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Apple対マイクロン──AI時代に逆転した力関係

先月、Macの新モデルの価格を見て、僕は思わず二度見しました。前のモデルより、はっきりと高くなっていたからです。円安のせいだろう、と最初は思いました。でも、値上げの理由をたどっていくと、行き着いたのは為替ではなく「メモリ(半導体)が足りない」という、もっと根っこの話でした。

いまの僕のスマホはPixel 10aで、今年iPhoneから乗り換えたばかりです。だからApple製品を毎日握りしめているわけではありません。それでも、この一件はどうしても引っかかりました。

だって、Appleですよ。世界一の交渉力を持つはずのあの巨人が、部品メーカーに「値上げをのむしかない」と頭を下げている。しかも、追い詰められた末に、アメリカ政府のブラックリストに載った中国企業にまで手を伸ばそうとしている。

いったい、何が起きているのでしょうか。

「Appleは、いつだって強い」と、たぶんみんな思っている

「Appleとサプライヤー(部品メーカー)、どっちが強い?」と聞かれたら、ほとんどの人が「そりゃAppleでしょ」と答えると思います。

世界中で何億台と売れるiPhoneやMac。その部品を大量に買ってくれるAppleは、メーカーにとって最大級のお客様です。取引を切られたら屋台骨が揺らぐ。だから部品メーカーは、Appleの言い値に合わせるしかない──。僕もずっと、そういうイメージを持っていました。

実際、Appleの「単価を1円単位まで削る」交渉力は、業界では語り草です。膨大な量を先に発注してメーカーの生産ラインを押さえ、そのうえで単価の引き下げを迫る。メーカーからすれば、ラインを動かしてしまった以上、多少買い叩かれても売り切るしかない。買い手が主導権を握る、典型的な力関係です。

でも、いまその立場が「逆さま」になっている

ここで一度、立ち止まって考えたいのです。

半導体メモリの世界は、ここ数年、天国と地獄を短い間隔で行き来してきました。まず地獄のほうから。2023年、メモリの価格は暴落しました。 マイクロン(Micron)というアメリカのメモリ大手は、この時期に粗利益率がマイナス7.3%まで落ち込み、設備投資を121億ドルから77億ドルへと大きく削らざるをえませんでした(※1)。サムスン電子もSKハイニックスも、兆単位の赤字を計上しています。

なぜそこまで落ちたのか。理由のひとつが、まさに「買い手の値下げ圧力」でした。メモリは、たくさん作れる時に作りすぎると一気に値崩れします。そこへ大口の買い手が「もっと安く」と迫れば、メーカーは赤字でも売るしかない。骨身を削って在庫をさばく側に回るわけです。

ところが、です。2024年から本格化したAIブームが、この構図を根こそぎひっくり返しました。

AI用のGPUには「HBM」という、高性能で価格の高いメモリが大量に要ります。そしてやっかいなことに、このHBMと、僕らのパソコンやスマホに入るふつうのメモリ(DRAM)は、同じ工場・同じ生産ラインの奪い合いなのです。工場がHBMを優先して作れば、そのぶんふつうのメモリの供給は細る。結果として、いま世界的にメモリが足りません。一部のメモリのスポット価格は、この4年で約700%も上がったと報じられています(※2)。

作れば赤字だった数年前とは、まるで別世界です。いまや「作れば作るほど、言い値で売れる」。主導権は、完全にメーカー側へ移りました。

メーカーCEOの「痛烈な一言」

この逆転を象徴する発言があります。

マイクロンのCEO、サンジェイ・メロトラ氏は、2026年6月末のCNBCのインタビューでこう語りました。「特定の顧客が、我々の業界の価格を大幅に押し下げた。2023年、我々の価格は(かつての)3分の1にまで下がった」(※1)。

そして、こう続けます。価格を叩かれ続けたせいで各社は利益を失い、新しい工場に投資する余力を奪われた。だからいま、供給が足りない──と。要するに、「あなたたちが昔さんざん買い叩いたから、今日のメモリ危機がある」という理屈です。

メロトラ氏は、この「特定の顧客」が誰かを名指ししていません。ここは正確に書いておきます。名前は出していない。ただ、時を同じくしてMacやiPadの値上げを発表したのがAppleだったこともあり、多くのメディアが「これはAppleへの当てこすりだ」と受け取りました(※3)。かつて単価を叩いていた側が、今度は逆に値上げをのまされる。立場が180度、入れ替わったのです。

ここで、僕の仕事の話を少しだけ。

僕は生命保険会社の総務で、備品の発注もします。規模はまるで違いますが、「まとめて先に発注して単価を下げてもらう」交渉は、日常の一部です。買い手が強いうちは、それでうまく回ります。でも、モノが世の中から消えた瞬間、この関係はあっけなく反転する。「安くしてくれる取引先」ではなく、「そもそも売ってくれる取引先」を探す立場に変わるのです。値段を交渉する余裕なんてない。「在庫、まだありますか」と頭を下げるほうになる。

