農業は、介護と相性がいいのか?~農閑期が終わり、あらためて介護と向き合う日々
農閑期が終わり、
慌ただしい日々が戻ってきました。
日中身体を動かすと、
夕方にはヘロヘロに💦
冬の間、鈍っていた身体が、
それに輪をかけて眠気が襲う💦
普段は寝る前に、
noteを散歩するのが習慣となり、
楽しみのひとつだったのに、
もう、眠い💦
なかなか散歩に行けない💦
それに春は、
実母の気持ちもふわふわさせる。
春か。
春のせいなのか!
夜中に起きがちなのは。
特に、
大きい方が出ない日が続くと、
なんか気分がすぐれないのだろう。
「トイレに行かなくっちゃ!」と言い、
朗らかに起きる。
満面の笑顔で。
それが、20時に寝て、
21時、22時、そして24時に。
ポンポンポーン!と3段飛び!
実にリズミカルだ。
そして、
私は眠い。
21時前に寝ることすらある。
次の日早いから。
なのに、こうしてセンサーマットのチャイムがなるたび起きると、
もうね、3回目とかは、
すっかり目が冴えてしまう💦
最後の3回目で、
「お勤め」を果たされるときは、
時間もかかるから、
また眠りに入るのは、
なかなかできない。
そして、翌日のリズムは、
確実に崩れる💦
会社員で翌日定時出社とかだと、
私にはきつい💦
やってる方も
いらっしゃるとは思いますが、
わたしにゃ、きつい~💦
それを思うと、
高齢者施設、
特にショートステイや、
入所施設のスタッフの人はすごい💦
仕事とはいえ、
夜勤を含め、排泄介助、体位交換、
食事介助、入浴介助…。
もう、尊敬、感謝しかない。
あと、10年後、20年後、
どんな未来が待っているんだろう。
歳を重ねた高齢者が、
穏やかに過ごせる日々が、
待っているのだろうか。
農家をやりながら、
介護をする。
会社員では、介護との両立は、
かなりハードだ。
規則正しい仕事と、
予測できない介護。
両立は、そもそも難しいのだ、きっと。
その点、
農業は、時間的な制約は少ない。
いや、制約はある。
ただ、法人とかでなく、
個人農家であれば、
何かの時のフットワークは軽い。
ただ、収益とは反比例するけど。
お金のことを割り切れれば、
在宅ワークだし、
介護と相性がいいともいえるかも。
ただ、誰でもできる選択ではない。
かといって、
今後、望む人すべてが、
施設に入れるわけでもないだろう。
今の子ども世代が少ないんだから、
担い手の未来が先細っている。
すべての職業で、
担い手の取り合いになるだろう。
介護に回る人材が
果たしてどれくらいいるか。
その時、魅力ある職業になっているか。
石油もお米もそうだけど、
介護だって、
お金を払っても、
サービスを受けれない
そんな未来が来るかもしれない。
農業は、介護と相性がいいのか?
2か月前に書いた文章があります。
あまりにも夜寝てくれなくて、
夜中にぽつぽつと書いた文章。
あとから読み返すと、
ちょっと感情的な感じもして、
アップはしなかったんですけど、
そう感じた自分がいたのも事実だし、
世の中には、そう感じている人が、
どこかにいる気もして。
時々ショートステイも
利用してはいるけれど、
自分よりも、
母の眠りばかりを考える夜。
毎日、
何も考えず眠りたい…。
一昨日の夜を過ごしてみて、
やはり、「こう感じた」ということは、
書き残しておこうかな、と。
ちょっと内容が重たくて、
めんどくさい自分もいますが、
もし興味がありましたら、
続きもご覧ください。

トイレとヘラヘラとイライラ・自分のペースでできない仕事、それは介護~20260203
寝よう。
そう思ったときに限って、
ピンポ~ン。
センサーマットのチャイム。
「トイレに行こうと思って~」
そのあと、
布団でパットを替える、
またはトイレに連れていく。
冷静になって考えれば、
それほど手間ではないし、
本人が行きたいんだから、
連れていけば納得、
満足するのも分かってる。
だけど、きつい。
じんわりと、
心が折れていく。
認知症だから、
病気だから。
仕方ないのはわかってるんだけど、
辛い。
その時のリアクションが、
ヘラヘラしてるから、
イライラする。
自分の心に余裕がないだけ。
