太陽を見ていて、父を思い出した話
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1週間ほど真夏のように暑かったのに、ここ2,3日は、妙に気温が低い。
慌てて洋服を着こみ、最近、日光が入らないように降ろしていたブラインドを上げました。
夕方、少し晴れ間が見え、太陽の光が差し込むと、さーっと部屋が明るくなり、太陽の熱を感じました。
あーあったかい。
真夏日和の日は、あれほど太陽の熱と光を忌み嫌って避けたのに。
ほんの数日で、こんなに恋しくなるとは。
おかしなもんですね。
なんか、親みたいだな、とふと思いました。
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アル中で、すぐ大声で怒鳴り、私の頭をげんこつでゴツンと殴る父。
何回、怖くて泣いたか。
私が反抗期の頃は、2年くらい、口もきかなかった。
それでも、小さなころは、お前が男だったらなと前置きはするものの、スケートに連れて行ってくれたり、海釣りに連れて行ってくれたりしました。
女の子の喜びそうな場所は、皆目知らない父ですので、ほぼ、息子扱いでしたけどね。
私も、自分が、あんまりレディだと思ってなかったもので、海釣りのぐねぐねした虫を釣り針につけてもらっては、一生懸命、釣竿を振っておりました。
釣れるのは、小さいフグばっかりで。
ふくれてかわいいんだけれども、これは喰えん、と言われ、いつも海に帰してやったものです。
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理不尽な扱いはさんざん受けたし、酒ばっかり飲むし、とても、お友達のウチにいる、やさしいダディとは比べ物にはならないけれど。
認知症になってからは、いくぶん、聞き分けも良くなり、おしもの失敗も、食べこぼしを片付けるときも、子ども時代に殴られている時よりは、幸せを感じたものです。
ここまで弱ってしまった父を見て、幸せを感じるというのも、妙ですが。
親と子、という役割を終えて、ひとりの人間同士、初めて心が触れ合った気がしたんです。
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好物を作ってあげれば、にたにたと嬉しそうに笑い、粗相を片付けてあげるときは、申し訳なさそうに縮こまる姿が、なんかかわいくてね。
父も、親であらねばならない、と、役割を背負っていた部分があるのかもしれません。
認知症は、親である、という役割を父から奪いました。
いや、親には変わりないんですけれども、親らしくしなければならない、という気負いはなくなりました。
その分、素直になったんでしょうね。
そりゃあ、イライラするし、腹の立つこともあるし。
認知症の父がいたせいで、できなかったことも、諦めたことも山ほどあるけど。
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3回忌を迎え、母とは父の思い出話。
お骨をきれいなガラスケースに入れて、ウチにおまつりしているので、墓参りは、ウチの仏壇です。
無宗教で、送ったので、3回忌は、父のお骨を前に、食事会を開きました。
小さな七宝焼きのコースターに、父の分のお茶と料理。
介護は、しんどかったし、腰を痛めるし、たくさんの体液にまみれるし。
きれいごとではないけれど、今は、楽しい思い出しかない。
離婚したおかげで、婚家に気遣いすることもなく、10年、父を看ることができて、私は満足感でいっぱいです。
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自慢の娘に看てもらえて、お父さんは幸せやったと思うよ、と母。
あんただけは嫁にやらんって、赤ちゃんのころは、そりゃあ、かわいがっていたんだから!ですって。
あれだけ、殴っておいて、かわいがっていただと?
まあ、小さい頃は遊びに連れて行ってもらった思い出もあるし。
私も反抗期バリバリだったけれども。
お互いに、未熟やったんかな。
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夏の間は、あれだけ忌み嫌われる太陽。
少し、肌寒くなると、今度は乞われるようになる。
そばにいて、父と娘の役割を果たしている時は、お互い、ぶつかってばかりだったけど。
認知症で、親子の役割がなくなり、ひとりの人間同士として、生身の付き合いができるようになり。
そして、天に召されてからは、楽しい思い出となった父。
お日様みたいだね。
夏の間は、殴られたり。私が家出したり。泣いて抗議したり。
父も、酒におぼれて、大声で怒鳴って。静かになったと思ったら、玄関で寝てたり。
やがて冬が来て。父の人生は終わり。
今は、母と、お父さんはこうだったね、とお茶の時の思い出話になっている。
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お父さん。そっちで、どんなふうに過ごしてる?
もう、酒におぼれたらあかんよ!
今日はこの辺で。おしまい。
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