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【小説】おもて帽子 その1 誰そ彼時 【完結】

あらすじ

少女は「おもて帽子」と呼ばれる帽子を被り、黄昏の世界を旅する。
それは、生と死の狭間の世界だった。
魂が死の世界に向かう前に「おもて帽子」に救われた少女は自分がなぜ死を選んだのか忘れていた。
黄昏の世界にある唯一の街で、その場所にとどまることを選択した魂と交流しながら、少女は「おもて帽子」と共に、いずれ「選別」によって消える運命である”救われない魂”を救っていた。
そんな中、憔悴しきった魂を「エレシュキガル」と名付け、「エレシュキガル」の魂の救済のために調査に乗り出す。
やがてそれは少女の記憶と、この世界の秘密に繋がっていく。






 人の生き方に価値や意味を見出すこと。
 先人たちがどれだけそれに意味がないのだと説いてきても、人々はその悪夢から逃れられない。
 生きる意味、死ぬ意味、生まれた瞬間、死ぬ瞬間、そして死んだ後……。
 何も決まっていないのに私たちは怯え続ける。
 何も決まっていない世界で、うとうとと微睡む。
 少し体調が悪い日に、うとうととしている時に見る、白昼夢のような微睡に私たちは囚われ続けているのだ。

 あの日、私はその白昼夢から解放された。
 人はそれを自殺と呼ぶ。
 白昼夢の中で私たちは、飛び降りというものにもおかしな幻想を抱く。
 飛び降りれば全てが楽になるという、これもまた何の根拠もない幻想だ。
 私は落ちていって死ぬはずだった。
 白昼夢から逃れて、闇の中に落ちていけるはずだった。

 私は死ねなかった。
 こういうものを最近の世界では、異世界転生ものとでもいうのだろうか?
 ただし、少し違う。私は転生したわけではない。
 生きることも死ぬこともできなくなった。
 私は魂だけを拾われ、肉体を離れ、現世とあの世の間にある川に連れて行かれた。
 何もない、黄昏時が広がるその川で、私は私の姿のまま、白昼夢ではない世界に放り込まれた。

「生きていくってそんなに辛いことかい?」
 それは皮肉混じりの声だった。優しさを感じさせない、侮蔑が少しこもっているようなイラつく声だった。
「こんな世界に放り込まれた方が幸福だったと感じているかい?」

 説教くさい声は少しヘラヘラ笑っている。
「あそこじゃない場所に行ければ、自分じゃない誰かになれれば、君は満足だったかい?」

 何かを思い出そうとしても、何も思い出せなかった。
 今ではもう慣れてしまった。
 私は自分から落ちていったこと以外の記憶が残っていない。
 この声の主に封じられている。

「君が落ちていくことを選んだこと、それを後悔するまで俺の説教でも聞いてればいいさ」
 これは頭の上からする。私の頭の上に、気づけば帽子を被せられていた。
 よくゲームや漫画、おとぎ話に出てくるような、魔法使いの帽子だ。

「それが私への罰なのか?」
「罰なんてそんなわかりやすいものじゃないさ」

 帽子は私を常に馬鹿にしていた。この態度は今でも変わっていない。
「この世界は基本的に曖昧なんだ。人は皆、ここを夢の中で訪れて、通り過ぎていくだけ。
 もしくは生まれて死んでのタイミングで、少しだけ立ち止まるだけ。

 だから、明確な形なんてないし、留まっているものなんていない。
 でも君のような白昼夢に疲れたものには、こういう場所が必要だと思ったのさ」

 君は死んでも救われないと思ったんだよ」

 帽子ははっきりとそう言った。

「死んでも救われない奴が、ここでどうやって救われるのかを知りたくなったんだ」

「それが答えになっているとおもってるの?」

 現実だったら絶対に関わりたくない類の存在だった。
 ただわかっている。
 こいつは現実世界で関わることがない存在だということを。
 ヘラヘラ笑う帽子は当たり前のように私の頭から離れなかった。
 生きていた時のことははっきりと思い出せない。
 ただ、ここではないどこか、自分ではない誰かになりたかった。
 どうしてそれを思ったのかさえ、思い出せなくても、心の中にその意識がこびりついている。

 とりあえず私は歩き出した。
 永遠の黄昏時の、川しかない景色を。
 川の水は生暖かく、夕陽に染まる色と合わさって人肌のように感じた。

「救われるって言っても、誰も何もないじゃないか」
「人じゃないものなら、たくさんこの場所にとどまることもあるさ。まずはそこに連れていってやるよ」

 帽子と私は思考が繋がっているらしく、その言葉は私に確信を与える。
「俺はこの世界じゃ”おもて帽子”と呼ばれている。だが、これからその名前はお前が名乗るといい」

「お前はこの世界から元の世界に帰らないといけないからな」

 私に拒否権はないようだった。
 この日から私は”おもて帽子”に憑かれた存在になった。

 霧に囲まれ、川しかない世界で、私は彼に拾われた。
 それが救いだったのか、罰だったのか、今だに私はわからない。


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