普通の人は、
さらっと受け流し、
さらっと対応できるんだろう。
でも、自分にはできない。
そんなに辛いなら、
預ければいいじゃない。
誰かが、そう言いたそうだ。
分かってる。
頭ではそう思っても、
心がついていかない。
きっとどこかで、
それはちょっと…と、
ブレーキがかかる。
別に、今更世間体なんて考えない。
親戚だって、
ずーっと遠くにいるし、
兄も亡くなってるから、
決めるのは、自分だけ。
調整も、話し合いもいらない。
ややこしいことでは、まったくない。
やりたいことが思うようにできない。
すべてはその辺が
ネックになっているんだろう。
そして、この生活が、
あと1年続くのか、
10年以上続くのか。
先が読めないのも、
モヤモヤを深める大きな要因で。
「介護をする」って決めたんだから、
覚悟を決めたんだから。
でも、ぶれてしまう。
そんな自分がいる。
ちょっと、
今の状況をメモしておきます。
もしかしたら、W介護で、
参考になる人もいるかもしれない。
タイプによって介護は変わる。
寝たきりでも、
意識がしっかりしている人と、
認知症の人。
そのW介護は、大変だと思う。
理由。
介護が、
介護者のペースでできるかどうか。
それが、真逆だから。
介助がたくさんだけど、
「ごめん、ちょっと待ってて」が言える場合と、
自分でいろいろできるけど、
「ごめん、ちょっと待ってて」が言えない場合。
その差は、大きい。
あくまでも、
介助者側にとって、ですけれど。
福祉サービスの上限の考え方
W介護の場合、
在宅で看ようと思っても、
受けられるサービスには上限がある。
それは介護度で分けられていて、
要介護3と、
要介護5では、
受けられるサービスが変わってくる。
我が家の場合。
意識ははっきりしているばあちゃん。
要介護5に上がった。
認知症で、見守りが欠かせないが、
ある程度自分のことができてしまう、ばあちゃん。
要介護3に下がった。
その判定がどうのこうの言いたいわけではなくて。
きっと、
妥当な判定なんだと思ってる。
だけど。
W介護だと、意味合いが違ってくる。
例えば、
一方のばあちゃんが支援が増え、
一方のばあちゃんも、
見守りが増える。
だけど、
在宅の生活を楽しめている。
問題は、春から。
自分がフルに仕事をすると、
家庭での負担が増す。
今までは農閑期だったため、
割とどっぷり介護に関われていた。
それが、できなくなる。
秋まではできていた。
ただ、介護の状況は変わっていく。
生きているのだから、
それは仕方ないこと。
この先も、
在宅を選択するのであれば、
もう少しサービスを利用したい。
で、ケアマネさんと
話をしていた時のこと。
例えば、月の半分をショートステイを利用するとする。
そうすると、要介護3だと、
自己負担が出る。
要は、本来あり得ないサービスの利用の仕方、という捉え方もできる。
実際に、市役所に特別な事情、
というのを説明する必要があるそうだ。
あくまでも、「二人」を看ているわけで、
今の介護者の、
「できる、できない」のバランスを、
どうクリアしていくか。
「本人」の視点ではなく、
この場合、「介助者」の視点となる。
果たして、
そこまでフルでサービスを使って
在宅を選択することが、
理にかなっているのかは、わからない。
そもそも、
自己負担が発生した時点で、
行政としても
「施設入所」が妥当であり、
節税にもつながると思われる。
福祉サービスは、有限なのだから。
折り合いをつけることも必要。
だからこそ、
半月以上のサービス利用には、
付帯意見を求められるのだろう。
本人の、暮らしと、
介助者の暮らし。
どちらも尊重されるべきだし、
尊重し合える、
「落としどころ」をみつけることが、
求められるような気もする。
福祉サービスをたくさん使うとき、
結局「在宅」の意味って、なに?
という思いが、
いつも頭をよぎってしまうのです。
答えの出ない、
堂々巡りな夜のお話。
農業と介護の相性、というか、
まぁ、
別に農業に限った話ではないですが。
誰もが、
穏やかな時間を過ごせますようにー
今日もお読みいただき、
ありがとうございました。
