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皎理士を蟞めお『倉な人』に戻ろうず思う。

本日からnoteを始めるにあたり、
自己玹介ずしお私の今たでず、これからに぀いお曞かせお頂きたす。

私は1983幎生たれの41歳の父芪です。
職業は『皎理士』をしおいたす。

劻ずは趣味のラフティングを通じお出䌚い、玄幎間の亀際を経お結婚したした。
私達には2人の男の子がいお、珟圚3歳ず1歳です。

長男は掻発で、い぀も䜕か楜しそうな事を探しおいたす。
䞀方で次男はおっずりしおいお癒しをもたらしおくれたすが、頑固者です。

そんな倧切な家族を支える立堎にいる私ですが『皎理士』を蟞めたいんです。

実は私、䞡芪ずもに皎理士の家庭で育ち、その環境も手䌝っおか䞭孊生になる頃には『自分も皎理士になる』ず皎理士を志し、皎理士になるために䞀生懞呜勉匷し、歳の時に皎理士詊隓に合栌し倢であった皎理士になりたした。

でも、私は『皎理士』を蟞めたいんです。

手前味噌で恐瞮ですが、皎理士ずいう職業は瀟䌚的地䜍も幎収も悪くありたせん。むしろ『良い方』ず蚀い切っおも良いくらいです。

でも私は、『皎理士』を蟞めたいんです。


私の少幎時代。『先生、痩せたいんです』

前途の通り、私は䞡芪が皎理士の家庭で生たれたした。

効が䞀人いお、私は長男になりたす。

䞡芪は皎理士ずしお毎日忙しそうに働いおおり、家でも仕事の話が続き、家庭内には䞡芪のむラむラが蔓延しおいたした。

私はその空気感がどうも苊手で『自分だけは笑顔でご機嫌でいよう。』ず努めたした。
䜕床も䞡芪の喧嘩をなだめ、効が怖がらないように気を䜿う少幎時代を過ごしたした。

そんな私は、家でも孊校でも『明るい子』ず認識されおいたした。
実際によく笑うし、確かに明るい子だったず思いたす。

ただ、そこには『明るく努めおいた。』ずいう事実があり、明るそうに芋えるけど、根は臆病で暗かったのかも知れたせん。

そんな私は、䞭孊卒業するたで『デブ』でした。
ちょっずした『デブ』では無く『デブの゚リヌト』でした。

具䜓的には、倪りすぎおズボンは股ずれを起こしお擊り切れ、駅の階段を登りきれなかった事もある䜍、脂肪を抱えお生きおいたした。

そんな『デブの゚リヌト』だった私は、高校で劇的な枛量に成功したす。
動機は、高校に入るにあたり制服を採寞する事になった時に、その豊満な身䜓を蚈枬されおいる私を芋る母芪の顔がずっおも悲しそうだった事がキッカケです。
その時はじめお『マゞで痩せたい』ず思いたした。

そこで私は高校からバスケ郚に入りたした。
高校で郚掻をする人は、それなりの経隓者が集たりたす。

私が通っおいた高校も経隓者がほずんどでしたが、私は運動未経隓、デブ、バスケ玠人ずいう状態で入郚したした。
なので、完党に邪魔者扱いで次第に呚囲から無芖されるようになりたした。

でも私は蟞めたせんでした。
『高校生掻で絶察に痩せる。』ず決心しお入郚したので、友達が出来なくずも関係なかったからです。
痩せるためのバスケットであり、仲間ず勝぀ためのバスケットではなかったからです。

結果、私は高校で劇的に痩せ『䜓重−kg』を達成したした。
そしおずっず無芖しおいた呚囲の郚員たちも、マむペヌスな私の姿を芋かねおか、少しづ぀声をかけおくれるようになり、匕退の時はすっかり『仲間』ず蚀える存圚になりたした。
有り難い事に今でも亀流が続いおいたす。

その頃、䞖間ではスラムダンクが絶頂期でした。
䞉井ヒサシの『先生、バスケがしたいです。』ずいう名蚀がありたすが、私の堎合は『先生、痩せたいんです。』だったので、最埌たで䞍動のベンチりォヌマヌでした。

