「もっと人を頼ればいい」と言われても、頼り方がわからなかった。
私は昔から、ひとりで頑張る癖があります。
困ったことがあっても、
まず自分で考える。
しんどくても、
できるところまで自分でやる。
誰かに「助けて」と言うのは、
もう無理だと限界を感じた時。
だから時々、
「もっと周りを頼ったらいいのに」
と言われることがあります。
でもね、頼り方がわからないんです。
逆に、何を、どこまで頼っていいんですか?
教えてもらいたい。
昔、頼りすぎたら、無責任と言われ、
質問しまくったら、少しは自分で考えろと言われ…
そういうこともあり、私はどんどん、
「自分のことは、自分でなんとかする」というやり方が身についてしまいました。
そして、それで頑張っていると、
今度は、「なんか、しんどそう」と言われたりする。
いやいやいや!!
こっちは頑張っとんねん!
どないせぇっちゅーんじゃい!
頼れと言われても、
その頼り方が分からへんのじゃーい!
そんな感じでした。笑
「頼る」を0か100で考えていた
今思えば私は、
「人を頼る」ということを、
ものすごく大きく考えていたんだと思います。
自分の代わりに何かをやってもらう。
困っている自分を助けてもらう。
答えを教えてもらう。
問題を解決してもらう。
そんなイメージが強かった。
だから、頼りすぎて怒られ、
結果的に頼ることに抵抗を持つようになりました。
自分のことなのに、
誰かに答えを出してもらうのは違う。
自分の問題は、
自分で解決しないといけない。
そう思っていたんです。
それとは別に、何かをお願いしたときに、
自分が求めていたものとは違うものが返ってきた経験もありました。
「それなら、自分でやった方が早い」
そんな経験が重なって、
ますます人に頼らなくなっていったんだと思います。
誰かに相談するときでさえ、
無意識に、「自分が欲しい答えをくれそうな人」を
探していました。
だから、そういう人が周りにいなければ、
結局またひとりで考える。
そして、自分の中だけで、
なんとか答えを出そうとする。
私はずっと、自分でやるか、人に任せるか、
その二択で考えていたのかもしれません。
答えをもらう必要はなかった
少し前に、
人との関わりの中で、
かなりモヤモヤする出来事がありました。
今回も最初は、
いつものように自分の中で考えていました。
「私が我慢すればいいのかな」
「もう少し頑張ればうまくいくのかな」
そうやって、なんとか自分の中で折り合いをつけようとしていました。
でも、本音では全然そう思っていない。
だから当然、モヤモヤは消えません。
結局、自分の気持ちを相手に伝えることになり、
そこからいろいろとやり取りをしました。
その中で、ある人から連絡をもらって、
私とは少し違う考え方を聞くことになりました。
聞いたときは、
「あぁー、そういう考え方もあるのか…」という感じ。
別に、
「それ正解!私もそうする!」となったわけでは
ありません。
その意見に
全部納得したわけでもない。
ただ、
自分だけで考えていたときにはなかった考えが、
ひとつ増えた。
それだけです。
でも、頼るって、それだけでもよかったんです。
私は今まで、誰かに相談するなら、
何か答えをもらわなきゃ。
解決しなきゃ。
その場で
「じゃあ私はこうします」と決めなきゃ。
そんなふうに思っていました。
だから相談すること自体が、
すごく重かったんだと思います。
でも、聞くだけでもよかった。
相手の考えを知って、
「私はそれとは違うかな」と思ってもいい。
「ちょっと考えてみようかな」でもいい。
実際に今回、
「少し時間を作って考えたい」と伝えました。
すると、
「大切なことだから、焦らずゆっくり考えてね」
と言ってもらいました。
そのとき、
別に、今すぐ決めなくてもいいんや。
って、少し気が楽になったんです。
人に頼るって、
答えを決めてもらうことじゃなかった。
自分の代わりに
全部やってもらうことでもなかった。
ただ、
自分だけで考えていたところに、
ちょっと別の考えを入れてもらう。
それくらいでもよかったんです。
Destiny Matrixにも「頼ることのバランス」と出ていた
今回のことがあって、
