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「信頼しているから任せる」に騙されない ~親しい人ほど粗末に扱うモラハラ加害者~

「どうして、私にばかり仕事を頼むのだろう」

「信頼しているから」と言われれば、悪い気はしません。自分の働きが認められているようにも感じます。

「あなたにしか頼めない」
「一番話しやすいから」
「もう長い付き合いだから、分かるよね」
「いちいち説明しなくても、あなたなら動いてくれるでしょう」

そんな言葉をかけられ、少し無理をして引き受けた経験はないでしょうか。

最初のうちは、それほど大きな負担ではなかったかもしれません。困っているのなら助けよう。職場がうまく回るのなら、自分が少し頑張ればいい。そう考えて、快く引き受けたはずです。

ところが、一度引き受けると、次も頼まれるようになります。

急ぎの資料。
他人が終わらせられなかった仕事。
本来は上司が判断すべき問題。
担当者が処理するべきトラブル。
勤務時間内では到底終わらない量の業務。

気づいたときには、「頼まれる」というより、「やって当然」という扱いに変わっています。

以前は「助かるよ」と言っていた人が、感謝さえ口にしなくなる。こちらが忙しそうにしていても、気にせず新しい仕事を載せてくる。少しでも難色を示せば、あからさまに不機嫌になる。

それでもあなたは考えます。

「期待されているのだから、応えなければ」
「これまで引き受けてきたのに、今さら断るのは無責任かもしれない」
「自分が断ったら、ほかの人が困ってしまう」
「関係を悪くしたくない」

しかし、ここで一度立ち止まってほしいのです。

あなたは本当に信頼されているのでしょうか。

それとも、「断らずに動いてくれる人」として利用されているだけなのでしょうか。


「信頼」という言葉が、負担を押しつける道具になる

本来、職場における信頼とは、相手の能力だけでなく、事情や意思も尊重することです。

仕事を任せるなら、現在の業務量を確認する。必要な情報を共有する。期限や優先順位を相談する。相応の権限を渡す。成果を正当に評価する。

それが、信頼を土台にした仕事の任せ方です。

ところが、自己愛の強いモラハラ加害者が口にする「信頼」は、まったく違う意味で使われることがあります。

「頼めば断らない」
「多少無理を言っても従う」
「こちらが説明しなくても先回りして動く」
「失敗したときは責任を引き受けてくれる」
「不満があっても周囲には言わない」

つまり、相手の能力や人格を尊重しているのではありません。

自分にとって扱いやすいかどうかを見ているのです。

だから、仕事を引き受けている間は「信頼している」と持ち上げられます。しかし、限界を伝えた途端に態度が変わります。

「前はやってくれたよね」
「ずいぶん冷たくなったね」
「そんな人だと思わなかった」
「みんな大変なのに、自分だけ逃げるの?」
「期待していたのに残念だ」

これは、信頼を裏切られて傷ついているのではありません。

便利に使えていた相手が、自分の意思を示したことに腹を立てているのです。

モラハラ加害者の求める「親しさ」とは、心の距離が近いことではありません。自分の要求をどこまで押し通せるかという、支配の深さなのです。

親切にするほど、要求が増えていく理由

普通の関係であれば、親切にしてもらった人は感謝します。

「前に助けてもらったから、今度は自分が助けよう」
「これ以上頼んだら負担をかけてしまう」
「いつも引き受けてもらっているから、今回は別の方法を考えよう」

そのように、相手の善意を受け取るほど配慮が生まれます。

ところが、自己愛の強いモラハラ加害者には、感謝が積み上がりません。

積み上がるのは、「この人にはここまで要求しても大丈夫だ」という学習です。

一度残業して助ければ、次も残ると思われる。
休日に連絡へ対応すれば、いつでも返事をする人だと思われる。
急な変更を受け入れれば、直前に伝えても問題ないと思われる。
理不尽な言い方を黙って受け流せば、もっと強く言っても逆らわないと思われる。

