「発達障害は反省しない」と言われる理由――ADHDの「ミスのあと3点ログ」
「発達障害は反省しない」と言われることがある。でも、反省していないのではなく、内心の反省が記録や次の行動として外に残らないだけなのかもしれない。この記事では範囲をADHDに絞り、当事者である僕の経験と論文から考える。渡すのは反省文ではなく、起きたこと/相手の増えた手間/次の確認点を残す「ミスのあと3点ログ」だ。
【この記事の概要】
① 困りごと:ミスをして謝っているのに、周囲から「反省していない」「また同じことをする人」に見られてしまう。「発達障害だから反省しないのだ」という言われ方をされることもある。
② 結論:反省していないわけではない。良心の有無ではなく、ミスのあとに何が起きたかを拾い、意味づけし、次へ回す流れが不安定になりやすい。だから反省の痕跡が外に残らず、周囲からは「反省しない人」に見える。論文を読むと、そう考えると説明しやすい部分がある。
③ 対策と支援のヒント: 深い反省より先に、起きたこと/相手の増えた手間/次の確認点の3つだけを外に残す。問題を「心の浅さ」ではなく「記録の薄さ」として扱うためだ。
前回の記事、【ASD/ADHD】迷惑をかけているのに平然としているように見える人たちで僕は、
「迷惑をかけているのに平然として見える人は、補修された後の完成版だけを現実として受け取っているのではないか」
という話を書いた。
ミスそのものより、
誰が途中で埋めたのか。
どこで予定がずれたのか。
誰にどんな手間が増えたのか。
そういう編集履歴が見えにくいのではないか、という仮説だ。
あの記事では、主に外から見たズレを書いた。
なぜ周囲だけが疲弊し、当人だけが妙に平然として見えるのか。
その落差を、「完成版しか見えない世界」として整理した。
今回は、その続き。
もし本当にそういうことが起きているなら、
当人の中では何が起きているのか。
脳の中では、どの段階で取りこぼしが起きているのか。
それは単なる甘えや良心の欠如ではなく、別の説明ができるのか。
ADHD+ASDグレーゾーン当事者でもある僕は、そこがどうしても知りたくなって、AIの助けを借りて関係する論文をしばらく読み漁っていた。
調査の結果、ADHDでは
ミスに気づく → その重さを受け取る → 次に回す
という流れのうち、とくに後ろ側が弱くなりやすいのではないか。
という結論になってきた。
今のところ、そう読むとかなり多くの現象がつながって見えてくる。
「発達障害だから反省しない」のではなく、反省が外に見えていない
ここで少しややこしい話をしたい。
ADHD当事者の中には、「いや、反省はしているんです」と思う人が少なくない。実際、ミスをした直後にはかなり落ち込んでいることもある。
返信を忘れてしまった。
締切を飛ばしてしまった。
約束を失念してしまった。
その瞬間は胃が痛くなるし、自分に腹も立つ。
「次こそは気をつけよう」と本気で思う。
ところが、周囲から見るとそうは見えないことがある。
なぜなら周囲は、その人の頭の中を見ているわけではないからだ。
見ているのは行動だけである。
前回のミスについて言及したか。
相手に発生した負荷を理解しているように見えるか。
次回のための対策を作ったか。
同じ場面で変化が見えたか。
つまり周囲が観察しているのは、反省という感情ではなく、反省の痕跡だ。
たとえるなら、頭の中で大火事は起きている。
しかし煙が外に出てこない。
すると周囲からは、「火事なんて起きていないじゃないか」と見えてしまう。
もちろん、これは周囲が悪いという話ではない。
相手からすれば、見える情報で判断するしかないからだ。
だから僕は、この問題を「反省の深さ」の問題として考えない方がいいと思っている。
反省はしている。
ただ、その反省が記録として残らない。
そして次回の行動変化としても残らない。
だから周囲には伝わらない。
もしそうなら、必要なのはもっと強く落ち込むことではなく、反省の痕跡を外に残すことだ。
そのための最小単位が、この記事で紹介している、起きたこと/相手の増えた手間/次の確認点の3点ログである。
感情は消えてもいいが、記録だけは残す。
その方が、結果的には「ちゃんと反省している人」として伝わりやすくなる。
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