映画日記 『侍タイムスリッパー』寅さん映画のような楽しい人情コメディだった
『侍タイムスリッパー』を配信で観た。
悪い人、いやな人が、一人も出てこない人情コメディで、それこそ寅さんの映画のように楽しい作品だった。
幕末の会津藩士がタイムスリップして、現代の京都撮影所に現れるというSF仕立てなのだが、過去に戻るために努力するとか、そういうことはなくて、主人公は現代に来っ放しで、現代に馴染んで、撮影所で斬られ役として成功していく、というハナシだった。
京都撮影所というのは、東映の時代劇専門の太秦撮影所だ。主人公が辿り着いた仕事が、斬られ役だから、その活躍するところは、時代劇だ。ところが時代劇は、今では衰退している。この映画には、時代劇を盛り上げたい、という熱意が充満している。
3年ほど前の朝ドラの『カムカムエブリバディ』では、3世代目のヒロイン川栄李奈が、京都の撮影所に勤めていた。やっぱり時代劇を盛り上げようという意識のあるドラマで、大部屋は、斬られ役の役者たちのたまり場となっていたのを思い出した。
『侍〜』の大部屋のテレビの脇には、伊丹十三監督作品のビデオソフトが並んでいて、それだけで伊丹ファンの私はウルっときた。
…しかし、なんでVHF なんだ? そういえばみんなガラ携だし。黒船来航140年って言ってたか。江戸幕府がつぶれて140年だったか?
黒船来航は1853年だから、140年足すと1993年だ。ウィンドウ95の頃は世の中にまだ携帯も普及していなかったから、明治維新の1868年に140年足して、2008年くらいが、この映画の時代設定だろうか。
2020年代の現在が舞台だと思って見ていたが、そうでないことに気がつくが、この映画を見ていたら、十数年の差は、誤差の範囲に思えてきた。
総製作費2600万円の低予算映画だと前振りがあったが、京都撮影所が全面協力しているので、時代劇の場面は、豪華ではないが、普通のテレビ時代劇と比べてもなんら遜色がなかった。自主製作映画の域をはるかに越えて堂々たる作品になっていたと思う。
とはいえ、ネットフリックなどのドラマに慣れた目には、現代の画面の貧弱さは否めない。低予算のテレビドラマというか、バラエティ番組の中の再現ドラマっぽい質感だった。
それでも、黒沢明の時代劇っぽい画面やセリフが出ると(私が勝手にそっちにこじつけて見ているだけな気もするのだが…)「おおっ!」とか声が出た。
物語の展開には、最初のタイムスリップというところをのぞくと、無理がなく、一つ一つに理由付けになる場面が押さえられていて、自然に流れていたように思う。それだけシナリオがしっかり練り上げられていたのだろう。もちろんツッコミどころはいくらでもある。だとしても、しっかりしたシナリオだと思った。
知っている役者さんが一人もいなかったが、ハナシが面白ければ、最後まで集中して見るのだ。それが映画だと強く思った。
ベタな展開、ベタなギャグにも、一々、涙ぐんでいる自分がいた。
実は私は、寅さんのような映画は苦手なのだが、本作では、しっかり感動して、グスグス泣いていた。それは、モノガタリに感動して泣いたのだし、役者さんたちの演技に泣かされたのだし、こういう映画が見られたことに感動して涙が出てきたのだ。
登場人物たちは、シンプルに善人で、困った人がいると普通に助けるし、努力をすればそれを誰かが見ていて、その努力は報われるのだ。そういった、少し前までは誰もが信じていた真っ当な価値観が、ストレートに表現された映画だった。
そういった真っ当だと思っていた価値観も、時代劇と同じように廃れているのだなと思った。現代の真っ当って、何なのだろうか?