でも痩せるこずが目的だったので、䜕の埌悔もありたせん。


æ•°å­Š0点からの皎理士奮闘蚘。

高校卒業に際しお詊緎がありたした。

高校幎生の時に、数孊の定期テスト回、党おで点を取っおしたったのです。自分は文系だったので、理数系科目は分たりずも培底しお勉匷しおいたせんでした

その姿勢にさすがに数孊の先生が激怒し、『お前は卒業させない』ず留幎宣告されおしたったのです。

『これはマズむ』ず思った私ですが、文系の私が数孊を勉匷する合理性が無いず思い、先生に『では䞊䜍倧孊のどこかに受かったら卒業させお䞋さい』ず意味䞍明な亀枉をしお、先生から『䞇が䞀お前が受かったら卒業させおやる』ずいう謎の確玄をもらい、必死で勉匷をしたした。

結果、䜕ずかそれなりの䞊䜍倧孊に合栌し、卒業する事に”成功”したした。

倧孊に入っおからはれミにもサヌクルにも入らず、ひたすら皎理士になるために勉匷をしたした。
倧孊の友達はみんなキャンパスラむフを謳歌しおいたしたが、私は皎理士になる事が目的で倧孊に入孊したので、倧孊の友人ずは䞀定の距離を眮いおいたした。

倧孊を卒業した埌も最短で皎理士になりたかったので、就職はせずにアルバむトをしながら皎理士の勉匷を続け、倧孊卒業から幎経った歳の時に皎理士の資栌を取埗する事が出来たした。

実際に皎理士ずしお働くには幎間の実務経隓が必芁になるのですが、幎間だけ皎理士事務所で働いお、その埌すぐに皎理士ずしお独立開業したした。幎霢で蚀うずころの歳の時です。

長い道のりでしたが、目的を達成できた達成感は䜕物にも倉え難い喜びがありたした。


私が皎理士になった理由。

こうしお目暙ずしおいた皎理士ずしお独立開業を目指し、その目暙を達成した私は今『皎理士を蟞めたい』のです。

その理由は明確です。
皎理士になった理由が『お金持ちになりたかった』からです。

『お金持ち』ずいう抂念は人それぞれだず思いたすが、私的には『この先働かなくおも、家族に充分な資産がある状態』ず定矩しおいたす。

私は今その目暙ずしおいた状態に近づき぀぀あり、お金持ちになるために志した『皎理士』をそろそろ蟞めたいず考え始めおおり、今から次の目的の為に準備を進めおいこうず動き出しおいたす。

では私が考えおいる次の目的ずは『䜕なのか』

『お金では買えない、人生の豊かさを远求したい。』ずいう事です。

『んどうした』ず思いたしたよね
いいんです。私は元々『倉な人』だったんです。
もっず無邪気だったんです。

食べたい物を食べお『デブの゚リヌト』になっお、痩せたくなっお『kg痩せお』、お金持ちになりたいから『皎理士』になっお・・・

思い返せば、私はもずもず普通ずは違う『倉な人』なんです。

最近その持っお生たれた血がうずくんです。
『お前、皎理士になっお保守的になっおないか』
『お金は墓堎に持っおいけないぞ』
『やりたい事をするには䜓力がいるぞ』
『お前はもう歳だ健康寿呜は折り返しだぞ』
『自分の人生に背を向けおいないか』
ず自分に自分が問いかけおくるのです。


次の目的地は『お金以倖の豊かさ』。

では次に自分が登りたい山・・・
぀たりこれからの自分の人生の目的は䜕なのか
䞀床ここに思い぀くたたに矅列したいず思いたす。

ただ行ったこずのない囜を旅行したい。
実は私、皎理士を䞀床幎間䌑業しお、バックパッカヌずしお䞖界䞀呚旅行に出た事があるんです。䞖界の色々な囜を蚪れたしたが、ただただ行けおない堎所があり、健康なうちに日本を飛び出したい衝動にかられおいたす。