いまAppleが立っているのは、まさにこの場所です。部品単価を1円単位で管理していた「発注側の王様」が、値上げの請求書を黙って受け取る側に回った。 実際にAppleは2026年6月25日、Mac・iPad・一部のホーム製品を、製品あたり100〜500ドル値上げしました(※3)。ティム・クックCEO自身が「値上げは避けられない」と語ったと伝えられています。

追い詰められたAppleの「無理筋の一手」

主導権を失ったAppleは、次にどう動いたか。

ここが今回いちばん驚いたところです。Appleは、サムスン・SKハイニックス・マイクロンという3社の寡占から抜け出そうと、中国のメモリメーカー「CXMT(長鑫存儲)」に目を向けました(※4)。

CXMTは、アメリカ国防総省が「中国軍とのつながりが疑われる企業」としてリスト(1260Hリスト)に載せている会社です。いわば、アメリカ政府が警戒している相手。そこの半導体を使わせてほしいと、AppleはクックCEO自らが政権幹部に働きかけ、必死のロビー活動を展開していると報じられています。すでに中国国内で売る製品向けに、CXMTのチップのテストも始めているようです(※4)。

冷静に考えると、これはかなり無理筋な一手です。既存の3社のチップと中国製チップの原価差は、報道ベースでもごくわずかとされています。その小さな差のために、政治的なリスクを背負ってまで中国企業に頼ろうとする。かつて盤石だった王様が、なりふり構わなくなっている──そう見えてしまうのです。

「談合訴訟の裏側」は、どこまで本当か

もうひとつ、今回の騒動には注意して扱うべき"噂"があります。

2026年6月、メモリ3社に対して、アメリカで価格談合(カルテル)を疑う集団訴訟が起こされました。「AIへの転換を口実に、わざとふつうのメモリの生産を絞って価格をつり上げた」という主張です(※5)。そして一部では、「これは主導権を失ったAppleが裏で糸を引く報復ではないか」という見方も出ています。

ただ、ここははっきりさせておきたい。この訴訟は、Appleを名指しで訴えているわけではありません。 原告は17の個人・中小事業者で、Appleは「値上げの被害が消費者にまで及んだ証拠」として引き合いに出されているだけです(※5)。「Appleの陰謀」というのは、あくまで一部で語られている推測にすぎません。ここは筆者個人の見立てとして書きますが、事実として断定できる話ではない、と僕は考えています。

とはいえ、仮にAppleが何らかの反撃を試みたとしても、相手も黙ってはいないでしょう。メーカー側も巨額の資金を持ち、政治への働きかけでは決してひけを取りません。かつての「単価を叩く王様」の狭量な反撃が、そう簡単に通じる相手ではなくなっている。それだけは確かだと思います。

で、これは僕らの生活にどう関わるのか

「大企業同士のケンカでしょ」で終わらせるには、この話は少し身近すぎます。

いちばん直接的なのは、値段です。メモリ不足は、Apple製品だけの話ではありません。Windowsのパソコンも、スマホも、これから買い替えるものの多くが、この数年は高値づかみになりやすい。マイクロンのCEOは「この供給不足は2027年より先まで続く可能性がある」とも語っています(※1)。工場は一朝一夕には建たないからです。

だとすれば、僕らにできることは案外シンプルです。「いま無理して最新・大容量を買わない」という選択肢を、静かに持っておくこと。メモリを一段減らす、いまの機種をもう一年使う、中古を検討する。値上げの波が高い時期に、あえて船を出さない判断です。

そして、もうひとつ。今回の一件は、「強者は永遠に強者ではない」という、ごく当たり前のことを思い出させてくれます。買い手が売り手を叩ける時代は、モノが余っているという前提の上にだけ成り立っていた。前提が崩れた瞬間、王様はいちばん先に困る側に回る。ビジネスの力関係は、思っているよりずっと移ろいやすいのです。

おわりに

先月、Macの値札を二度見した時、僕は「円安かな」で片づけそうになりました。でも、その値札の向こう側では、かつて部品メーカーを買い叩いていた巨人が、いまは「売ってください」と頭を下げている。そんな逆転劇が起きていたわけです。

Appleが憎いとか、メーカーが正義だとか、そういう話ではありません。ただ、あれほど盤石に見えた力関係でも、たった数年でひっくり返る。それを知った上で自分の買い物を眺めると、値札の数字が少しだけ違って見えてきます。振り回されず、一歩引いて選ぶ。そのための、ささやかな知恵として。


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参考にした一次情報・出典(※公開前に最新値を再確認すること)
※1 マイクロンCEO Sanjay Mehrotra 発言/2023年の価格下落・粗利-7.3%・設備投資121億→77億ドル・供給不足は2027年以降も継続


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