第二回ヒマラヤなんちゃって句会 「ヒマラヤ天」発表!!
今回は本当にうだうだと書きました。思い入れの深いせいだとお許しください。さくっと発表しましょうねー!
愛しています瘡蓋も鱗も泡も 髙田祥聖
初めて見た時、不思議な感じのする一句でした。
五七五でないからでしょうか?季語がないからでしょうか?
そのまま詠むと単に人魚が大好きという、ボクのような少し変わった人を詠んだ句なのかなと思いました。
しかし「愛してる」とかに変えたらうまい事十七文字になるのでは?
どうして「愛しています」なのか?
きっと意味があるに違いないと考えた時、胸が痛くなってきました。
普通に詠んだら誰かが泡になっていく人魚姫に対して「愛しています」と言っている句かもしれませんが、一歩踏み込んで(勝手に妄想し始めて) 「愛しています」と敬語を使うのは王子様に対して人魚姫の台詞なのでは?
人魚姫の「瘡蓋も」「鱗も」「泡」でさえも、王子様を「愛しています」と言いながら消えてゆく刹那の一句なのでしょうか?
もっともっとこの句におぼれてみます。
ひょっとしたらこんな目にあっても人魚姫が自分自身に「愛しています」と言いながら泡になっていったのではないでしょうか。 最期の最期で人魚姫は大きな幸せを感じていたのでしょうか。 もっと言うと「瘡蓋も鱗も泡」になりゆく自分の身体ですらも、人魚姫は「愛しています」と言いながら、海の藻屑となっていったのでしょうか。 人生を終えるときにボクはそんなふうに思える自信はないです。
破調にしているのも、身体が泡となりゆく儚さを表現しているのでしょうか。
「かさぶたも」「うろこも」「あわも」と、一文字づつ文字数が少なくなっていくのがまた儚い。もうあざといくらいに効果的。
色々考えてひとつの俳句としてみていくと、なんて隅から隅まで行き届いた工夫がされている俳句なんだと思い知らされます。 直球型のようで技巧派。ギャップ萌えという言葉はもう古いですか?
それよりなにより、なんて愛に満ち溢れた俳句でしょうか。
考えすぎかもしれませんが、悲しい結末を迎える最期の人魚姫の幸せや愛をこの一句で示してくれたのかもしれません。たった十七音(よりちょっと多いけど)で色んな愛を伝えてくれている、そんな気がします。 あんなぼんやりとしたヘタクソな絵からこんなにも重厚な一句が生まれました。人の幸せの形はいくつも、どの角度にもあり得るのだと、 この句に教えていただきました。
ボクはこの句を「愛しています」。
第二回ヒマラヤなんちゃって句会「ヒマラヤ天」は、 髙田祥聖さんです!!たくさんの感動と発見、ありがとうございます!
ところで祥聖さん、人魚姫で連作ってのはどうですか?
第二回ヒマラヤなんちゃって句会 「ヒマラヤ地」発表!!
句集
前編「星の海」
後編「月の海」
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お試しで作ってみた項目ですので、本当にサポートしていただかなくてもいいのですが、万が一なんとなくそんな気分でしたら・・・!