イエス・キリストに招かれた日
今日は、イエス・キリストとの出逢いについてです。
私は長い間、ある深いヒーリング瞑想ワークの中で、「キリスト」を強く感じていました。
長年そこに携わってきましたが、ある時期に、私はそのワークの中で
「キリストの弟子になる」と、自分なりに決めたことがありました。
でも今振り返ると、それはまだ、自分の内側で体験していた出来事にすぎなかったと思います。
その後、現実の人生の中で、それが具体的な形になることはありませんでした。
しかし、その感覚自体が消えることはなく、私の中にたしかに強く残り続けていました。
そうして何年もの時を経て、私は50歳で乳がんという経験をすることになります。
その出来事を通して、イエス・キリストへ導かれました。
そのときは、それまでとは全く違う感覚で、たしかに強くイエス・キリストに “ 呼ばれている ”と感じました。
それは、とても霊的な感覚の中で感じたことでした。
自分の内側の、とても深いところに向けられた、確かな “ 呼びかけ ” のようなものでした。
乳がん告知をされた、たしか1週間後くらいに、私は
「残りの人生、キリストの道を歩もう」
「きちんと洗礼を受けよう」
という思いが与えられました。
ちょうどその頃に出会ったクリスチャンの方から、とても素敵な牧師さんを紹介していただきました。
そして実際にお会いし、その方から洗礼を受けることを決めました。
洗礼を受ける決断は、「乳がんになって追い詰められたから」とか、「すがるような想いで」というようなものでは決してありませんでした。
ただ自然に、自分の内側から、「そうしたい」という純粋な思いが湧いてきたのです。
実は私は、25年ほど前にも教会へ行ったことがありました。
その時にも洗礼を受ける機会はありましたが、私はその道を選びませんでした。
今思えば、当時はまだ「その時」ではなかったのだと思います。
そして四半世紀の時を経て、私は洗礼を受けました。
私にとって「洗礼を受けてクリスチャンになること」は、これまで歩んできたすべての時間の中で、長い年月をかけて静かに形になっていったものだったのです。
