1 Step.「飛んで星間ハイウェイ」 (小説『銀河系プロポーズ!~その煽り操縦、仕組まれたサプライズにつき~』)
『銀河系プロポーズ!~その煽り操縦、仕組まれたサプライズにつき~』
宇宙は広い。恋の価値観は、もっと広い。
連載小説 第1話(全4話)
🪐1 Step.「飛んで星間ハイウェイ」
「やっぱり直通のワープ・ゲートを使えばよかったかなぁ……」
助手席に座っている詩歌は、正面の透過スクリーンに広がる退屈な暗黒を眺めながら、小さくため息をついた。
目の前には、どこまでも果てしない宇宙。深い藍色に沈む闇の中、糠星のような光が散り、星霧が淡く連なり、遠くには名もない惑星が浮かんでいる。
初めて宇宙船に乗ったときは、無限に広がる暗黒と星々の荘厳さに震え、胸がいっぱいになった。 けれど大人になった今となってはもう何も感じなかった。
見慣れた、ただの景色と化している。
宇宙大学時代、宇宙物理学の単位を落とした苦い記憶が尾を引いているせいかもしれない。
詩歌の眉間に皺が寄りそうになったそのとき、左側の操縦席から穏やかな声がかかった。
「しょうがないよ、シィカ。あそこの通行料、僕の月給半分が飛ぶくらい高いんだから」
操縦桿を握る恋人のルルゥカは、人型の整った顔立ちにのんきな笑みを浮かべていた。
彼は正面を向いたまま中央のレーダー、そして右上に設置されたタイム・インジケーターに目をやった。
ルルゥカは、詩歌と同じ外太陽系B31宇宙大学を卒業し、今は自分の母星である『ヴィルゴ第五惑星』の企業に勤める外惑星人だ。青い肌に尖った耳、黄緑色の唇――それ以外は地球人とほとんど変わらない。
ただ、どうしてもルルゥカは「詩歌」とはっきり発音ができない。
地球人、それも極東の島国由来の独特の発音は難しいらしく、時々、歯の間から「ス」と鳴らすように、「スィーカ」と言っていることもある。
でも彼に対し、「発音が違うよ」と指摘したことは一度もない。優しく名前を呼んでくれる姿を見てしまうと、言えなくなってしまった。
「それにほら、この星間高速航路なら、二人きりでゆっくり思い出話ができるじゃないか☆◇★彡」
詩歌は時々、ルルゥカの語尾が聞き取れないこともある。
ルルゥカのテンションが上がってくるとよく起こるのだけれど、会話に困るほどではないからと、これもまた指摘したことはない。聞き返すほどのこともないし、これは自分の異言語能力の問題だ。
翻訳イヤバーズを買えば解決するのだろうけれど、あれは高価すぎて手が出せない。比較的安価な翻訳イヤホンであれば手が届くが、それでは地球とヴィルゴ系星の互換性がないのだ。
「思い出話かぁ。……うん、素敵なウェディングだったね。サプライズの……ほら、あの、何て言うんだっけ、青いあれが降ってきたときは、びっくりしちゃったけど」
詩歌は透過スクリーンを眺めながら、今日の出来事を思い返す。
暗黒の景色は変わらず、星間高速航路には自分たちの船以外見当たらない。
「ブルードラゴンフライだね。……ククッ、テーブルに隠れようとしていたのはシィカだけだったよ! みんな気にしてなかったけど※☆◇※彡」
ルルゥカが小さく肩を揺らし、思い出し笑いをするから、詩歌はムッと口を尖らせた。
「隠れようとなんてしてないよ! ちょっと身をかがめただけ。だって本当にびっくりしたんだから。まさか幸運の生き物だなんて知らなかったから……」
詩歌とルルゥカの二人は、宇宙大学時代の共通の友人の結婚式からの帰りだった。
チャーターされた豪華な浮遊宮殿での挙式は、それはそれは素晴らしかった。
新婦が纏うパールのような星屑を撒いたドレスはオーロラのように美しく、宮殿の窓の外では絶えず流れ星が祝福していた。
けれど、式の終盤、無数の青い羽を持つ虫のような生物が空から舞い降りた。
羽音を響かせて飛び回るそれに、詩歌は思わず「きゃあ!」と頭を抱えて身をかがめた。しかし周囲を見れば、招待客は皆嬉しそうに立ち上がり、その生物を捕まえようとしている。
友人の惑星では、新郎新婦が幸運の生き物を捕まえて式で放ち、出席者がその幸運を受け取る――そんな風習があるらしい。
「昔、話したことあったけどなぁ。そのときのこと覚えてる?」
「そんな気もするけど……でもまさか、あんな」
詩歌は「虫みたいな」という言葉を飲み込んだ。ちょっと失礼な気がしたからだ。
友人自らがせっかく捕まえてきたのだから、1匹くらい頑張って捕まえれば良かったかな、とも思う。
けれど隣で笑っているルルゥカだって結局1匹も捕まえられなかった。
あの虫の青い羽は銀のベールのようで綺麗だったけど、「ブゥン」という耳障りな羽音は好きになれそうにない。だから捕まえられなくて良かったのだ、と自分に言い聞かせる。
ただ、詩歌の心には別のモヤモヤが居座り続けていた。
二人が乗っているのは、格安のシェア・シップ――いわゆるレンタルシップだ。
加速するたびに足元からガタガタと安っぽい振動が伝わってくる、簡易型の小型宇宙船。コンパクトな卵型で、操縦席と助手席、後部に小さな荷物置き、そして一応トイレがある。
狭い空間に、二人きり。
詩歌はそっと、ルルゥカの横顔を盗み見る。
