短編小説 : 先回りのエピローグ
その朝も、部屋の四方を囲むスクリーンは、目覚めると同時に淡い光を散らしていた。
「おはようございます。今日は朝から夕まで雨模様。どんより憂鬱なスクリーンに溶け込みたいあなたへ、雨色クルーネックカットソーにグレージュのサロペットなんてどうでしょう? 少し子供っぽいショートレインブーツを合わせて、水溜まりを見つけたら遊んじゃえって感じで」
スピーカーから流れるシステムの声は、角が全て削り取られていて心地よく鼓膜に染み込んでくる。ベッドで寝返りを打ちながら、少女は微睡む頭を画面に向けた。提示されたコーディネートはクローゼットの内側からその日の気圧、温度、湿度、そして彼女の深層心理が求める「ほんの少しの非日常感」を計算し尽くしたものだった。
「おはようPetit、提案ありがと。いいね、それ。よくわかってるじゃん」
スクリーンが淡く明滅してクローゼットが滑らかに開く。ワードローブが自動で並べ替えられて、一番手前に手触りの良いカットソーとサロペットがぶら下がっている。彼女はベッドから足をおろした。床暖房で適温に保たれているから足の裏が冷たさに驚くこともない。袖を通すと、思った通りにぴったりと馴染む。
玄関へ向かって、黄色いレインブーツの穴に足を落とした。外は予報通りの雨。けれど、不快ではない。静かな雨と重い雲は、彼女のサロペットとレインブーツを引き立てるために用意された、おあつらえのスクリーンだった。
「今日は喫茶Antoineのショートケーキをめっちゃ語りたい気分なの。誰がいい?」
「それなら2-Bの『八木ゆう』さんが適任です。彼女はAntoineのケーキフリークですから、きっと会話が弾むでしょう」
Petitの声が骨伝導で弾む。自動生成された定型メッセージが「八木ゆう」に送られて、昼休みの食堂の席が隣同士にリザーブされた。ついでにランチのメニューも予約しておく。いつもより少なめでお願いね。
トレイを並べ、わたしたちは出会うべくして出会った昔からの親友みたいにケーキの話題で盛り上がる。食堂の大きなモニターには、いつものことと誰も気にしなくなったストーカー被害のニュースが流れていた。
「映えもしないしバズりもしない、甘すぎの定番ショートケーキだけどそれが良いよね。甘さの罪に溺れる感じ?」
「それそれわかる。私らにとって甘味は酸素。無かったら生きてけないよ」
「ランチ、控えめにしておこう?」
「もちろん賛成。放課後はAntoineでケーキの海を泳ぐんでしょ?」
ゆうは笑った。わたしも笑った。初めて会ったのに鏡のようにぴったりなわたしたち。なにかのユニフォームみたいなゆうちゃんのコーディネートは、ちょっとどうかと思うけど。
手配通りの昼休みが過ぎて、約束の放課後が訪れる。二人は会話を途切れさせることなく店内へ滑り込み、呼び鈴を鳴らす。Petitは少しだけの会話の時間を計算した。解は8分。おしゃべり以外を食べたくなったタイミングで、ケーキが2つ運ばれてきた。
二人はあっという間に平らげる。ランチが控えめだったから、2つは全然いけるよね。なに言ってるの? 今日は3つ、いや4ついこうよ。二人で一つの笑いが跳ねる。なんでこんなに美味しいの? ひと口食べるごとに脳の報酬系が計算され、次のひと口の甘さが最適解へと更新され続ける。厨房にフィードバックされたPetitの出力は同時に入力となり、終わらない等式がスプーンを飽きさせない。
「そろそろ限界かな。さすがに」
「なんで? もっと食べようよ。今日のはすごく美味しいよ。半分あげるよ。もう一つ頼もう? 好きでしょ? 好きって言ってたよ。食べさせてあげる。わたしたち親友だものね。一緒にもっと食べようよ」
Petitは問いと解を回し続け、彼女は答えを受け取り続けていた。
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