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雷鳴と投げ込みヒーター

 アスファルトが溶けるのではと思うほどの昼間の熱気が、夕方になると涼しい風で冷やされていきます。
ツバメの集団は田んぼの上を低空飛行し、トンビは最後のひと仕事と言わんばかりに風に乗っています。

 心地よいけど少し心がソワソワするようなこの風が吹くと、私は数年前、乳児を抱えて投げ込みヒーターと共に過ごした10日間を思い出します。

 数年前の夕方、遠くで雷鳴が聞こえました。

私は集落内90枚ほどの田んぼを周り水見をしている夫に、「ほどほどで帰ってきたら?」とラインします。
夫からは「ビニールハウスを見たら帰る」と連絡が返ってきました。

 そんなやりとりをしている間に風はたちまち強く激しくなり、強い雨音とともに雷が近づいてきました。

窓の外が、まるで白黒映画のようにピカピカとモノトーンで点滅しています。

当時3歳だった息子が「ゴロゴロ見たい」とカーテンに手をかけるのを見て、私は0歳児を抱きながら「窓から離れて!」と声を上げました。

 次の瞬間、窓の外が真っ白に光り、まるで地震がおきたかのような揺れが我が家を襲いました。

3歳児は突然の災害に大号泣。
私は子ども二人を両手で抱えて、窓や壁から距離がある和室へ向かいました。

 室内で落雷に見舞われたのは初めてでしたが、過去には高山地帯で落雷を経験したことがあります。
その時の知識と経験から、雷の避難ではまず自分達に電気が通らない場所を見つけることが最善だと判断しました。

 ちなみに、周りに避難場所のない屋外で落雷に遭った際には、高い木などから4メートルほど離れ、地面から木の頂点を結んだ角度45度以内にとどまるのが鉄則です。
——が、そんな細かい数字などいちいち覚えていられないので、高い木や鉄塔からおおよそ4メートル離れることだけ覚えてください。しゃがみ込んで身を低くし、両足のかかとをそろえて座り込まないようにすれば、45度以内に収まることができる可能性が高くなります(詳しい姿勢は「雷しゃがみ」で検索してみてください)。

 なにはともあれ、私は頭の片隅でまるでお客様に語りかけるように室内での避難の最適解を探し出し、窓から部屋までが広縁と木枠の障子戸に阻まれている和室に辿り着きました。

室内は停電で真っ暗です。

いまだパニックな子どもたちに「部屋の真ん中にいれば大丈夫だからね」と呼びかけたところで、勝手口をノックする音が聞こえてきました。

 雷鳴の中、不安になった義母が訪ねてきてしまったのです。外は危ないので、慌てて自宅に上げて、義母も含めた4人で暗闇の座敷に集まりました。

 室内は暗く、停電になったことで稲光の鋭さが一層強調されるような時間でした。
私は電池式のランタンをつけました。

このランタンは私が夜間授乳用に購入したものですが、日頃子どもがキャンプごっこで使っており、子どもたちには馴染み深い道具です。

義母は不安な気持ちから、「こわい、みんな死んじゃうかも」などネガティブな言葉を子どもたちにかけています(本気なのか、子どもを怖がらせようとするサービス精神?なのかは、ちょっとよく分かりませんでした)。

相手がガイドのお客さんなら、「ここにいれば大丈夫ですよ。落ち着いてくださいね」などの声掛けに反応してくれますが、残念なことに農家の嫁は一家のカースト最下位。

私の声掛けなど無意味です。

 私は義母への呼びかけは早々に諦め、話の通じる子どものケアのため、雷鳴をBGMに呑気なキャンプごっこをはじめました。
キャンプごっこは3歳息子のお気に入りで、いつもは布団用のスノコを立ててシーツをかけてテントを作ったりして遊んでいました。

まだまだ雷鳴が響き渡る中でしたが、慣れ親しんだランタンの明かりの中でこだわりキャンプ飯を作る(オママゴト)ことで、子どもは災害のパニックから日常へとゆっくり心を持ち直したように見えます。

 キャンプごっこで落ち着いた3歳の息子が、「こわいこわい」と言う義母に「だいじょうぶだよ、ぼくがいるからね」と声をかけました。
 私は息子がすっかり余裕を取り戻したことに安堵し、そしてウチマゴパワーで義母を落ち着かせてくれたことに感謝しました。母、無力。

 息子の声かけで義母が落ち着きを取り戻したところで、びしょ濡れ&泥だらけな夫がバタバタと帰ってきました。

最後の連絡時、鉄骨のビニールハウスを見に行くとメッセージが来ていたので「もしや被雷したのでは」と、ほんの少しだけ心配していましたが、どうやら無事だったようです(彼は無人島生活が長いので、普段からあまり心配はしていません)。

夫が言うには、「家の方に光の帯が落ちるのが見えた。俺もビニールハウスに留まるのはやばいかなと思って避難してた」とのこと。

光の帯。

あの白黒映画の世界を外から見たら、そんな感じだったのかと妙に納得しました。
夫は夫で自宅のことは私がなんとかするだろうと踏んで、自分の安全を優先したようです。

グッジョブ夫。ひとまず全員生きている。

 電気が復旧すると、まずはリビングに明かりが灯り、続いて冷蔵庫のジェネレーターが低い音を立てて動き始めました。
私は一番懸念していた冷蔵庫が問題なく動くことに安堵しました。