二人は、付き合って今年で5年目。
そろそろ結婚を考える時期だと、詩歌は思い始めていた。
宇宙大学時代、地球を遠く離れた星のキャンパスで、寂しさに押しつぶされそうだった詩歌を支えてくれたのがルルゥカだった。
言葉の壁、差別、文化の違い――心が折れそうなとき、彼の明るさと優しさに救われた。
お互いに就職後は地球とヴィルゴ第五惑星での遠距離恋愛。
ホログラフィー越しにいつでも会えるし、たまに地球へ遊びに来てくれるから、寂しさは少ない。
けれど、もし結婚するとなったら、どちらかが仕事を辞めて移住しなければならない。おそらく詩歌が地球を離れることになるだろう。
ヴィルゴ第五惑星は文明の開けた星で、地球と同じく、外惑星人の往来や居住も自由だ。暮らしていけないほどではないだろう。
いっそ二人で別の星に移住する選択肢だってある。
――違う、そこじゃない。
詩歌は首を振り、未来の話を飛び越えるのをやめた。
知りたいのは、ルルゥカが『結婚』をどう考えているかだ。
彼は優しく明るいが、かなり楽天的――悪く言えば、人任せで無計画なところがある。
今日の準備も、シェア・シップのレンタルやルート選びについて事前に確認したときは全て「幼馴染のレオニーナもこの会社が良かったよって教えてくれたから」と、幼馴染のアドバイスを参考にしたようだった。
ただその幼馴染――レオニーナは、ルルゥカの元婚約者だ。
ヴィルゴ系の惑星では、生後一年以内に婚約者が決められる古い風習がある。今は形骸化していて、口約束のようなもの。だから詩歌と付き合ったときに、「破棄したよ」とルルゥカは言っていた。
ルルゥカの家族は詩歌を歓迎してくれたし、ルルゥカ自身が「レオニーナも気にしてない」と言っていた。
それでも、今も付き合いがあるようだし……地球人の感覚では、まったく気にしないのは難しい。
そう、生まれた星が違えば、考え方が根本的に異なる。
星間結婚なんて当たり前で、いちいち気にしない人が多いんだろうけど、でも、やっぱり気になって、勝手に思いを巡らせてしまう。
――このまま、この人と一緒にいて良いんだろうか。
そんな詩歌の内心の葛藤を知ってか知らずか、ルルゥカは時折、手元の通信デバイスをチラチラと気にしている。その様子も、なんだか少し落ち着きがない。あまり余裕がないように見えるけれど、さすがに操縦中はいつもの能天気さも鳴りを潜めているのだろうか。
地球へ着くまで、あと数時間かかる。
詩歌はこの機会にルルゥカの気持ちを知りたいと思っていた。
――私をどれくらい愛しているか。結婚したいくらい、想ってくれているのか。
そのために色々と準備していたのだが、それを忘れてつい口を開いてしまう。
「……ねえ、ルルゥカ。私たちの今後のことなんだけど――」
詩歌が意を決して、核心に触れようとしたその時だった。
『ピピピピピピピ……ッ!』
コックピットの近接アラートが、けたたましく鳴り響いた。
「な、何ごと!?」
「うわっ、びっくりした!」
ルルゥカが操作パネルを叩き、後方モニターを映し出す。
そこには、二人のシェア・シップのすぐ背後――信じられないほどの至近距離まで急接近している、別の小型宇宙船の姿があった。
四角いネオンピンクの箱に、シルバーやパープルの装甲が継ぎ接ぎのように宛がわれている。不必要に高いエンジン出力を爆発させている――まるで粗悪なオモチャの船。見るからに危険な雰囲気が漂っている。
――パカパカパカパカパカパカッ!
ネオンピンクの船が、高出力の目潰し光線を激しく点滅させて威嚇してくる。
宇宙船の外が、真っ白に明滅した。
目がチカチカして、詩歌は目潰し光線が眩しいだけの威嚇用レーザーだと分かっていたが、初めての経験に狼狽えてしまう。
「ちょっと! なにあれ、完全に船間距離がおかしいよ! もしかして煽られてる!?」
「え、ええ~? おかしいな、ここは追い越し車線じゃないのに……」
ルルゥカのリアクションは、どこか緊迫感がない。
こんな状況でものんきなのか、それとも現実を正しく受け入れられていないのか……しかし、詩歌にはそれをゆっくり観察している余裕はなかった。
後方のピンクの宇宙船は、さらに激しく蛇行運転を繰り返し、ついには詩歌たちの船のサイドに回り込んできたのだ。ガリガリと装甲が擦れ合うような距離まで幅寄せしてくる。
「きゃあ! 危ないってば! ルルゥカ、進路を譲って!」
「あ、あれ? 操縦桿が効かない……!? まずい、アイツ、こっちの進路を塞ぐ気だ!」
ネオンピンクの宇宙船は、詩歌たちのシェア・シップの鼻先に割り込むと、急激に逆噴射を始めた。
衝突の衝撃に備え、詩歌は座席の安全バーを強く握りしめる。
宇宙の帰り道。
モヤモヤする詩歌の脳内を、最悪な形で吹き飛ばす恐怖のサプライズの幕が上がろうとしていた。
(Step 2 へつづく)
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本作品『銀河系プロポーズ!~その煽り操縦、仕組まれたサプライズにつき~』は完結済です。(全4話)
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