそうです


NX-A01はキューブ型のスピーカーで意欲的な製品でしたね


スマホ+ワイヤレスイヤホン全盛の昨今
この手のコンポは一時期の勢いがなくなって久しいです。


下のAVアンプは高級品でボクは買えませんでした


当時、PC側サウンドカード=サウンドブラスターからUSB接続して
オーディオシステムが登場し始めた頃です。


このスピーカーシステムはわからず・・・


このあたりは専門外でわからずです。。。


スキー板とブーツもつくってたんですね。
これはMSX2に準拠したパソコンですね


デジタルパーカッションもヤマハの技術がつまってそうです


バブル期 1990年当時の最高級AVアンプとのことでお高そうです。


LDプレーヤー、懐かしいですね。


ヤマハはその技術力で楽器のデジタル化の貢献してきたのですよね(ちょっとボクにはわからず)

以下はボクの幼少期の製品ですので、コメントできずです




なぜ楽器メーカーが日本のITを支えたのか

一見、ピアノやギターとルーターには何の関係もないように思えます。しかし、ヤマハの根底にあるのは「音という極めて複雑な波形データを、いかに正確にデジタル処理するか(DSP技術)」という超高度な技術です。
その音声処理技術と通信技術が結びついた結果が、あの名機と呼ばれるルーターたちを生み出したのだと、展示を見て改めて腑に落ちました。

娘は純粋に「音楽の歴史と美しさ」に感動し、父は「日本のインターネット黎明期の熱気と青春」に郷愁を抱く。
同じ空間にいながら、親子で全く違う楽しみ方ができる「イノベーションロード」、本当に面白かったです。

同世代の皆さん、あの頃のヤマハのルーターやCD-Rドライブ、お世話になりませんでしたか?

皆さんもぜひ「イノベーションロード」を訪れてみてください。
「バッファアンダーランでメディアを何枚もフリスビーにした(笑)」「青いルーターのコマンド設定に泣かされた」など、「あの頃のヤマハIT機器の思い出」が蘇ってきますよ。

では〜

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