専門書からの、ゴロピカドン
皆さんは、本を読みながら、本筋と違うことがどんどん頭に浮かんで困ることありませんか。
私はある。
今、三上謙一著『臨床に活かすアタッチメント』岩崎学術出版社を読んでいる。アタッチメントと適応の動的‐成熟モデル(Dynamic Maturational Model of Attachment and Adaptation:DMM)を丁寧に説明しながら研究と臨床の橋渡しを試みている、本当に興味深く学びの多い本で、著者が「学生時代の自分が読みたかった本を自分で書いてみた」と書いておられるとおり、読みながら「私もそこが知りたかったです!」と何度もうなずいている。
と、そのような読書体験をしつつ、私の頭の中には雑念(かっこよく言えば連想)が飛び交っている。
一言で言うと、この本の中で引用・解説されている研究論文の著者の名前がすごく気になって(気に入ってしまって!)仕方がないのだ。
例えば今、DMMの発案者であるクリテンデン先生の名前をキーボードで打つと、
栗天電
と変換される。なんとなく、かわいらしい文字の並び。
すかさず、私の頭の中に、小さな、いが栗頭の、虎柄のパンツをはいた、雷さまの子どもが頭に浮かぶ。イメージはゴロピカドン(80年代にはやったサンリオキャラクター)だ。
こんな感じ。
いくつかの論文著者の名前も、(失礼ながら)とてもいい。とくに心惹かれるのは、共著論文。
クリテンデンとクルボットン(2007)
ランダとドゥシンスキー(2013)
マリンクロットとチョン(2014)
とか、もう思わず声に出して読みたくなる。そして、遠慮なく実際に声に出して読む。
なんかすごくいい。
ここで頭に浮かぶのは絵本やアニメの世界。
ぐりとぐら(そして、あの、フライパンに入った、大きな大きなカステラ)
バムとケロ(と、やまもりたくさんの、こんがりドーナツ)
トムとジェリー(と、フライパンで叩かれて小さくつぶれちゃったトム)
だるまちゃんとてんぐちゃん(が、楽しそうにじゃんけんしている表紙絵)
などなど。
そして、それに連なって出てくるのは、
保育園で絵本を読んだ時の景色とか、
家でテレビを見ていた時の部屋の中の様子とか、
そういえば、お母さんにゴロピカドンの手提げ袋作ってもらったなあ、とかそういう思い出だ。
こうやって、雑念を飛ばしながら、楽しく専門書を読んでいる。(「連想をうかべながら」といったほうがかっこよいのかも知れない)
絵本や子供時代の思い出が出てくるのは、これがアタッチメント(愛着)の本だから、ということも大いに影響あるだろう。ほかの本の時は、また別のことを考えているような気がする。
ただ、どんな本を読んでいてもこういうことが起こるかというと、そうではない。浮かんでくる雑念・連想の内容は様々だけれど、「どうもつまらないな」という本ではあまり起こらないと思っている。
本をどう読むか。
それは本来すごく自由なことだ。
途中でやめても、途中だけ読んでも、最後だけ読んでも、積読でも、斜め読みでも、じっくり読んでも、なんだっていい。
専門書だって何だって、好き勝手に、自由に、面白く、本を読みたいなあ、と思っている。
※DMMやアタッチメント理論について、しっかり知りたい方は、こちらのnote記事がおすすめです。
