高校野球はレギュラーになれた人間だけが「勝ち組」なのか
「甲子園に出たの?」「背番号は何番だったの?」
高校野球をやっていたと話すと、社会に出てからもよく聞かれる質問です。世間の目はどうしても「結果」や「背番号」などにいきますし、当時は自分たちもそれがすべてだと思って白球を追っていました。
私は高校時代、埼玉の強豪校である春日部共栄高校で野球をしていました。 2005年の夏、チームは甲子園に出場し、ありがたいことに私もベンチ入りを果たすことができました。しかし、自分たちの代(最高学年)となった翌年の夏は、埼玉県大会ベスト8でサヨナラ負け。相手はのちにヤクルトスワローズへドラフト1位で入団する増渕投手を擁する、鷲宮高校でした。
あれから長い年月が経ちました。 同期や後輩、チームメイトの中で、高校卒業後も野球を続けたのはおよそ6割ほど。残りの人は別の道を歩み、今ではそれぞれがビジネスパーソンとして社会の最前線で戦っています。
大人になり、多様なキャリアを歩む元球児たちと仕事現場で再会する中で、私はある大きな気づきを得ました。
「高校野球の勝ち組って、本当にレギュラーだった奴らなのだろうか?」と。
「ハード面」の栄光と、「ソフト面」の資産
試合に勝った、負けた。 甲子園に出た、出られなかった。 レギュラーだった、ベンチ外だった。
これらはすべて、人間でいう「ハード面(スペックや実績)」です。もちろん、厳しい練習を勝ち抜いてレギュラーを掴み取ったことや、甲子園という大舞台に立った実績は素晴らしいものです。
しかし、社会に出て本当にその人を形作り、人生を支えていくのは「ソフト面」——つまり、野球という競技を通して「どう自分自身や仲間と向き合ってきたか」という姿勢(あり方)ではないでしょうか。
ビジネスの世界でいろんな元球児と出会う中で、特に魅力的だと感じるのは、意外にも「3塁コーチャーを担当していた人」や「スタンドで声を枯らしていたベンチ外の人」たちなんです。
彼らと仕事をすると、共通して感じる魅力があります。
圧倒的に謙虚であること
人に優しく、思いやりがあること
見返りを求めず組織のために動ける「圧倒的なギバー(与える人)」であること
100人近くいる部員の中で、自分の役割を理解し、チームのために声を出して体を張り、泥臭いサポートに徹してきた。その過程で培われた「誰かのために動く力」や「人の痛みがわかる優しさ」は、ビジネスの現場において最強の武器になっています。彼らは組織の中で絶大な信頼を得て、実実的な成果をあげています。
「目立つこと」に囚われるリスク
一方で、これはあくまで私個人の解釈であり、全員がそうではないことを前提としてお話ししますが——現役時代にレギュラーだった人や、甲子園でスポットライトを浴びた人ほど、社会に出てから少し苦戦しているケースを散見します。
彼らは「目立つこと」や「華やかなこと」が好きで、自分の過去のブランドや「元・甲子園球児」「強豪校のレギュラー」というプライドを無意識に大切にしすぎてしまう傾向があるように見えます。そのため、地道な下積みを受け入れられなかったり、キャリアがなかなか定着しなかったりすることもあるのです。
現役時代の「ハード面」の栄光が大きすぎたがゆえに、社会人になってからの「ソフト面(人の話を愚直に聞く、裏方に回るなど)」の構築に時間がかかってしまうのかもしれません。
レギュラーだから偉いわけじゃない。みんな平等だ。
勘違いしてほしくないのは、レギュラーだった人を否定したいわけではないということです。伝えたいのは、「高校時代の背番号の有無で、その後の人生の価値や勝ち負けは決まらない」ということです。
レギュラーだったから偉いわけでも、ベンチ外だったから劣っているわけでもありません。土俵が社会に移った今、過去の背番号なんて誰も気にしていません。
大切なのは、レギュラーになれたかどうかという「結果」ではなく、不条理や挫折と向き合う中でどんな「人間性(あり方)」を磨いてきたか。
補欠であっても、最後まで腐らずにチームを支えきった誇り
伝令やコーチャーとして、一瞬の判断に命を懸けた経験
自分の弱さと向き合い、泥だらけになって白球を追い続けた記憶
そういった「ソフト面」を自分の血肉にできた人こそが、社会という本当の長期戦において、周りから愛され、必要とされる「本当の勝ち組」になれるのだと信じています。
背番号があろうとなかろうと、あの日々を走り抜けた僕たちはみんな平等です。 大切なのは、過去の栄光や挫折に囚われることなく、「今の自分として、どう社会と向き合うか」という“あり方”なのだと思います。
