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ひとりカフェ|ひかりをたどる北欧旅

北欧を旅するなかで出会ったひかりを、写真と言葉で綴ったフォトエッセイ集『ひかりをたどる北欧旅』。増刷を記念して、本の中からエッセイを抜粋してお届けします。

わたしは英語が話せない。話せないし聞き取れない。旅行中の英語でのやり取りは、ほぼすべて夫に任せていた。

それなのに、北欧でどうしてもやってみたいことがあった。ひとりでカフェに入ることだ。わたしはひとりの時間が好きだ。特に、ひとりでカフェで過ごす時間が。でも、英語の話せないわたしにとって、海外でのひとりカフェは結構勇気のいることだった。

早起きしてやってきたのは、ヘルシンキの老舗カフェ『エクベリ』。緊張しながら、重みのあるブラウンの扉を押して中に入る。

キッチンの奥から、金髪のポニーテールを揺らした店員さんがやってきて、「Good morning!」と声をかけてくれた。たどたどしく挨拶を返すと、店員さんは何やら長文の英語で話しかけてきた。どうしよう、全然わからない……。なんて返したらいいのかわからず、あたふたしてしまう。やっぱり、わたしには無理だったかも。今すぐ扉を押して外に逃げ出したい気持ちになった。かろうじて聞き取れた英語を頭のなかでつなぎ合わせ、「予約していますか?」と聞かれたのだと気づく。「ノー」と答えると、席に通してもらえた。よかった。

席に着き、渡されたメニューをひらくと、今度はフィンランド語で読み取れない。注文にも時間がかかってしまったが、なんとかシナモンロールとカプチーノを注文した。店員さんは「OK!」とさわやかに笑った。面倒くさそうな顔ひとつせず、やさしく対応してくれてほっとした。


 
注文、できた。ふう、とひと息ついて、窓の外を眺める。平日の朝。自転車で出勤する人、犬の散歩をしている人、道路を走っていく緑色のトラム。ヘルシンキの日常が流れていく。

ぼんやりしていると、雲の切れ間から、ふいに一筋のひかりが差し込んできた。瞬く間に雲が流れて、店内が朝の白いひかりで満ちてゆく。

ああ、あったかい。身体も、心も、細胞のすみずみまで、喜んでいる。

ヘルシンキに来て三日目。ようやく訪れた晴れ間だった。待ちわびていたひかり。陽を浴びる、それだけで固まっていた身体と心が、じんわりとほぐれてゆく。さっきまでの緊張は、ひかりに溶けてどこかへ消えていった。

運ばれてきたシナモンロールとカプチーノが、テーブルの上で照らされてきらきらしている。もしもひかりにかたちがあるとしたら。こんなやわらかさで、こんな甘さで、こんな重さなんじゃないか。

シナモンロールを口に運ぶ動作。カプチーノを飲み込む動作。すべてが少しゆっくりになる。旅先でずれてしまった、自分にとっての心地いい速度を取り戻し、そっとチューニングできたような感覚だ。

こうしてひとりでいるとき、わたしは自分を蔑ろにせず、大切にできる気がする。心の奥深くに静かな部屋があって、そこにいる自分とつながれたような感覚になるのだ。

外のざわめきが遠のいて、自分の呼吸の音が聞こえてくる。光の温度や風の匂い、心のちいさな揺れ動きにも、ちゃんと気づける。背伸びしていない自分の弱さも、こわがらずに受けとめられる。

自分とつながるひとりの時間は、そのときにしか味わえない、静かなしあわせで満ちている。喜びも、心細さも、さびしさも。ぜんぶ、わたしだけのものだ。

ひかりをたっぷり浴びたカプチーノを、喉にゆっくり流し込む。ときどきこうして、心の輪郭を確かめるために、ひとりになる。



▼オンラインショップ再開しました

▼今後のイベント出店予定

・9月:ZINEフェス京都
・11月:文学フリマ東京43
    ZINEフェス茅ヶ崎

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