 固定電話はエラーメッセージが表示され、電熱給湯器は沈黙し、義両親宅のテレビはつかず——と、少しずつ被害の把握が進みました。

ちなみに我が家は給湯器ですが、すぐ裏の義両親宅はガス給湯だったり、我が家にはテレビがないが義両親宅には2台あったりと、それぞれの家で被害が少しずつ違いました。

 さて、目下の問題はお湯が出ないことです。

大人だけなら数日は身体を拭いて凌いだり、銭湯にいったり出来ますが、なにせ我が家にはその時絶賛トイトレ中の幼児とおむつが片時も離せない生後半年の乳児がおりました。

田舎なので、乳幼児ウェルカムなお風呂の施設はありません(入浴サービス付きのデイサービスは生活圏内にたくさんありますが……)。

 農家であり、日頃泥や汗と親しみ深い私は、「とりあえず、衛生環境を考えてシャワーだけ浴びられたらOK」と割り切り、投げ込みヒーターで対応することにしました。

使い方は簡単です。
湯船に水を張り、ある程度貯まったら投げ込みヒーターと温度計を投げ込みます。
そして時々かき混ぜながら温度計が40℃程度を示したところでポンプに繋いだシャワーでお湯を出します。

ポンプは充電式のため、海水浴や川遊び後に屋外で砂を落とすのに便利に使えます。簡単に手に入るレジャーグッズですが、まさかそれらを日常使いする日がくるとは、夢にも思いませんでした。

 投げ込み生活一日目。
帰宅直後にヒーターを投げ込むと、ちょうど30分後にお湯が温まることが分かりました。

 それから給湯器復旧までの10日間で、①園から帰宅→②投げ込みヒーター用意→③おやつタイム→④シャワーという流れが出来上がりました。

もちろん乳児の授乳タイムに重なってしまったり、子どもが夕寝してしまった日もありますが、ヒーターは入れっぱなしだとお湯が煮えたぎる仕様なので、時には「今日はシャワーも無し」と諦めながらワンオペの夕方を過ごしました。

 この時はまだ田植え作業をしている農繁期でした。
普段なら昼と夕方にシャワーを浴びている夫の野良汚れと疲れは、投げ込みヒーターの簡易シャワーだけでは対応しきれず、近場の温泉に送り出す日もありました。
夫は私にも「俺が子ども見てるから行って来たら?」と言ってくれましたが、なんとなく家で子どもを見て事務仕事をしているだけの私がわざわざ入浴のために小一時間出かけるのも気が引けて、シャワーだけで済ませていました。

 落雷から一週間が経った頃、ようやく「3日後に給湯器の交換が入る」と連絡がありました。

まるでクリスマスを待つ子どものように、私はその日を待ちわびました。

ついに復旧です。

 その日はピカピカの給湯器のリモコンでお湯張りボタンを押し、そして家族でゆったりとお湯に浸かりました。
暑い時期だったので、子どもたちに汗疹などできなくて良かったです。
私は浴室内から脱衣所に追いやられた投げ込みヒーターに心から感謝しました。

 そして、不便な日々ではありましたが、改めて思い返すと、この落雷被害は停電の復旧が早かったおかげで被害がこれだけで済んだのだと思いました。
暑い夏の時期、冷蔵庫もエアコンも投げ込みヒーターも使えなければ、高齢者と乳児を抱える我が家の健康被害は深刻なものとなっていたことでしょう。

 たまたま運が良かった。

それだけの話なのかもしれません。

 農業をしていても感じますが、天候や気候変動は小さな人間の力では到底敵わないものです。
しかしそのような中でも技術を駆使して復旧作業にあたってくださる人がいて、そして災害時に使える道具を開発してくださる人がいる。

 実際、日本の停電時間は平常時であれば年間平均20分程度(資源エネルギー庁調べ)と、世界的に見ても極めて短いそうです。
あの日の「電気の復旧が早かった」という体感も、決して運や特別なことではなく、日々当たり前のように保たれている誰かの仕事の結果だったのでしょう。

抗えないなら、どう対応するか。

家族の風呂事情に振り回されながらそんなことを考えた、初夏の10日間でした。

——さて、あれから数年。
相変わらず昼間はアスファルトが溶けるように暑く、夕方になるとツバメとトンビが飛び交っています。

我が家は電話も家電も問題なく、投げ込みヒーターは引き出しの中で存在感を薄れさせている、何も変わらない平穏な日々を送っています。
ひとつ変わったことといえば、夫が雷が近付くと連絡をしてくるようになりました。
こんな感じです↓

夫:子供たち、雷大丈夫?
私:雷に気付いてないよ!騒ぎまくって娘が鼻ぶつけたからまとめて怒ったところ。強いて言えば、ママに雷落とされて落ち込みながらお子さま映画見てる。
夫:よかった?
私:窓の外に虹が出てたのでしばらく見てたよ(写真)
夫:いいね

自宅への落雷はもう二度とゴメンですが、もしまた雷が落ちることがあるとしたら、私たちは以前とは少し違う対応をするのではないかなと、漠然とそんな風に思っています。

参考:
資源エネルギー庁「グラフで見る世界のエネルギーと『3E』安定供給③〜国によってこんなに違う『停電時間』」https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/3es_graph03.html

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