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60代に大切なこと ─ 外部のものに一喜一憂するのはやめよう

何度読んでも難しい老子。
でも、荘子の具体例を参考にすれば、老荘思想が少しわかってきます。


道(タオ)を体得した人


『荘子』にこんな話があります。

肩吾けんごという人物が孫叔敖そんしゅくごうという、道(タオ)を体得したと思われる人物に尋ねました。

「あなたは三度、の国の宰相となり、三度、その地位を去った。
 そのことを栄誉とするのでもなく、地位を失っても気にするようすもない。
 いったい、どのような心の持ち方をしておられるのか?」

「自分の身の上に訪れることは退けられず、去るものは止めることができません。
 地位を得たり失ったりすることは自分の本質と関係がないと思っているので、それらによって苦しめられることはありません。
 果たして真の価値は宰相の地位という外部にあるのか、それとも自分にあるのか。
 外部にあるなら自分にないし、自分にあるなら外部にはありません。
(つまり、外部のものを気にしても仕方ないです)」

外部のものに一喜一憂


高い地位についたら喜び、その地位を失ったら悲しむのが人間というもの。

地位だけでなく、

お金
身の回りの物
人間関係

などでも、価値が高いとか、立派だとか、見た目がいいといったことの得失に一喜一憂します。

しかし、道(タオ)を体得した人は、そういった外部のものと自分を分けて考えるのです。
外部のものは自分の本質そのものではない、と。

何もためこまない


外部のものに振り回されなければ、失うことも恐れません。
外部のものを自分の価値そのものだと思わなくなると、「もっと持たなければ」という執着も弱くなります。

だから老子は言います。

「聖人は何もためこまない。
 ことごとく人にほどこす」

それによってどうなるか?

「自分はますます充実し、豊かになる」

60代は外部のものから自由になる年代


長年、

地位
名誉
貯え

などに固執し、

住宅

服装

などの見た目にもこだわってきたかもしれません。
でも、それらは自分の本質とは関係ないものばかり。

いつ尽きるかもしれない命を意識するなら、外部のものに自分の価値を預けて一喜一憂している時間がもったいない。
自分の人生を生きることが大事な時期にさしかかっているという気がしています。

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