朝イチでイラッとしたけど、自分の価値を守る選択が出来ました。
朝から感情が片方に振り切れた。そんな日こそ、自分の「選択」が問われる。
なんじゃ、このメールは!💢
朝、オフィスに着いてパソコンを開く。ルーティンのようにメールチェックをしていたら、ある一通が目に飛び込んできた。
「XX月XX日、所用があり、休みを取らせてください」
CCには、上司やら他の同僚やらがズラリ。──なんじゃ、このメールは!💢
差出人は、少し自己中心的なところのある同僚からだ。
過去にも「えっ、それ先に相談することじゃない?」というような行動を何度か目にしてきた人物。今回もまた、僕に直接話す前に「周囲に既成事実を示してくる」ようなメールを出してくるとはね。
正直、見た瞬間に「ムカムカ💢」っと頭に血がのぼりました。まるで僕が断れないように仕組んだかのようなタイミングと文面だったので。
感情に反応しない。それが“大人の選択”かもしれない
でもここで、怒りに身を任せて、反射的にメールを返していたらどうだっただろう?
「話は順序がある!」
「俺は管理職じゃねぇ!」
「先に根回しがあるんだよ!」
そう言いたい気持ちは、実際にあった。でも同時に、そんなふうに“やり返す”ことで、自分の価値が上がるわけじゃない。
むしろ周囲には、「器の小さい人」に見えてしまう可能性すらある。だったら、ここは一歩引いてみよう。怒っている自分を否定せずに、その感情を“通り過ぎるもの”として見つめる。
そう思った。
僕が選んだのは、「もちろん休んでいいよ」のひと言
結局、僕はその彼に口頭であっさりこう言った。
「ああ、もちろん休んでいいよ」
その一言で済んだ。争わず、飲み込んだというより「流した」という感覚に近い。相手が本当に僕を陥れようとしていたかどうかなんて、その本人しか分からない。強硬に問いただしたところで「そんなつもりじゃ。。。」と言われればそれまでだ。
だから、こちらが冷静に対処すれば、必要以上に物事はこじれない。それだけで十分じゃないか──と思った。
怒りを処理することは、自分の信頼を守ること
イラッとするのは人間だから仕方ない。でも、それにどう反応するかで、周囲からの信頼って決まってくると思う。
怒りを抱えたとき、「感情で動く」のか、「ひと呼吸おいて考える」のか。その選択の積み重ねが、きっと“自分の価値”を作っていく。
自分の中にある「大人の軸」を育てる
この年齢(55歳)になっても、まだまだ自分の感情に振り回されそうになる。でも、少しずつでもいいから、自分の中に「軸」を育てていきたい。
感情を否定しない
しかし、それに反応しない「しなやかさ」を持つ
自分の価値を守る行動を選ぶ
そんなふうに、僕自身が“大人の対応”に近づいていけたなら。それだけで、この日のイライラにも、ちょっと意味があったような気がしている。
あなたならどうする?
このnoteを読んだ方にも同じような経験をした方はいませんか?そしてそれが、あなたの身に起きたとしたら──どんな反応を選びますか?
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