 ïŒ’日本に旅行に来る倖囜人をアテンドしたい。
䞖界䞀呚旅行で䞖界の色々な人に各囜でお䞖話になりたした。
旅行の思い出の醍醐味はやはり『誰ず出䌚ったか』になりたす。
むンバりンドが掻況の今、私が䞖界でしおもらった事を日本を蚪れた倖囜の人達にもしおあげたいんです。

お金に぀いお孊べる環境を䜜りたい
私は偶然にも䞡芪が皎理士で、物心぀いた頃から䜕ずなく『お金』に぀いお意識させられる環境で育ちたした。
今この日本は「お金に぀いおの勉匷」が充分であるず感じられたせん。
私の専門分野の皎金以倖にも、投資、保険など、倧人でも子䟛でもお金の知識を必芁ずする人に『私の知識』を解攟し「お金に぀いおの知識」を育おられる環境を䜜りたいず考えおいたす。

同業の皎理士さんのサポヌトをしたい。
私は皎理士になっおから幎が経ちたした。
この幎以䞊のキャリアで培ったノりハりを、顧客獲埗に悩む新人皎理士さんや、開業しおサポヌトを必芁ずしおいる皎理士さんのために䜿っおもらいたいず思っおいたす。
具䜓的には、ただのアドバむザヌではなく、䞀緒に考え、動き、繁忙期などに単発でヘルプに入るなど、䞊走しおサポヌトしたいず考えおいたす。

地元の町に貢献したい。
私が拠点ずしおいる暪浜垂戞塚区は栄えおいるほうではありたすが、嚯楜が極端に少ないのが事実です。
具䜓的には人ず人が繋がる堎所が少ないように感じたす。
もっず地元の人が繋がりを持お『人生の豊かさ』を感じられる「堎所」を䜜りたいず思っおいたす。

自分の趣味をさらに奥深く
昔倢䞭になっおやっおいた事、スノヌボヌド、ダむビング、ラフティング、マンガ執筆、バンド掻動など、心が揺れ動くたたに挑戊しおいた事を今䞀床やっおみたい。
そしおそこで埗た経隓、感じた事などをアりトプットしお蚘録しおいきたいず考えおいたす。

こんな感じで、思うがたたに぀ほど矅列したしたが、他にもただただやりたい事がありたす。

どれも皎理士業に比べるず、時間の割に儲からない、趣味の延長線䞊にあるようなものもしくは趣味そのものばかりです。

ですから今たで通り『皎理士』ずしお生きおいけば、瀟䌚的な地䜍、収入的な偎面を芋おも特別問題無く生きおいけるのだず思いたす。

でも・・・
『それじゃ぀たらない。』ず思っおしたう自分がいるんです。

私は今『ワクワクする䜓隓、ワクワクする出䌚い』を本胜的に求めおいたす。そしおこの想いはもう自分の䞭で歯止めが効かなくなっお来おいたす。

皎理士ずいう仕事は、顧問先に時間を割くこずが最優先である以䞊、このたた皎理士をメむンでやっおいる限り『今自分がやりたいず思っおいる事』は時間的に出来たせん。

ですから、気持ちも元気でフレッシュなうちに、健康寿呜が尜きる前に、自由にやりたいこずだけやっおいる䞖間的には『倉な人』に戻るために、皎理士をやめたいのです。


皎理士から『倉な人』ぞの10幎蚈画

冒頭で述べた通り、私は今歳になりたす。
皎理士は具䜓的には歳たでに蟞めたいなず考えおいたす。

その為に今から玄幎かけお次の山に登るための基瀎を䜜っおいきたず考えおいたす。

そこで登堎するのがこの『note』です。

この『note』を『自分メディア』の支柱ずしお、これから先少しづ぀皎理士から『倉な人』に戻っおいく過皋を曞き残しおいきたいず思っおいたす。

少しづ぀『やりたい事』を実行しおいき、このnoteに蚘録ずしお残し、歳になった時の自分が今の自分に『歳の時に動き出しおくれおありがずう。』ず蚀っおもらえるような人生をこれから送っおいき、その党おをnoteに曞き残しおいきたいず思いたす。


いいなず思ったら応揎しよう