3回ぐらい死にかけている
タイトルの通り、私は人生で3回ぐらい死にかけたことがある。
1回目は何歳だか覚えていないが小さい頃、小豆島へ旅行へ行った。
ホテルについていたプールで遊んでいた私と妹。
泳ぐのが苦手なくせに2人で飛び込み用のプールへ。
なんか楽しそう。と思った飛び込み。
妹が先に飛び込んだ。なかなか水面に浮かんでこない。
まぁ、いいや、と何も考えずに私も飛び込んだ。
実際に飛び込んでみてびっくり。予想よりも深い。
沈む。焦ってバタバタしているせいで沈んでいく。
「あ、死ぬかもしれん」と思いながらも
「え、ゴーグルない!?」と気付いてゴーグルを必死に探していた記憶がある。
そして、妹はというと
私と同じく、溺れていたのだ。
怖い。姉妹揃って、溺れている。
そんな時、監視員のムキムキのお兄さんが救助してくれた。
2人揃って、救助。
ムキムキお兄さん、あの時はほんまにありがとうございます。
それから私はプールが怖くて仕方ない。
前世は水の生き物では無いことは確かである。
2回目は社会人2年目の1月。
朝起きると体がなんとなく重かった。
まぁ、疲れてるのかなぁと思いながら電車に乗って出勤。
職場の最寄りに着く頃には朝とは比べ物にならないぐらい体が重くて、足と腕に重りがついているような感覚だった。
職場に着くと私の体は動けなくなっていた。
意識もあって人と会話もできるのに首から下が全く動かない。動かそうと思っても腕すら上がらない。
仕事は早退させてもらってすぐに親に電話をして迎えに来てもらった。
そのまま車で病院へ。
人生初CTを撮った。
検査結果待ち、寝転んでいる私に看護師さんに
「びっくりやね、すぐ違う病院に行くからね」
と伝えられた。
なんですか..これ....と思っていたら
先生に「脳に腫瘍がある」と言われた。
昨日まで元気で、なんの予兆もなかった。
なんかよくわからないまま救急車に乗って大きな病院へ行った。
大きな病院に運ばれてすぐ、もう1度検査をするとのことで
意味の分からない場所から管を刺されて何かを入れられた。痛すぎてあまり記憶がない。
そしてMRI検査をした。
伝えられた病名は「海綿状血管腫」
発生頻度は人口の約0.5%程度。
そんな0.5%に入ってしまったのだ。
その日にそのまま入院。
人生初ICU。居心地の悪さが尋常じゃない。
ずっと機械がピーピー言うている。看護師さんもずっと動いている。忙しそう。
このまま一生体が動かなければもう生きていても仕方ない、とまで思うぐらいには病んだ。
仕事は続けられるのだろうか、一生寝たきりなんだろうか、明日死ぬのかなとかそんな事をぐるぐる考える。
1人でトイレに行くこともご飯を食べることも出来ない。
まず、動けない。
今まで当たり前にできていたことが全くできなくなった。
しばらくは点滴投与。あの激痛、ほんとうに勘弁して欲しかった。
幸い、私は言語や記憶などの部分は無事だった。
数日でICUから普通の病室へ。
ありがたいことに個室。
人間の体はすごいもので全身動かなかった体がたった数週間で右半身は動くようになった。
動かないのは左足。そして少しだけ左腕が動かしにくい。
いつの間にか1人で車椅子に乗れるようなった。
楽しくなって車椅子をぶん回していたのでめちゃくちゃ上手くなった。無駄に廊下を走ってみたりとかした。
1人でご飯も食べられるしトイレにも行けるようになった。
すごい、人間ってすごい。
と思っていたら突然また元の通り 足が動かなくなった日もあった。
朝、起きるのが怖くなった時期もあった。
そんな時、わざわざ家に手紙やプレゼントを送ってくれる友だちがいた。
花束を送ってくれる友だちもいた。
プレゼントを親が持ってきてくれる度に心が温かくなった。
こんなにも私は人に恵まれているんだなと感じる日々。
リハビリが始まって入院生活が楽しくなってきた。
リハビリの先生と仲良くなって、優しい先生がスラムダンクを貸してくれたりした。
入院期間中でスラムダンク全巻を読み終えた。
私はスラムダンクに感謝している。
安西先生のあのお言葉、お心に染みました。
そして いつの間にか全身が普通に動くようになっていた。
体が動くようになってからは全然元気で退院の日まで
ほぼニートみたいな生活をエンジョイした。
なんと4ヶ月で退院。
先生もびっくり。
「若いってすごいね〜!」と言いながら
「頑張ったね」と褒めてくれた。
半年ぐらいで職場にも復帰。
「何ヶ月かかってもみんな待っているから」
と入院してすぐ 園長が言ってくれた。
退職させられるかなとか、まず、元に戻るかどうか、と思っていたのに 絶対に大丈夫だと信じて待ってくれていた。
後から親に聞くと
「脳の病気なので最悪の場合は死に至ります。いつ体が元に戻るか、戻るかどうかも分かりません」
と入院生活が始まる日に先生から言われたそうで
そんなひどい病気やったんや、と思いながら今も全然普通に生きている私。おもろい。
後遺症も無く、定期検診でも異常が見つかることもなく、生きている。
再発する可能性は0ではないが今のところは大丈夫である。
私は今まで生きてきた中で運が良い、と思うことが多々ある。
プールに限らず、死にかけた時にだれかに助けてもらえたり、脳の病気をしても今は普通に生活が出来ていたり、周りにとても恵まれていたり、その他諸々、
決してスピってはいないが私の左手には十字架の手相、両手親指には仏眼がある。占いに行くたびにこの手相を見て、先祖様に守られている人、運が良い人、と言われる。
スピっていないが(2回目)多分わたしは何かに守られている。ありがたい。
26年しか生きていないのに人生の内容が濃すぎる。
どんな未来が待っているのか不安で、でもこれからが楽しみで。
幸せとは何か考え込む時がある。
そんな時はこの入院生活で得た、普通の生活が出来ることがどんなにありがたいことか、ということを思い出すようにしている。
最近なんかちょっと焦りすぎていた。
思い出すために書き出したら長くなりすぎた。
3回目に死にかけた話はまた今度。