あなたが差し出した親切を、彼らは「ありがたい行為」ではなく、「今後も利用できる条件」として記憶します。

だから、こちらが尽くせば尽くすほど関係が改善するとは限りません。

むしろ要求の基準が引き上げられていきます。

昨日までの特別な配慮が、今日からは最低限の義務になる。さらに応じなければ、「協力的ではない」「仕事への意欲がない」と評価を下げられる。

これは、非常に苦しい構造です。

一生懸命に働くほど負担が増え、応えきれなくなったときには、それまでの貢献までなかったことにされてしまうからです。

Aさんが「特別に信頼されている」と思うまで

Aさんは、職場で頼まれた仕事を断らない人でした。

ほかの職員が困っていれば手を貸し、急ぎの案件があれば自分の予定を後回しにしました。誰かのミスに気づいたときも、本人を責めるのではなく、黙って修正していました。

上司は、そんなAさんを何度も褒めました。

「Aさんがいると安心する」
「細かいところまで気づけるのは、Aさんだけだ」
「誰よりも信頼しているよ」

Aさんは、その言葉をうれしく感じていました。

忙しくても、自分の働きが認められている。自分は職場に必要とされている。そう思えたからです。

ところが、徐々に様子が変わっていきました。

上司は、自分が処理しきれなかった仕事までAさんに回すようになりました。説明は不十分なまま、「Aさんなら分かるでしょう」と言うだけです。

ほかの職員がミスをすると、なぜかAさんが対応を求められました。

「気づいていたなら、フォローしておいてほしかった」
「全体を見るのも、経験のある人の役割だよ」
「職場のことを考えたら、放っておけないでしょう」

Aさんの責任ではない問題まで、「気づける人が対処するべきだ」という理屈で押しつけられていきました。

ある日、Aさんはすでに複数の仕事を抱えていたため、追加された業務について期限の調整を求めました。

「今週中に仕上げるのは難しいです。ほかの仕事との優先順位を相談させてください」

すると、上司の表情が変わりました。

「最近、協力的じゃないね」
「前はそんなことを言わなかったのに」
「あなたを信頼して任せているんだけどな」

Aさんは戸惑いました。

断ったわけではありません。ただ、すべてを同時に終わらせることはできないため、優先順位を確認しようとしただけです。

それなのに、まるでAさんの人間性に問題があるかのように言われました。

このとき初めて、Aさんは気づきました。

上司が評価していたのは、自分の能力ではなかったのかもしれない。

どれだけ仕事を押しつけても、黙って引き受けるところを評価していただけなのかもしれない。

「信頼している」とは、「あなたの意思を尊重する」という意味ではなかった。

「自分の思いどおりに動いてくれると信じている」という意味だったのです。

モラハラ加害者は「役に立つ人」を囲い込む

自己愛の強いモラハラ加害者は、誰に対しても同じ態度を取るわけではありません。

強く反論する人。
記録を残す人。
上層部とのつながりがある人。
自分の要求をはっきり断る人。
理不尽な言動を周囲に共有する人。

このような相手には、慎重に接することがあります。

一方で、真面目で責任感が強く、周囲への配慮ができる人には、少しずつ要求を増やします。

最初から大きな無理を言うとは限りません。

小さなお願いから始めます。

「今日だけ手伝ってくれない?」
「少し確認してもらえる?」
「ついでに、これもお願いできる?」
「あなたのほうが得意だから」

相手が応じると、次は少しだけ負担を増やします。

この繰り返しによって、「どこまでなら抵抗されないか」を探っていくのです。

そして、十分に囲い込んだと判断すると、お願いは指示に変わります。指示は命令に変わり、最後には、やらないことを責められるようになります。