ふと思い出したものがありました。
以前、自分のDestiny Matrixの
人間関係について読み解いたとき、
こんなことが書かれていたんです。


「本音を隠す」
「一人で抱え込む」
「相手の気持ちを考えすぎる」
そして、
「自分が我慢すればうまくいく」と考え、
一人で問題を解決しようとしてしまう。
さらに、責任感が強いぶん、
「弱音を見せてはいけない」
という思い込みにつながることもある、と。
今回のことがあったあとで読み返して、
「……そのまんまやん」と思いました。笑
そして、
幸せな関係を育てるための鍵として
書かれていたのが、
「頼られること」と「頼ること」のバランス。
これも、
今なら以前とは違う意味で分かります。
私は、人から頼られることには
あまり抵抗がありません。
相談されたら一緒に考えるし、
自分にできることがあればやろうとする。
でも反対に、
「ちょっと聞いてほしい」
「これ、どう思う?」
「今ちょっとしんどい」
と、自分から言うことはほとんどなかったんですよね。
だから今回、「人に頼れない私を直さなきゃ」
ということではなくて、
自分で考える力も持ちながら、
必要なときには人の力も借りる。
そのバランスを
覚えていけばいいんだと思いました。
自分でやることもできる。
でも、全部を自分で抱えなくてもいい。
頼られるだけじゃなく、自分から頼ってもいい。
たぶん私は、
その間の選択肢を
ほとんど持っていなかったんだと思います。
Destiny Matrixって、
「あなたはこういう人です」と決めつけるものではなくて、自分の経験と照らし合わせながら、
「私はここに偏りやすいんだな」と気づくためにも
使えるんだと、改めて感じました。
そして、その性質をなくすのではなく、
どうバランスを取っていくか。
今回はまさに、
その意味が少し分かった出来事でした。
Destiny Matrixについては、
こちらの記事に詳しく書いています。
▼ 才能・お金・恋愛・人生の流れまで。Destiny Matrixでわかること
今回、
もうひとつ自分の中で大きかったことがあります。
母に、「今ちょっとしんどい」と話せたことでした。
私は昔から、あまり弱音を吐きませんでした。
というか、弱音を見せることが怖かった。
一人っ子だったこともあって、
「自分のことは自分でやらなきゃ」という感覚が、
いつの間にか強くなっていたんだと思います。
でも本当は、
もっと前から、「助けて」と言いたかった。
今回、母に何かを
解決してもらったわけではありません。
ただ、伝えてみただけ。
少し弱音を出してみただけ。
それでも思ったより楽になりました。
そこでようやく、
人を頼るって、もっと軽くてよかったんだな。
と思えたんです。
「ちょっと聞いて」
「これ、どう思う?」
「今、少ししんどい」
「ちょっと手を貸してほしい」
そのくらいでもいい。
人に頼るって、
全部を相手に渡すことではない。
責任を放棄することでもない。
自分でやることと、
人に頼ることの間には、
もっとたくさんの選択肢がありました。
そして、
自分だけで考えていると、
どうしても自分が知っている世界の中でしか
答えは出てきません。
だから、
もう少し自分の可能性を広げたいとき。
自分の枠の外も少し見てみたいとき。
誰かに、「どう思う?」と聞いてみてもいい。
返ってきた答えを採用しなくてもいい。
納得できなければ、それでもいい。
一度持ち帰って、「私はどうしたい?」と考えればいい。
最後に決めるのは、ちゃんと自分です。
42歳になってようやく、「人を頼る」の意味が、
少し分かった気がします。
もし、「もっと人を頼ったら?」と言われても、
そもそも、どう頼ったらいいのか分からない。
そんな人がいたら。
いきなり大きなことを
お願いしなくてもいいのかもしれません。
まずは、「ちょっと聞いてくれる?」くらいから。
私も、そこから始めてみようと思っています。
Harmoniérでは、
「感覚・才能・行動を調和させ、その人らしい豊かさを育てる」ことをテーマに、日々の気づきを綴っています。
また気が向いたときに、
読みに来てもらえたら嬉しいです。
