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【歪み】不便をお金で買う──マサイマラの高級リゾート(ケニア)

人類のゆりかごへ

学生の頃、バックパックを背負って幾度となくヒッチハイクで旅をした。ケニア、タンザニア、マラウイ。情熱的な赤土と、すべてを吸い込むような深い緑。地球上のあらゆる人類の故郷であり、「人類のゆりかご」と呼ばれる東アフリカの一帯は、一度その地を踏むと、逃れられない磁力となって身体にまとわりつく。原始の人類が感じたであろう、大地の剥き出しの鼓動。そこに自らの境界線を無くして溶け込んでいく感覚は、二十代の私にとって、何物にも代えがたい劇薬だった。

それから十数年が流れた2013年。私は新婚旅行の行き先として、その東アフリカ諸国を提案した。当然、妻はあからさまに難色を示した。ハワイやヨーロッパのような、安全で予測可能なロマンチックを期待していた彼女にとって、サバンナという響きは「警戒すべき不便」でしかなかったのだろう。

だが、アフリカの地には、大自然の牙を隠すように完璧にセットアップされた最上級のラグジュアリーが点在している。ハネムーンをヒッチハイクで地べたを這うわけにはいかない。私は奮発し、1泊20万から30万円を払い、まだ見ぬ5つ星のグランピングリゾートを巡る旅を用意した。行き先はマダガスカル、ザンジバル、ンゴロンゴロ、マサイマラ。何一つ見逃すまいと飢えた目で大地を睨みつけていたあの頃の私が、大人になり、大金を払って眺めるアフリカは、果たしてどう映るのか。微かな好奇心もあった。

ウエルカム・シャンパンと野生の洗礼

10人乗りの小型セスナが、未舗装の滑走路に滑り込む。滑走路と呼ぶにはあまりに素朴な、赤土の上に刻まれただけの、1本の轍だ。機窓のすぐ外では、首を長く伸ばしたキリンや巨体のゾウが、一瞬だけこちらを泥臭く見上げ、また何事もなかったかのように草木をはみ続けている。眺める角度が変わっただけで、あの泥臭いアフリカは、まだここにある。そう思った。

セスナが停止した脇には、切り出した丸太と白い布だけであつらえられた、即席のターミナル。満面の笑みで迎えてくれたのは、滞在中のガイドを務めるマサイ族の青年だった。どこか優しい風貌の彼の手元には、銀のトレイに載せられた一対のシャンパングラス。冷たいミントのおしぼりと共に、結晶のような泡が差し出される。

「すぐそこの川に、巨大なクロコダイルが来ています。観に行きますか?」

窓も天井も開け放った、フルオープン仕様のSUVの中でアフリカの風を全身で感じる。ものの数分で辿り着いた川の対岸には、8メートルはあろうかという異形の巨躯が地を這っていた。凄まじい緊張感が肌を刺す。だが、それはあくまで対岸の出来事だ。こちら側の岸は安全圏だった。

19世紀の探検家の影

マサイマラ国立保護区の北端に位置する「バテリア・キャンプ」が、私たちの宿だった。ここは、地球上で最も野生動物の密度が高い円形劇場だ。人間が檻の外から動物を覗き見るのではない。動物たちが主役として支配する空間に、人間が放り込まれるのだ。

しかし同時に、ここは完璧にデザインされたラグジュアリー・リゾートでもある。当時は西アフリカでのエボラ熱の風評被害により、旅行客は激減していた。数組の宿泊客に対して、見えるだけでも数十人のスタッフが控えている。軽く目配せをすれば一瞬で給仕が駆け寄り、昼夜の空腹には、専属のシェフがいつでも望み通りの一皿を仕立ててくれる。過剰なほどの手厚いケア。

案内された部屋は、厚い布地で覆われた広々としたテントだった。入り口に、鍵はない。あるのは一本のマサイ族の槍だけだ。それを斜めにドア前へ立てかけること、それだけがここでの施錠の合図。その代わり、夜の帳が下りれば、武装したマサイ族の警備兵が静かに敷地を巡回する。

テント内は、最小限の灯りだけが灯る豪奢な空間だった。Wi-Fiもテレビもない。代わりに、19世紀にこの地を探検していたイギリス人が実際に使用していたという、古めかしい一人掛けのアンティークソファが鎮座していた。擦り切れた革、座面を開けると収納になる無骨な機構。それから、当時の盾や装飾品。歴史の誇りと埃をそのまま閉じ込めたような骨董品に囲まれる時間は、奇妙なほどに贅沢だった。

ウッドデッキのソファに腰掛ければ、目の前にはどこまでも続くマサイマラ保護区の草原。遠くを優雅に歩くキリンの群れ。ワイルドそのものな景色だが、足元には、大型動物の侵入を防ぐ通電ワイヤーがひっそりと張り巡らされている。

夜、静寂がサバンナを包み込むと、テントの真価が露わになる。壁も天井もすべて布1枚。外の音が、ダイレクトに寝室へなだれ込んでくるのだ。ハイエナの不気味な遠吠え、名も知らぬ獣たちの息遣い、天井の布をカサカサと這う小さな足音。時には、テントのすぐ外で何かがクンクンと匂いを嗅ぎ回る気配が、肌のすぐ傍まで迫る。まるで、アフリカの夜空の下にそのまま投げ出されて眠っているような、濃密な錯覚。

過去が投げつける冷酷な歪み

情報とデジタルから完全に断絶されたこのリゾートで、私たちはただ何もない、しかし至高の4日間を過ごした。最終日、チェックアウトを済ませて送迎車が走り出したとき、1匹の猿が車の脇の木々を、並走するように追いかけてきた。そして木々が途切れる場所でピタリと止まると、こちらをじっと見つめ、見送りのようにひと声、高く鳴いた。

十数年ぶりに訪れたアフリカは、あまりにも美しく、快適で、安全で、そして不便だった。だが、サバンナの地平線に沈む夕日を眺めながら、私の中にじっとりと、割り切れぬ苦みが広がっていくのを感じていた。そこにあるのは、同じアフリカという名の、以前とは明らかに違う世界。私は用意された不便という名のアトラクションを、消費していただけではないのか。

「お前はいつから、そんな管理されたレールの上でしか野生を感じられないつまらない大人になったんだ?」

ネットもスマホもなく、明日どこで寝るかもわからない。そんな本物の不便の中で、目の前の世界のすべてを見逃すまいと泥臭く歩いていたあの頃の自分が、内側から冷酷な視線を投げかけてくる。

それでも、私は想うのだ。もし自分に、あの若き日のアッシジの暗闇に感じた恐怖や、混沌としたリスボンでの即興の記憶がなかったら、どうなっていただろうか。私はきっと、このマサイマラの至高の演出を前に、「引き算の贅沢だ」「デジタルデトックスだ」と無邪気に満足し、お膳立てされた不便を消費して終わっていただろう。ヌサドゥアのレストランで、用意された洗練をただスマートに受け入れていた時のように。

大金を積んだ極上の贅沢を前にして、素直に感動しきれず、どこか斜めから欺瞞を感じてしまっている、この歪んだ私の視線。しかし、これこそが、あの頃泥臭く「遊び」を追い求めた記憶が、今も私の中で死んでいない決定的な証拠なのだ。それが今の日々の生活の中でなお、猛烈にモノをいっている。これも一種の「バグ」なのだろうか。

あの時途切れたはずのナビは、時空を超えて私の今日を、明日を、照らし続けている。

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