【第3章】シャブとアムウェイ 〜脳内報酬系の上書きという、恐るべき救済のパラドックス〜
■ まえがき
本作品は、筆者がこれまでの人生で遭遇してきた数々のカルト、マルチ商法、新宗教との関わりを、当時の記憶を基に書き起こした実話エッセイです。ただし、関係者のプライバシー保護および法的な配慮のため、大手の団体名を除き、個人の特定に繋がる具体的な支部名、個人名、地名、ホテル名などはすべて偽名への変更やボカし(抽象化)を行っております。特定の個人や組織を誹謗中傷する意図は一切なく、あくまで一個人の視点から見た集団心理の観察記録としてお楽しみください。
大学を卒業した後のことか、あるいは在学中のことか。私の人生には、なぜかマルチ商法やカルトに吸い寄せられていく人間が定期的に現れた。
■ 少年院に3回入った「元暴走族リーダー」の後輩
当時、私が働いていたアルバイト先で、ある4歳年下の後輩と出会った。
彼は暴走族の元リーダーという、絵に描いたようなバリバリの不良だった。過去に少年院へ3回も入っている男で、その理由のほとんどが「覚醒剤(シャブ)」の所持や使用によるものだった。
社会的な経歴は無茶苦茶だったが、なぜか彼は私を非常に慕い、兄貴分のように付いてきた。不良特有の距離感から、年上の私に対しても基本はタメ口で、私のことを「〇〇君」と呼んでいたが、人間的には憎めないところがあった。
実は私も彼もバンドマンだった。私はベーシストで、彼とは別に一緒にバンドをやっていたわけではなかったが、彼はなかなかにカッコいいブルースを弾くギタリストだった。私の部屋に置いてあるアコースティックギターを手に取り、渋いブルースのフレーズを爪弾く彼の姿を見て、「こいつ、結構センスの良い奴だな」と私は一目置いていたのだ。
しかし、少年院を出た後も彼の薬物依存は完全に断ち切れていなかった。ある時、私は彼にこう釘を刺した。
「お前の人生だからこれ以上は言わん。だけど、せめて俺の前では絶対にシャブをやるなよ」
彼は「分かったよ、〇〇君」と静かに首を振った。刑罰や更生施設をもってしても止められない薬物の魔力に、若くして囚われ続けている彼の姿に、私は社会の底深い闇を感じていた。
■ 薬物依存からの「生還」、そして更なる底へ
ところが、そんな彼が、ある日を境にピタッと覚醒剤を辞めた。
あのがんじがらめの薬物依存から生還したというのだ。一体どんな奇跡的な医療やカウンセリングに出会ったのかと私が驚愕していると、彼は目を爛々と輝かせながら、ある大手のマルチ商法「アムウェイ」にハマったことを私に告げてきた。
彼が初めてアムウェイのことを私に明かした時の熱量と、その背景は恐ろしいものだった。
彼いわく、アムウェイのミーティング(十数人かそれ以上の集団の集まり)に連れて行かれた際、大勢の会員たちの前で「過去に暴走族をやっていたこと」「少年院に3回入ったこと」「それでも今、覚醒剤が辞められないこと」をすべて告白させられたのだという。
社会の底辺として爪弾きにされてきた彼の凄惨な過去を、アムウェイの会員たちは否定するどころか、涙を流して受け入れ、次々と温かいアドバイスの言葉を浴びせてきた。
四方八方から押し寄せる絶対的な肯定の嵐の中で、彼はついに大号泣し、頭が真っ白になったという。
「今までどれだけ自分がバカだったのかよく分かった!これからの人生の答えは、全部アムウェイにあるんだよ、〇〇君!」
■ 脳内報酬系の上書きという「パラドックス」
彼は真顔でそう叫んだ。私は言葉を失うと同時に、マインドコントロールというシステムが持つ、恐ろしいほどの破壊力を肌で理解した。
医学的にも絶望的とされる覚醒剤の快楽(ドーパミンの過剰分泌)を、マルチが仕掛けた「大勢の前での罪の告白と全肯定」「一発逆転の夢」という強烈な精神的カタルシスが、完全に上書きしてしまったのだ。彼の歪んだ全能感や承認欲求を、マルチのシステムが見事に満たした結果だった。