初めは善意で引き受けたはずなのに、いつの間にか義務にされている。

これが、モラハラ関係の恐ろしいところです。

「あなただから頼む」の裏側にあるもの

「あなただから頼む」

この言葉には、人を動かす力があります。

能力を認められたように感じますし、特別な存在として見てもらえているようにも思えます。

もちろん、本当に信頼したうえで仕事を任せている人もいます。すべての依頼を疑う必要はありません。

大切なのは、言葉ではなく、その後の扱いを見ることです。

本当に信頼しているなら、断る自由があります。

本当に尊重しているなら、事情を説明したときに調整が行われます。

本当に能力を評価しているなら、成果に見合った評価や権限が与えられます。

しかし、断ったときに不機嫌になる。罪悪感を植えつける。過去の貢献を無視する。周囲に「協調性がない」と言いふらす。

そうであるなら、そこにあるのは信頼ではありません。

相手を従わせるために、耳ざわりのよい言葉を使っているだけです。

「信頼」という言葉が使われていても、実際に行われていることが一方的な負担の押しつけなら、言葉より行動を信じてください。

なぜ被害者は、なかなか気づけないのか

利用されているのであれば、すぐに断ればよい。

外から見れば、そう思うかもしれません。

しかし、実際には簡単ではありません。

モラハラ加害者は、最初から相手を粗末に扱うとは限らないからです。

初めは評価し、頼り、感謝します。ときにはほかの人より親しげに接し、「自分はこの人に認められている」と思わせます。

その状態から、少しずつ扱いを変えていきます。

だから被害者は、以前の関係を取り戻そうとします。

「自分の働きが足りなくなったのかもしれない」
「もう少し頑張れば、また認めてもらえるかもしれない」
「最近の自分の態度に問題があったのだろうか」

そう考え、さらに無理を重ねてしまいます。

しかし、問題は努力不足ではありません。

加害者が求めているのは、対等な協力関係ではなく、自分の都合を優先してくれる状態です。

どれほど努力しても、要求には終わりがありません。昨日より頑張れば、今日からはそれが基準になります。さらに頑張れば、次はもっと多くを求められます。

この構造の中で、「十分に応える」という到達点は存在しないのです。

限界を伝えた途端、悪者にされる

モラハラ関係の本質は、被害者が境界線を示したときに表れます。

「今日は対応できません」
「その仕事は私の担当ではありません」
「この量では期限内に終わりません」
「そのような言い方はやめてください」
「今後は正式な手順で依頼してください」

これらは攻撃ではありません。

自分の業務や健康、尊厳を守るための当然の意思表示です。

ところが、加害者はそれを「反抗」と受け取ります。

それまで黙って従っていた相手が、自分の判断で動き始めたからです。

その結果、被害者を悪者に仕立てようとすることがあります。

「急に態度が変わった」
「扱いにくくなった」
「周囲への配慮がない」
「自分の仕事しか考えていない」
「信頼していたのに裏切られた」

しかし、変わったのは被害者の人格ではありません。

一方的な要求を受け入れ続ける状態から、自分の意思を持つ状態に戻ろうとしているだけです。

加害者が怒ったからといって、あなたの境界線が間違っているわけではありません。

むしろ、その怒りこそが、それまでの関係が対等ではなかったことを示しています。

本当の信頼は「断れる関係」に表れる

職場の人間関係において、本当の信頼は何でも引き受けることではありません。

無理なものは無理だと伝えられる。
分からないことは分からないと言える。
意見が違っても、人格を攻撃されない。
失敗しても、必要以上に責められない。
困っているときには、負担を調整してもらえる。

