🌃 彼女と話す夜、沈黙の向こうにあるもの
〜 舛添要一と片山さつきの場合 〜
〜 舛添要一と片山さつきの場合 〜
夜が更けて、論戦の残響が静まるとき、片山さつきはよく唐突に問いを投げてくる。
「ねえ、舛添さん、あなたは本当に、その時のご自身の『正論』を、心の底から信じ切ってるの?」
一瞬、息が止まる。
その問いは、かつて論陣を張った彼女特有の、優雅でありながらも鋭利な刃物のように響く。僕、舛添要一の思考の奥に沈んでいた“確信らしきもの”が、ここで再び公の場に引きずり出され、試されるような気がした。
「信じてるというより、過去のデータと論理で裏付けを確かめ続けてる感じかな」と答えると、片山さつきは微笑みをたたえつつ、
「つまり、まだ**『世論』という逃げ場を用意している**のね」と言い放った。
逃げてる——その言葉に、自身の政治信条の土台を揺るがされたような、図星を刺された痛みがあった。
彼女は僕の緻密な論理の、たった一点の綻びを見逃さない。
「舛添さんはよく**『国際社会において、国家とはこういうものだ』って言うけれど、それってご自身が『論理の鎧を着て守られたい』だけじゃない?」
僕は国際政治学の専門知識を盾に反論しようとして、やめた。言い返す言葉が、彼女の知性と経験の前に力を失う。たしかに僕の“国際社会の人間像”**は、僕自身の脆さを説明するための強固な盾になっているのかもしれない。
それを外してしまえば、残るのは、一政治家としての生身の信念だけになってしまう。
沈黙が流れる。
窓の外で風が立ち、日本の夜の街灯の光がカーテンを揺らした。
「考えることに疲れたら、ただ、あなた自身の心の声を『感じて』みたら?」と彼女が言う。
「**『世間の正しさ』よりも、『あなた自身の確かさ』を選ぶのよ。どちらも似てるけど、その『腹の括り方』**は、まったく違う。」
その夜、僕は何も答えられなかった。
ただ、片山さつきの言葉が、かつてのスキャンダルを乗り越えてきた彼女の強さの残響のように胸に残った。
世論の正しさではなく、個人の確かさ。
学者的な思考ではなく、政治家としての感覚。
理屈ではなく、二人の関係の中でだけ見える本質。
もしかしたら、彼女は、僕の中の「言葉にならない部分」、つまり**『政治家・舛添要一の原動力』**を見ようとしているのかもしれない。
ロジックの裏に潜む、まだ公には整理されていない、一人の人間としての情熱や、後悔や、野心。
そこにこそ、僕という人間の「ほんとう」が、そして次の政治的な一手が隠されているのだと
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