無体な数え歌
はじめましての人も、前から知ってる方も、ごきげんよう。
岡埜 由木古です。
(文字数:約1100文字)
いつどこで聞いたものか、出典があったのか定かではないが、
私がそれを聴いた時、近くには同学年男子もいて盛り上がっていた覚えがあるから、小学校低学年の校舎内と見て間違いはないだろう。
七五調で各行の末尾にはおをつけたナニかが入る。
ひとつ 轢かれた
ふたつ 踏まれた
みっつ 見られた
よっつ 汚れた
いつつ 炒られた
むっつ 剥かれた
ななつ 泣かれた
やっつ 焼かれた
ここのつ 焦がれた
とおでとうとうなくなった
♪ひとーつ ひっかれた おっ○○っ○○
と無体な割にやたらはずんだ調子で歌われていた。
最後の一行を歌いながら、小学年男子たちが、
「なくなったー!」「オカマだー!」
などと大はしゃぎ笑いしていたことを覚えているんだが、いや笑っていられない気の毒な話じゃないか。
そして男子たちが大はしゃぎ笑いしていた理由の一つには、オカノという名字かつ女子とは思えない風貌であることから、当時の私は「オカマ」呼ばわりされてからかわれてもいて、つまりこれは私に対する当てこすりの一環として歌われてもいたのだなと今頃気づく。
なぜなら実際にダメージを受けるのは、そのナニかを所有しリアルに想像もできてしまう、君たちの方ではなかったかね。
そして改めて歌詞を読み味わってみると、
見られる、ことや、泣かれる、ことは(汚れる、ことも)、
他にも遭わされる酷い扱いと同等のダメージとして受け取られるのだな、とか、
そのナニかを主人公と見ることによって、ファニーな印象を与え切れているが、元来そのナニかとは、もちろんある人物の付属物であって、そこには人がいると思って見た途端に、ファニー感は消え失せ、苦痛や恥辱や絶望を強く想起させ深い憐憫の情を催す。
何といっても全ての動詞が受身形であることが、一方的な被害を受け続ける過酷な事態であることを表している。
大はしゃぎ笑いしていた彼らは、そこまでを想像できる知性をまだ有していなかったのだろう。何せ小学校低学年だ。
彼らはともかくとして彼らにその歌を教えた奴がいるよな。頼むから当時のソイツはせいぜい小学校の高学年であってくれよ。
余談だがこの記事を書くに当たり、配偶者に歌って聴かせてみたところ、彼は一行進むたびに「うわぁぁ……」と悲しげな顔になっていった。
やはり男性にはちっともファニーに聞こえないよなと思った。
以上です。
ここまでを読んで下さり有難うございます。
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