薬物を辞められたことは、一見すれば「救い」のように見えるかもしれない。しかし実態は、依存先が「白い粉」から「組織の思想」へとスライドしただけに過ぎなかった。彼の脳の依存体質そのものは、何一つ変わっていなかったのだ。
その恐怖を最も象徴していたのが、彼の「音楽」だった。
アムウェイにハマって以降、あんなに渋いブルースを弾いていた彼のギターが、突然、きらびやかで大味な「80年代アメリカンロック風」のフレーズへと激変したのだ。
「お前、急に趣味変わったの?」
私が怪訝に思って尋ねると、彼は悪びれもせずこう答えた。どうやら、アムウェイの上のほうにいる「すごい人(上位成功者)」にギタリストがおり、その人が80年代アメリカンロックの熱狂的なファンだったらしい。
後輩は、そのすごい人の趣味に感化され、自分のアイデンティティだったはずのブルースを一瞬で捨て去り、すごい人の好みの音楽へと染まってしまっていたのだ。
■ 奪われたアイデンティティ、濁った目
人間、マインドコントロールされると、趣味嗜好や音楽の魂といった個人の領域まで、ここまであっさりと塗りつぶされてしまうのか。私は背筋が寒くなった。アムウェイの人間というのは、どこを切っても同じ顔、同じ思想、同じ言葉が出てくる、まさに「金太郎飴」そのものになってしまうのだと驚愕した。
個性を奪われ、均一化された彼のエネルギーは、今度、私への猛烈な勧誘へと向けられることになった。
私がマルチ商法の構造的破綻(ロジックの無理)を冷徹に論破し、ビジネスとしていかに成立しないかをいくら説明しても、彼はもう私のロジックが届く世界にはいなかった。
最終的に、彼は論理的な反論をすべて諦め、不良特有の「情」を武器に、こうゴリ押ししてきた。
「もうさ、仲良しの俺がこうやって頼んでるんだからさ!〇〇君、俺を信じて一緒にアムウェイやってよ!」
かつて「俺の前ではやるな」という約束を守り、私の部屋のギターで味のあるブルースを爪弾いてた後輩の目は、アムウェイの「夢」という名の、別の強烈なキマり方によって完全に濁っていた。
何度論破しても、彼は壊れたテープレコーダーのように「俺を信じて」と繰り返すようになり、私はついに彼との縁を切る決断をした。
元暴走族の彼が、シャブを辞めてアムウェイの虜になり、自分の音楽すら失っていったあの狂気的な光景は、人間の心の脆さと、集団心理が個人の魂までをも均一化してしまう恐ろしさを、私の脳裏に深く刻み込んだ。
#エッセイ #ノンフィクション #アムウェイ #マルチ商法 #マインドコントロール #集団心理 #依存症 #バンドマン #ブルース #自分史
【次回予告】
覚醒剤(シャブ)という絶対的な依存すら「集団の熱狂」によって上書きしてしまう、マインドコントロールの恐るべきパラドックス。個人のアイデンティティや音楽の魂までもが均一化されていく恐怖を、私は身近な後輩の姿を通してまざまざと思い知らされました。
しかし、世の中の「仕掛け」や「裏側」を見抜く私の「正気フィルター」は、単にマルチを回避するためだけに磨かれたわけではありません。
次回は、本シリーズの少し毛色の違う「幕間(番外編)」をお届けします。
舞台は、私が大学生時代にアルバイトをしていた、某私鉄沿線にある地域最大級の老舗シティホテル。
年に一度の華やかな社交ダンスのパーティー。フロアを優雅に舞う年配の「プリンセス」たちと、業界でも名の知れたカリスマ講師。
そのきらびやかなハイライトの瞬間、私の指先が引き起こした「痛恨のミス」とは。。。
静まり返る会場。そして直後に激怒して調光室へと駆け上がってきたカリスマ講師。
22歳の私が、血に染まったシャツを眺めながら、大人の損得勘定の表と裏を学んだ「一発3万円」の決算。
幕間(番外編):『一発3万円のワルツ 〜プリンセスたちの夜に、私のワイシャツが赤く染まった話〜』
近日公開予定です。どうぞお楽しみに。
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