このような関係があってこそ、人は安心して力を発揮できます。

断れない関係は、信頼関係ではありません。

断れば評価を下げられる。
異論を述べれば排除される。
体調が悪くても仕事を押しつけられる。
相手の機嫌を損ねないよう、常に顔色をうかがう。

それは協力ではなく、服従です。

「信頼している」と何度言われても、あなたの意思が尊重されていないのであれば、その言葉を額面どおりに受け取る必要はありません。

利用される状態から抜け出すために

では、どうすればよいのでしょうか。

いきなり強く拒絶する必要はありません。相手が攻撃的な人物であるほど、安全を確保しながら少しずつ対応を変えることが大切です。

まず、すぐに返事をしないことです。

頼まれた瞬間に「分かりました」と答えるのではなく、現在の業務量や期限を確認します。

「予定を確認してからお返事します」
「今抱えている仕事との優先順位を確認させてください」
「私が担当する場合、どの業務を後ろにずらしますか」

このように、引き受けるかどうかを自分で判断する間を作ります。

次に、曖昧な依頼を具体化します。

誰が責任者なのか。
期限はいつなのか。
どこまで行えば完了なのか。
現在の業務と、どちらを優先するのか。

これらを確認すると、加害者が責任だけを押しつけることが難しくなります。

可能であれば、口頭だけで終わらせず、メールや業務上の連絡手段に残してください。

「先ほどご依頼いただいた件について確認します」
「現在、AとBの業務を進めています。今回のCを優先する場合、Bの期限を変更するという理解でよろしいでしょうか」

こうした記録は、単なる証拠づくりではありません。業務上の責任と判断を明確にするためにも必要です。

そして、相手の機嫌と自分の責任を切り分けてください。

こちらが正当な確認をしただけで不機嫌になるのは、相手の問題です。その不機嫌を解消するために、また無理を引き受ければ、以前の関係に戻されてしまいます。

あなたの親切は、誰かに使い潰されるためのものではない

真面目な人ほど、自分が引き受ければ職場が回ると考えます。

責任感のある人ほど、途中で投げ出すことに罪悪感を抱きます。

優しい人ほど、断った後の相手の表情まで気にします。

だからこそ、モラハラ加害者に狙われやすいのです。

しかし、あなたの親切は、誰かが無制限に使ってよいものではありません。

一度助けたからといって、次も助ける義務はありません。

過去に引き受けたからといって、今後も断れないわけではありません。

期待されたからといって、自分の健康や生活を犠牲にする必要もありません。

あなたが限界を伝えたことで壊れる関係なら、もともとその関係は、あなたの我慢によってしか維持されていなかったのです。

「必要とされている」と「利用されている」は違う

仕事を任されることと、仕事を押しつけられること。

頼られることと、依存されること。

信頼されることと、逆らわない人として扱われること。

これらは、よく似て見えます。

違いは、あなたの意思が尊重されているかどうかです。

断っても関係が変わらないなら、信頼です。

相談によって負担が調整されるなら、協力です。

成果が評価され、責任が適切に分担されるなら、正当な依頼です。

一方で、断れば責められ、負担だけが増え、責任まで押しつけられるのであれば、それは利用です。

「信頼しているから」という言葉に、あなたの判断を明け渡さないでください。

見るべきなのは、きれいな言葉ではありません。

その人が、あなたの都合を確認するか。
あなたの拒否を認めるか。
あなたの負担を減らそうとするか。
あなたの働きに感謝し、正当に評価するか。

親しさとは、遠慮なく人を使えることではありません。

本当に信頼している相手ほど、粗末には扱えないはずです。

もし今、あなたが「信頼されているはずなのに苦しい」と感じているなら、その違和感を無視しないでください。

あなたが弱いから苦しいのではありません。

信頼という言葉を使って、一方的な負担を受け入れさせられている可能性があります。

まとめ

あなたには、仕事を選ぶ権利があります。

無理な要求を断る権利があります。

自分の負担について相談する権利があります。

そして、親切にした相手から、敬意をもって扱われる権利があります。

誰かの期待どおりに動き続けなくても、あなたの価値は失われません。

「都合のいい人」をやめることは、冷たくなることではありません。

自分を一人の人間として、正当に扱い直すことなのです。

❑職場いじめ、パワハラ・モラハラには構造があります。その構造を知り、被害を根本的に終わらせるための内容をまとめました。800人以上の被害者の支援をしてきて導き出した答えです。


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