「シッダールタ」世田谷パブリックシアター制作(@世田谷パブリックシアター)原作:ヘルマン・ヘッセ、脚本:長田育恵、演出:白井晃、(草彅剛:出演)
「シッダールタ」世田谷パブリックシアター制作(@世田谷パブリックシアター)原作:ヘルマン・ヘッセ、脚本:長田育恵、演出:白井晃、(草彅剛:出演)
クリスマスに高校の友人と忘年会をするために東京へ行くことにした。20代前半からやっている早川さんが営む新宿のバー「bura」へ訪問するというのが主な理由。せっかく行くのだから何か観劇したいと思い、マチネの公演を探したら長田さんが脚本を書かれているこの公演のことを見つけた。前日にネット予約をしたら当日引換券が取れるという情報があり、確保できた。なんと整理番号「1番」!しかし、12時に劇場に行かなければならないと引換券を発行してから知ることとなった。劇場に電話すると、12時を過ぎてからくると、整理番号は、1番ではなくなるとのことだった。新幹線で安く行ける「ぷらっとこだま」をすでに予約しており変更が出来ない。どう見ても12時20分くらいになることがわかった。結果、12時20分に世田谷パブリックシアターに到着。立見席があるということで立見席を確保!休憩入れて上演時間2時間20分ということで1幕1時間くらいなので、立ち見でもまったく問題なく、むしろ近くで俳優さんたちを見ることが出来た。
ヘルマン・ヘッセの原作だという!ヘッセと言えば「車輪の下」。高校生の夏休みの読書感想文で「車輪の下」を読んで書いたことを思い出した。それ以来ヘッセの小説は呼んだことがない!教条的で道徳的な小説だったな!というような高校の記憶がある。その感じがある種の上から目線の権威主義みたいなものに重なって見えて、自由が拘束されるように感じたのが当時の私だった。今読むとまた、まったく違う感想を持つのかもしれない。そんなキリスト教の倫理はこうあるべきだ!というような「車輪の下」を書いていた作家が、インドを旅するバラモンの青年の遍歴を描いた「シッダールタ」を執筆していたなんて!東洋思想に何らかの魅力を感じたのか?西洋思想だけでは語れない世界が確かにあり、足りないものが東洋思想の中にあるのか?その哲学の根源的なことを、長田育恵はシッダールタの遍歴の物語として演劇的に構築された。難解な物語なのかもしれないが、それがこうした演劇になることによって直観的に見ることが出来るようになる。それは、演劇人の魂がそうさせるのか?日本の演劇界でトップクラスの演出をされている白井晃の手業によって、観客は自然とその劇世界の中に入ってしまう。なので、後半の1時間はあっと言う間に終わってしまった。
バラモンの階位を投げ捨て自ら修行の旅に向かうシッダールタ(草彅剛)、彼と行動を共にする仲間のゴーヴィンダ(杉野遥亮)。この2名が出演しているからなのか?観客の9話位以上が女性だった。男性トイレはガラガラ!女性トイレは長蛇の列。そして、シッダールタは修行の意味に疑問を持つようになる。修行僧の先輩の教えは果たしてブッダが考えていたことなのか?実は、このようなことはイスラム教やキリスト教にも起きている。創始者の純粋な考えが宗教組織が編成されることによって、その純粋さが組織の論理に置き換わってしまう、ということ。シッダールタはそこに純粋な違和感を抱いたのだろう!
これを見ていて先日まで読んでいた沢木耕太郎がお書きになったノンフィクション小説(?)と言えばいいのかラマ教の僧侶の姿で中国からインド、チベットを放浪した西川一三の巡礼を描いた「天路の旅人」のことを思い出していた。
そして、同時に遠藤周作の遺作となった「深い河」についても思い出した。「深い河」はキリスト教の牧師となった日本人が晩年、インドのバラナシで死体焼却のお手伝いをして生を終えるというもの。遠藤周作の中にはキリスト教も仏教も、ヒンズー教も宗教の考えていることは同じなのではないか?ということ。その根源のことが「深い河」では描かれ、ヘッセも「シッダールタ」の創作でそのようなことを考えながら書いていたのだろうか?
今回も膨大な文献を読み込んで長田育恵さんが深く届く劇作を構築されている。シッダールタは途中、修行に疑問を感じて世俗に身を投じる。高級娼婦である瀧内公美演じるカマラ―に溺れ性愛の虜になる。カマラ―と会うには多額の金貨が必要!シッダールタはその地の商人に弟子入りし、その才覚で大金を得るようになるのだが、そのすべてを何の躊躇もなくカマラ―に貢いでいく。シッダールタは商才があり、先を読むことが出来る。先物取引のようなもので利益を得るシーンが登場する。そのあたりの描写がリアルでいい!
草彅の声がいい!瀧内の声がいい!声を感じることも観劇の大きな魅力の一つだろう。
カマラ―はその後シッダールタの子を宿すのだが二人は離れ離れになる。こうした、ややこしそうな物語をうまく整理してわかりやすく提示しながらしかも面白く見せてくれる長田育恵の才能!長田の師となる井上ひさしの言葉「むずかしいことをやさしく、やさしいことをふかく、ふかいことをおもしろく、おもしろいことをまじめに、まじめなことをゆかいに、そしてゆかいなことはあくまでゆかいに」を、まさに体現しておられる。
美術。山本貴愛の手になる半円球になったセットは圧巻、砂と木が効果的に配置され砂が飛び散る姿が演劇的!
そして、あの三宅純さんが音楽を担当されている。ヨーロッパからリモートでの仕事だったのか?インドのシタール?の音色などと三宅さんらしい現代的な音が混ざり合ってとてもスタイリッシュでチカラ強いサウンドデザインとなっていた。
そして、最後にシッダールタはありのままの世界をすべて受け容れていったのか?インクルージョンという言葉が良く使われるようになったが、その言葉こそが究極の姿なのか?などということを、考え続けるきっかけを与えてくれる舞台だった。東京の公演でオールスタンディングオベーションをこの日、久しぶりに体験した。そういう私は、立ち見席だったので、常にスタンディングだったのだが。(笑)
12月27日まで、その後1月10日から18日まで兵庫県立劇術文化センターでの公演がある。



ちなみに世田谷パブリックシアターのあるキャロットタワーの2階にあるTSUTAYA書店が2026年の1月14日で閉店するらしい!時代の流れとは言え、残念。

